数値の闇に葬られた殺人

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたい」
世界一売りづらい「殺し」を売るための会社作りに奮闘する女子大生、桐生七海の師匠であり、「最強のマーケティング技巧」を持つ西城が銃弾に倒れた。師匠を失った七海を取り巻くようにさらなる事件が起こり、そして物語は衝撃のラストへ――。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第35回。

「明良君さ、最近、私に何か隠してない?」

相川響妃は、車の後部座席から運転席の秋山明良に言う。番組本番が終わったばかりだというのに、なぜか、ファンデーションやらアイラインやらメイク道具一式を出して、入念に化粧直しをしていた。

意図せずして、秋山はごくりと唾を吞み込む。

「隠してるって、何が?」

秋山はルームミラーで見ながら、車の後部座席に座る相川響妃に、平静を装いながら言う。秋山が運転する車はちょうど六本木の交差点で、赤信号で停まったところだった。

「いや、隠していないんなら、別に、いいんだけどさ」

ビューラーでまつげを上げながら、響妃は間延びした口調で言う。

本当に、響妃は怖い、と秋山は思う。

日に焼けた編集者に誘われて、小説を書き始めたのは、ほんの一〇日前のことだった。その編集者は、Webメディア「コードブレイカー」のファンだと言った。ファンと言われて、さすがに悪い気はない。そして、自分も「コードメーカー」の秘密を追っている同志だと言い、秋山に小説を書くように勧めた。君になら絶対にできるとその男は太鼓判を押した。

絶大なる力を有して、裏の世界を生き、そこから世の中を支配していると言われる「コードメーカー」。以前はこの秘密を明かそうと、「コードブレイカー」を立ち上げたのだが、この一年あまりの期間に、本当に強大な力を見せつけられ、若気の至りだったことを思い知った。

しかし、小説なら、書いてもいいのではないかと思った。

響妃が喜ぶと思い、それを言おうと思ったが、その編集者はこう秋山に言ったのだ。

—どうせなら、一〇〇万部の小説を創って、出版してからみんなを驚かせないか。

そのほうが、かっこいいからと。

秋山もそれに乗ることにした。男としての意地だった。ジャーナリストとしては、到底、響妃に追いつくことはできない。でも、あるいは小説なら、逆転ができるのではないかと。

あ、そうそう、と響妃は顔を上げて言う。

「イレーザーって聞いたこと、ある?」

話の風向きが変わって、秋山は内心ほっとする。

「イレーザー? 消す人のこと?」

まあ、そうなんだけど、と響妃は言う。

「テレビで報道される殺人事件って、実際に行われている殺人のうち、どれくらいなのか、考えたことある?」

「うーん、半分くらいかな」

「一%にも満たないって調査報告もある。正確な数字はわかりっこないよね、だって分母が見えていないんだから。ただ、ちょっと参考になる数値があって、家出人捜索願の数。これは発表されているのでわかる」

「それって、どれくらいいるの?」

そう聞きつつ、秋山は嫌な予感がした。

「一説では毎年八万人以上」

「八万!」

「もちろん、その中の九割以上は見つかるらしい。でも、九割以上見つかったとしても、数千人が消えたままになっていることだよね」

秋山は想像してみた。家出人捜索願と言っても、たとえば家出人や行方不明者全員に出されているわけではないだろうし、夜逃げなど、自ら何らかの事情で姿を消す人もいるだろうから一概には言えないだろう。けれども、その中にもし、本当の殺人を紛れさせようと思えば、想像するよりも簡単に紛れさせることができるのではないか—。

考えているうちに、秋山は思い当たる。

「もしかして、イレーザーって……」

そう、と響妃は言う。

「数値の闇に、殺人を葬る人のことよ」

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載について

初回を読む
殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Tweetがありません