ぼくもポケモンがほしい

エッセイストとして、これまで自身の過去やセクシュアリティと向き合ってきた 少年アヤさん。そんな彼がなにもかも捨て、書く仕事すらやめ、骨董品屋で働いていた日々の記録を始めます。 これは「ぼく」が、ものや人を通じて、「生」を組み立てていくものがたり、 のようなエッセイ、のようなもの。
透明になりたいと願いながら生きる「ぼく」はずっと昔、好きでもないポケモンのおもちゃをお父さんにねだったことがありました。


  いったいどこで、ぼくのいまとむかしは入れ替わってしまったんだろう。
 すぐに思い当たったのは、1996年。小学校へ入学した年だ。

 一年生になった気分は、はっきり言って最悪だった。黒光りするランドセルは濡れたあざらしみたいでこわかったし、女の子用の赤いのはおばあちゃんの使ってる朱肉みたいに見えた。ぼくはそのどちらもいやだった。ダイエーで買ってもらった、けろけろけろっぴのリュックではなんでいけないんだろう。

 しかし、当時はそれをうまく言葉にすることができなくて、「きっと赤いランドセルがよかったのね、ゆうちゃんは女の子になりたいのね」なんて言葉をまえに、なにも反論することができなかった。だってあのころ、ぼくはたったの6歳だったのだから。

 そうやって憐れまれたり、嗤われたりすることの積み重ねで、ぼくはだんだんと口をつぐむ子どもになっていった。黙ってうつむいていれば、危険なことはない。だれにもおびやかされることなく、なにも自分をねじまげられることはない。

 クラスではちょうどポケモンが流行っていた。男の子たちだけじゃなく、幼稚園で仲が良かった女の子たちもみんなのめりこんでいて、だれも一緒におままごとなんてしてくれなくなった。当然セーラームーンごっこもだ。

 ぼくはピカチュウなんて、しねしね、しんじゃえ、と思いながら、はやく土曜日にならないかなあ、とそればかり考えていた。土曜日になれば、テレビでセーラームーンが観られる。そうしたらまた、一週間元気でいられる。

 長いお昼休みは、一日のなかでもっとも憂鬱な時間だった。だれにも気付かれないよう校庭へでていって、体育倉庫の裏の茂みに隠れ、そこでじっと時が過ぎるのを待つ。

 子どものぼくにとって、お昼休みの40分は永遠だった。ナイルのはじまりからおわりまでを、ちんたらボートで流れていくみたいな時間だった。


 忘れられない出来事がある。

 ある日、ぼくが学校から帰ると、夜勤明けの父がひとり、リビングでプラモデルを作っていた。母は妹のバレエ教室の付き添いかなにかで外に出ていて、家のなかにはほかにだれもいなかった。

 父とふたりきりになるのは苦手だった。まっとうな男である父と、どうコミュニケーションをとったらいいかわからなかったし、筋肉の盛り上がった肉体や、プラモデルという趣味でさえ、ぼくへの当てつけみたいに思えたから。

 父は黙々と作業に取り組んでいた。ぼくは無言でいることに耐えられなくなり、聞きかじりの知識をめいっぱい薄めて伸ばすように、ポケモンの話をしはじめた。ピカチュウっていうのがいて、サトシっていうのがいて、旅をしながら、いろんなポケモンと戦うんだよ。つよくなったらどんどんえらくなって、ポケモンマスター(なんだそれ)っていうのになれるんだよ。

 父は適当にほおーとか言いながらぼくの話を聞いていた。めずらしくはきはきと口を動かしたぼくは、頬の筋肉が痛くなっていた。

 すっかり疲れたぼくは、「ぼくもポケモンがほしいなあ」という、なんでもないひとことで話を締めくくった。そのあとの沈黙は、狸寝入りでごまかせばいい。

 しかし父は、とつぜんプラモデルを作る手を止めて言ったのだ。

「ほんとか。おまえポケモンほしいのか」

 ぼくはどう返事をしたらいいかわからないまま答えた。

「うん、ほしいよ」

 ちょうどいまみたいな夕暮れどきだった。父とぼくは近所のゲームショップへ向かって、ぐんぐんペダルを漕ぎはじめた。猛スピードで進んでいく父の背中を必死で追いかけながら、ぼくは混乱しつづけていた。おだやかでのんびりした父が、そんなに激しく自転車を漕ぐなんて、天変地異かなにかが起きたみたいだったのだ。

