死んだチェリストに似た女

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたい」
世界一売りづらい「殺し」を売るための会社作りに奮闘する女子大生、桐生七海の師匠であり、「最強のマーケティング技巧」を持つ西城が銃弾に倒れた。師匠を失った七海を取り巻くようにさらなる事件が起こり、そして物語は衝撃のラストへ――。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第36回。

「これは、いったい、どういうことなんだ?」

桐生譲は押し殺した声で、現地の情報提供者に言った。

桐生は大分県別府市の総合病院にいた。「未確認情報」を確かめるためだった。たいていその手の情報は、都市伝説だったり、フィクションだったり、錯誤だったりと、いわゆるガセネタの場合がほとんどなので、上級スタッフのところにいく前に消去される。

ところが稀に、「未確認情報」の中に、世の中を揺るがすような情報が入っている場合がある。

特に最近では、SNSの普及により、玉石混淆の個人メディアの中に、第一級の情報が紛れ込むことが多くなった。それでも、情報の確認は、普通なら全国の各地域にいるスタッフが担当するのだが、今回はまだ詳細な調査が終えられていない段階にもかかわらず、上級スタッフの桐生譲が直々に詳細を確認するために九州まで飛んだ。

たしかに、その案件は目白台とは直接関わりのないものだった。だが、娘の七海に、少なからず関わりがある案件だった。しかし、それ以上に、なぜか胸騒ぎがした。目の前の光景を見ると、胸騒ぎが嫌なかたちで的中してしまったと言うしかなかった。

今、若い美しい女性が、生まれたばかりの赤ん坊を抱いている。

それについては、何の問題もない。娘の七海と同年代と思われる女性が出産するのも、その 女性が実に幸せそうな表情をしているのも、好ましいことだろう。

問題は、ただ一点のみ。その女性の「顔」だった。  

桐生は、見舞客の振りをして、廊下から病室の中の様子を窺っていた。手元にあるリサイタルのチラシや、写真と、目の前にいる若き母の顔を何度も何度も見比べていた。

その度に、どういうことなんだ、という疑問の声が漏れた。

同行した現地のエージェントが、桐生に耳打ちをして言う。

「言われたとおりに調べましたが、今住んでいるアパートの住所に住民票を移してはいません。病院に確認したところ、救急車で運ばれてきたそうです。もしかして、自宅で密かに出産するつもりだったのかもしれないですね。保険証も提示していなかったということだったので、あれも本名かどうかはっきりしません」

病室に掲げられた名札を指す。そこには、「両角さやか」と書かれていた。

「つまり、自発的な失踪者である可能性が高いということだな?」

エージェントは桐生の目を見据えたままに頷く。

どういうことなんだ。そして、どうすればいいんだ。

桐生譲は、大きくため息を吐いた。

目の前にいる若い母親は、豊島公会堂で狙撃されて死んだ山村詩織と瓜二つだった—いや、どう見ても、山村詩織、その人だった。

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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