事前に支度金が用意されるわけではない。つまり問題解決は自腹だ。おそらく簡単な調査は、白鳳アミューズメントでもすでにおこなっている。そして行き詰まったから持ってきたのだ。向こうとしては、権利問題が解決して海賊版の配布を停止すれば、それだけでも金を払う価値がある。だから、その段階で着手金を支払う予定なのだろう。
金欠のところに十本分の仕事をまとめて取れる。それも半額は前払い。魅力的だ。これは引き受けざるをえないだろう。それに、いまから探して、これよりも好条件の仕事が見つかるとは思えなかった。
「分かりました」
「本当かい。ありがとう灰江田ちゃん」
山崎は、小躍りしそうな様子で言う。
「その代わり、そちらが持っている情報は、隠し事なしにすべて開示してください。元々困難な仕事ですから、山崎さんの協力なしに解決することは難しいでしょうから」
「うん、それは約束するよ。お金が出て行かない範囲なら、なんでもやるよ」
期待の顔で、山崎は身を乗り出す。
「ただ、権利が取れなかったら、この仕事は流れるからね。それだけは先に言っておくよ。通った企画は、あくまで全ソフトのリリースという条件なんだからね」
「承知していますよ。あと海賊版の件もでしょう」
「もちろん」
山崎は、唾を飛ばす勢いで言う。
それにしても、と灰江田は考える。Aホークツインは、白鳳アミューズメントにとって封印ゲームというわけか。俺とコーギーは探索の末に、その封印を解かなければならない。そして封印は、赤瀬裕吾という魔王に守られている。その魔王がどこにいるのか、勇者である灰江田たちは知らない。
これは難しい仕事になりそうだ。灰江田は顔をゆがめ、これから先のことを思った。
◇
「なかなか大変そうね」
近くで声がしたので振り向くと、ナナが椅子を寄せて話を聞いていた。
またか。灰江田は心の中で毒づく。コバンザメのように灰江田に貼りつき、この件に首を突っ込む気のようだ。ナナは眼鏡を指先で軽く上げる。映画に出てくる有能な秘書のような顔つきをして、自分で作った役に入り込んでいる。観客は四十路、五十路のファンのおっさんたち。自分に忠誠を誓った騎士たちの視線を一身に集めながら、タブレット端末を手に持ち、話し合いの内容を記録している。
「あの、ナナさん」
「灰江田さん。山崎さんとの話を続けてください」
「はい」
下手に逆らわない方がよさそうだ。灰江田は渋々、ナナを交えて作戦会議をする。
「えー、現状、問題は三つある。一つ目は海賊版。こちらは、公開の停止をさせなければならない。二つ目は権利問題。これは許諾の契約が必要というだけでなく、開発者の赤瀬さんの所在が分からないという有様だ」
「三つ目は」
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