魅力的な謎を提示し、犯人や謎解きの方向性を定めたら、今度はそれらが上手く機能するように、伏線を張る必要がある。どんなに美しい推理であっても、手掛かりがまったくなければ論理として組み上がらないし、解決のときに「実は」と証拠を出されたところで、後出しジャンケンとしか思われない。
理想的な伏線とは、物語の流れの中で自然と記憶に植え付けられ、印象には残るけれど、わざとらしくないものだ。
美しい伏線を張るのは難しいが、綺麗に決まればこんなに格好いいものはなく、間違いなくミステリにおける見せ場の一つである。
では、どんな伏線が上手い伏線なのか、順に考えていきたい。
◆伏線は、ビジュアル的に印象に残るものでなければならない。
映像として頭の中に残る必要がある、ということだ。つまらなければ読み飛ばされるし、重箱の隅に細かく伏線を張っても、覚えていてもらえず、スルーされる可能性が高い。
例えば、本棚の上から二段目に分厚い箱入りの本が差さっていて、それに大きな意味があるとする。開くと、ページの部分が削られて、中に麻薬が隠してあるとしよう。これを伏線として提示する場合、どうするか。
部屋の主が本好きという設定にし、本棚に並んでいる書名を羅列する、という方法がある。こんなふうだ。
──ミステリ好きらしく、アガサ・クリスティーの赤い背表紙がずらりと並んでいた。『オリエント急行の殺人』『三幕の殺人』『アクロイド殺し』『スリーピング・マーダー』『象は忘れない』『魔術の殺人』『メタマジック・ゲーム』『ポアロのクリスマス』『カーテン』etc.──。
という描写では、「ああ、クリスティーの本があるのね」と、スルーされるのがオチだ。この中で、クリスティーの著作でないのは、『メタマジック・ゲーム』で、かつ物凄く分厚くてスリーブ箱に入っていたりするのだけれど、そんなことは知らなければ分からない。
これをもって、趣味とは無関係の分厚い本があった、という伏線にするのはちょっと、いや、かなり厳しい。伏線だと主張するのは自由だが、そう認識してくれる読者は限りなく零に近いだろうし、何より格好悪い。ほとんどの人は、作品名は単なる羅列だと思って読み飛ばすだろうし、そもそも『メタマジック・ゲーム』がどんな本か知らなければ伏線にならない。
ならば、どうするか。
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