 やがてぼくたちは信号につかまった。近所で有名な、すぐ赤になる、きらわれものの信号だった。そのとき、やっと父に追いついたぼくは、ふと父の顔を覗きこんでみた。

 父は見たこともないほどの笑顔だった。希望にみちみちた顔をしていた。

 それまで、父はぼくの好きなもののことを、どうとか言ったりはしなかった。だけど、そのときぼくは思い知ってしまった。父にこういう顔をさせているのは、ぼくのなかのどいつだ。ぼくのなかのだれだ。

  父は、ショーケースに飾られていたポケモンのソフトと、ゲームボーイ本体と、友だちと遊ぶための通信ケーブルをすべてセットで買ってくれた。特売のラックにはセーラームーンのゲームが売られていて、あっちがいいなあ、あっちがほしいなあと切に思う。だけどまさか、口にしたりはできない。今日ばかりはできない。

 店をたむろしていた少年たちが、羨望の目でぼくを見ている。レジの店員さんも、いかにも微笑ましげな顔をしていた。父は相変わらず笑顔、ぼくひとりだけが、なんかうつむいている。


「めぐる、わかったよ、1996年、1996年だったよ」

 待ち合わせ場所の芝公園で、大の字になって寝ころがっていためぐるに、ぼくはいきなりそう言った。

「へえ、1996年なんだあ」

 ぼんやりした目のまま、とりあえずキャッチしてくれためぐるに、ぼくは怒涛のごとく話した。小学校のこと、休み時間のこと、ポケモンのこと。そして父のこと。

 めぐるはうんうん、と優秀なオペレーターみたく適切に話を飲み込んでからたずねた。

「それであーた、結局ゲームはやったの?」

 ぼくは首をはげしく横に降った。

「ううん、まともに遊んでたのはせいぜい三日ぐらいだった」

 首の筋が立て付けのわるいシーソーを無理やり動かしたときみたいにギシギシ音を立てている。

「ほお、どうして?」

「こわい森のせいだよ」

「まじ? そんなのあったっけ?  おばけいた?」

「おばけよりやばい。とにかく薄暗くて、いもむしと毛虫がいっぱい出て来たんだ。そこでもうアウト。いっさい進めなくなっちゃった」

「あはー、 そうかーキャタピーこわかったかー6歳のゆうちゃん」

 めぐるはシリアスなぼくを置き去りにしてめちゃくちゃ笑った。それにしても、あのいもむしキャタピーっていうんだ。

「でも、買ってもらってすぐ放り出すわけにもいかないから、しかたなく出発点に帰ってうろうろしてたんだ。おうちでお母さんに話しかけても、がんばってねみたいなことしか言ってくれなくて、ほんとにヒマしちゃったな」

「あはは、ばかー」

 しかしそれも数週間しか持たず、ゲームボーイは部屋で埃をかぶり、通信ケーブルはどこに繋がれることもないまま、引き出しのなかへ放り込まれたのだった。いま思うと、どこにも繋がれない通信ケーブルって、まるでぼくの人生みたいだ。

 父はそのことに気づいていたはずだけど、やっぱりなにも言わなかった。言わないでいてくれた。けれど、ぼくは勝手にくるしかった。だって、あの日、赤信号のまえで、あんなにうれしそうに笑ってたじゃん。ほんとは、こんな息子で残念なんでしょう。どうなの。

 その答えを引き出すために、あるときからぼくは父を避けはじめた。そしてとうとう、そんな父から逃げるように東京へ出てきてしまった。

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ぼくは本当にいるのさ

少年アヤ

痛みと共に捨て去った、ひかりをぼくは取り戻す―― エッセイストとして、これまで自身の過去やセクシャリティと向き合ってきた 少年アヤさん。そんな彼がなにもかも捨て、書く仕事すらやめ、骨董品屋で働いていた日々の記録を始めます。 これ...もっと読む

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コメント

Meganedesuyo27 ...。 https://t.co/YRf6ri0YV6 3ヶ月前 replyretweetfavorite

makimuuuuuu 「とにかく1996年は最悪の年だったんだよ。あげくのはてに、学期末にはセーラームーンが終わっちゃった」 https://t.co/amEvUlCu0N 3ヶ月前 replyretweetfavorite

takfzy 時を止めたのはぼくだ。1996年、トキワの森を永遠にしたのはぼくだ。 今回も面白かった… 中でもこの一節が特に良かった。 3ヶ月前 replyretweetfavorite

muenchen1923  誰も悪くないのにめっちゃ悲しい 親も子供の笑顔が見たいだけなのになぁ うちの子にもこんな思いをさせてはいないだろうかと思うとさらにかなしい 3ヶ月前 replyretweetfavorite