クラウド・シンジケート

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたい」
世界一売りづらい「殺し」を売るための会社作りに奮闘する女子大生、桐生七海の師匠であり、「最強のマーケティング技巧」を持つ西城が銃弾に倒れた。師匠を失った七海を取り巻くようにさらなる事件が起こり、そして物語は衝撃のラストへ――。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第34回。

おそらく、あの事件は、よくある殺人事件の一つで、すぐに忘れてしまっても一向に差し支えない類のものだったろう。

小さな本屋の店主が田園で射殺されたというニュースは、およそ一般の殺人事件と同程度に取り上げられ、同程度に忘れ去られていった。

当時、僕はアナウンサー相川響妃とともに事件後すぐに現地に向かったが、すでにあの田園の肥沃な色濃い土は、血の色も綺麗に吸い尽くした後だった。最後に彼と一緒にいた田辺信という男性は、ショックが強すぎたようでパニックが収まらず、結局は会うことができなかった。

タクシーの運転手の話では、一緒にいたその男性がすぐに一一九番通報できれば、確実に助かったはずだったという。もっとも、それもどこまでが本当かわからない。

スクープにできそうな何ものもなく、意気消沈して帰京した僕に、新聞記者の父が、嘆息しながらこう言ったのが、今でも印象に残っている。

これで大我総輔を止められる人間は、この世に一人もいなくなった、と。

現在、あの事件から一年以上時間が経っている。それだから、今なら冷静にあの事件について検証できると思っている。

この原稿を書くに当たって、僕は改めて西城潤と名乗っていた人物のことを調べた。父も彼の「取引相手」だったというので、彼に関する情報は比較的多く集めることができた。

彼がゴーストライターとして関わった本のリストには、芸能人、経営者、スポーツ選手、政治家など数々の著名人が名を連ねた。大我総輔の名前があったのは、発売されなかった「未刊行リスト」の中だった。

彼を「オフレコ・コレクター」と呼んだのは、いったい、誰だったのだろう。

ともあれ、彼の元に集まった「オフレコ」は、彼の裏の裏の生業にとって、とんでもない資源になったのは間違いない。

裏の裏の仕事は、もはや、表と言ってもいいだろうが、彼は小さな「本屋」を営んでいた。その本屋は当然、紙の書籍も販売するが、彼が本当に売っていたのは、「情報」だった。

あらゆる業界の著名人たちは、人のピラミッドにおける頂点付近で、有機的につながっているものである。様々な角度から集められた「オフレコ」は、「オフレコ」同士リンクを繰り返すことによって、あたかも囲碁で敵地を奪うように、そのピラミッドの山頂付近をことごとく網羅したことは想像に難くない。ピラミッドの山頂を網羅するということは、すなわち、ピラミッド全体を掌握することでもあった。

彼はこの網羅された情報によって、裏のビジネスの世界に小さいながらも無視できない存在感を示し続けた。そして、いつしか世界最強のビジネスを有すると謳われるようになった。

西城潤という「情報」のいわば「極」を失った裏の世界は、再び、政商入り乱れる戦国時代に突入した。そして、その情報の世界に、新たに王手をかけたのは、やはり西城を葬った大我総輔と「目白台」だった—。

今こうして、「大我総輔」という名前を原稿に打ち込むごとに、どうしても電流のごとき緊張感が全身を貫くのを抑えることができない。恐怖と言ってもいいだろう。

けれども、もう家に帰ることもやめて、僕の横に張りついて、ほとんど同時にパソコンのモニター上でできあがったばかりの原稿を読んでいる著名な編集者は、「大我総輔」の名前が出るたびに手を叩いて喜んだ。

まるで、狙撃手の横に寄り添い双眼鏡で敵を見ながらナビゲートするスポッターのように、その編集者は、僕が「大我総輔」という銃弾を放つたびに、銃弾がヒットしたかのように歓声を上げた。

去年出した一〇〇万部の本の報奨金でゴルフに明け暮れ、肌が真っ黒に日に焼けていた編集者は、僕に快活な笑顔を向けて、本気でこの本でも一〇〇万部を狙えると言った。それどころか、もうこの原稿に自分の編集者人生を賭けるとまで言った。

その言葉に後押しされて、僕はこうして実に危険な原稿を書いている。

「この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。」

そう宣言したところで、真実の匂いは消せるものではなく、噓だと宣言すると余計に本当の ように人は感じてしまうことだろう。

ここで僕は正直に告白せねばなるまい。ただ恐怖でしかなかった真実を書く際に生じる電流のような刺激が、いつしか、心地よくなってきている。逆に、この刺激がなくなったとしたら、物足りなく思うはずだ。

もしかして、これがライターズ・ハイというものだろうか。

ある種の麻薬的効果をもたらす脳内物質が、今まさに止めどなく溢れ出ていることを嚙みしめている。こうして痛覚が麻痺している間に、書きにくいことも一気に書いてしまおうと思う。

実は、あの田園に逃げたときでさえも、西城潤を名乗る人物は、大我総輔と「目白台」に対して圧倒的に優位な状況にあった。世界から著名人や有力政治家をあの田舎の田園に招くことによって、「目白台」に対して絶大なる結界を張っていたとみていい。あたかも、それは目に見えない「情報」の塀で幾重にも囲んだ難攻不落の城のようなものだった。

西城潤にとって、あの田園ほど安全な場所は、世界中を探してもなかった。事実、幾度となく「目白台」の攻撃を撃退している。もしかして、西城潤は、この自らが築いた鉄壁の城を過信してしまったのかもしれない。

彼の額を貫いたのは、一発の銃弾だった。

彼を守るためにあの田園の八ヶ所に配備されていた狙撃兵たちは、誰一人としてそれに応戦することができなかったという。そして、足跡を辿ることもできなかった。なぜなら、想定される射程のはるか外から狙われたからだ。

この陣を敷いたスナイパーの一人は、西城に対して、事前にこう説明していた。

狙撃に成功する可能性は、万に一回程度であり、人間には到底不可能であると。

そんな狙撃を、成功するかしないかの五〇%まで引き上げられるスナイパーは、世界広しといえども、彼一人しかいなかった

サイレンス・ヘルである。

しかし、なぜサイレンス・ヘルが、西城潤の暗殺に関わったのか、未だに謎である。

あるいは、サイレンス・ヘルが実行犯だったという僕の推測が間違っているのか。サイレンス・ヘルの伝説を隠れ蓑に、真実の犯人が他に存在するとも考えられる。

西城潤が死んでから一年、サイレンス・ヘルの名前は再び脚光を浴びることになった。

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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