サッカー部のキャプテンは本当に人生の勝ち組なのか?

かなり勉強もできてサッカー部に属してはいるものの、すでにどこか人生に冷めている高校生の「ぼく」。そんな彼の人生観をますます傾かせる、ある出来事が起きてしまい……。

情けなくも愛すべきちょいダメ男たちを描いた山内マリコさんの小説集『選んだ孤独はよい孤独』の発売を記念して、cakes特別連載がスタート! 同時公開の武田砂鉄さんとの対談もあわせてお楽しみください。


 記憶にある限り、ぼくはいつもこのポジション。班を作ればリーダーで、新学期には学級委員長になり、中学では生徒会長もやった。別に自分からなりたいと言ったことなんて一度だってないけど、そういう役を選ぶときは誰かが当然のようにぼくの名前を挙げて、「ああ、早川ならいいんじゃね?」みたいな空気になって、多数決をやればどっさり票を集めた。

 ぼくは勉強も運動もそこそこできるし、見た目も悪くないし性格も普通だから、まともな奴として信頼を集めるらしい。担任にも言われたことがある。早川みたいにバランスがいい奴はなかなかいないって。そう、勉強も運動もそこそこっていうのは謙遜で、これはみんなに嫌われないためのテクニックだ。本当はどっちにもかなり自信があった。スポーツ推薦でサッカーの強豪校に行くか、サッカーは遊びとわりきって進学校に行くかで、ずいぶん悩んだし。結局、ぼくはサッカーを選んだ。

 うちの高校には県内中から、地元で天才サッカー少年と騒がれてたような奴が推薦でどっさり入ってくる。選手層も厚くて序列も厳しいから、一年のときは雑用ばかりでめちゃくちゃこき使われた。練習はキツいけど、別に苦じゃない。体を動かしてるときの空っぽになってる感覚がぼくは好きだ。吐きそうなくらい走らされてるときの、体を痛めつけてるような感じも嫌いじゃない。その苦しみが終わったときの解放感が最高だってことを知っているから。

 *

 ぼくが一年のときの三年は、エースストライカーの池田くんを中心に動いていた。うちの高校のサッカー部には全部で百人近くの部員がいて、三年だけで一クラス分くらいの人数がいたけど、池田くんこそが中心人物だった。サッカーが巧くてカッコ良くて、私服もおしゃれで女子にモテる。池田くんは練習にはちゃんと来るけど、いつもかったるそうで、監督に対しても反抗的、陰で酒もタバコも合コンもやりまくってた。中学までは、品行方正だったらしいけど。

 まあその気持ちはわかる。子供のころからずば抜けて運動ができた人たちも、他県のエリート校と練習試合で戦って、本物の天才と一緒にピッチを走ったら、嫌でも自分のレベルを思い知るから。それで、ああ、こういう奴が日本代表になるんだなーと諦めて、子供時代の無謀な夢を、そそくさと折りたたんで胸に仕舞うのだ。そうしてやる気を失い、やさぐれる人は多い。高校を卒業したあとの人生なんてどうせつまらない。だからいまのうちに楽しもうと、練習もそこそこにチャラくなっていく部員は少なくなかった。

 池田くんの代が卒業すると、部内の空気ががらりと変わった。次の世代のチームをまとめているのは、人望の厚いキャプテンの青柳くん、エースストライカーでイケメンの牧野くん、身長が一九〇センチもある鉄壁キーパー芳川くんの三人。彼らは本気で「国立を目指そう!」と言い、部員は目を輝かせて、迷いのないまっすぐさで「オーッ!」と拳を突き上げあとにつづいた。かつて池田くんが「みんなで合コンだぁ!」と音頭を取れば、全員が「ウェーイ!」と、あとに続いたみたいに。

 そうして迎えた去年の夏はすごかった。県大会を軽々と勝ち抜いてインターハイに出場し、あっという間にベスト四まで進んだのだ。準々決勝では帝京高校に負けたけど、これまでの県勢は二十数年前にベスト十六までいったのが最高成績だったから、ベスト四でも地元の盛り上がりは大変なことになっていて、夕方のニュースで大きく取り上げられたし、監督のインタビューも新聞にでっかく載った。監督はそのインタビューでこんなことを言っていた。

「いまの三年には奇跡的にいい選手が揃っている。冬の国立ではもっと上を目指すつもりだ。いまの三年なら、全国優勝も夢ではないと思っている」

 実際、監督はそのことを練習中にもよく口にした。県勢初の全国優勝を真剣に狙っている、お前たちならできる、俺は信じていると。チームの士気を上げるために、監督はときどき異様にポジティブなことを言う。自己啓発本のパクリみたいな安っぽい励ましを、真顔で、大声で言った。キツい走り込みでバテそうなときにそういう言葉を聞くと、ふわっといい気持ちになるんだ。

 ──お前たちならできる、俺は信じている。だからお前たちも自分を信じろ。自分を信じるんだ!

 ここで監督が言う〝お前たち〟とは、三年のことだ。青柳くんとか牧野くんとか芳川くんのいる、三年のことだ。その世代はゴールデンエイジで、久々にJリーガーが誕生するんじゃないかと言われていた。二学期からはじまった全国高等学校サッカー選手権大会の県予選会も順当に勝ち進んで、年末には三年ぶり二十四回目の本戦出場を決めた。二年からはただ一人、DFの紺野が試合に出ていたけど、それはぼくたちに発破をかけるためで、三年だけで充分なくらい選手層は分厚かった。

 大晦日の第一試合を一─〇で勝つと、一月二日には第二試合に三─二で勝ち、第三試合も三─二で勝って、準々決勝はなんと四─〇で勝った。そしてついにうちの高校のサッカー部は、創立以来はじめて、県勢としてもはじめて準決勝に進み、国立競技場のピッチに立った。

 ぼくたち二年は国立競技場の応援スタンドに座り、地元から大型バスで駆け付けたブラスバンド部やチア部と一緒に必死の声援を送った。相手校は全国大会常連の名門スポーツ校で、応援のレベルもうちの高校とは桁違い。応援席の人数も三倍くらいいるし、学ランにハチマキを巻いた古風なスタイルの応援団までいた。ここのブラスバンド部は全国優勝もしたことがあるらしい。

 彼らがハーフタイムのときに演奏した曲を、ぼくはいいなと思った。題名は知らないけど、聴いたことのある曲だった。応援コールのバリエーションも豊富。コールのいくつかは甲子園用のをアレンジした感じだったけど、歴史があるんだなぁと感心するばかりだった。ぼくたちはみんな口をあんぐり開けて、相手校のクオリティにすっかり気圧されていた。

 〇─〇のまま後半戦に入り、残り五分のところで青柳くんが出したパスを牧野くんが弾き、それがそのままゴールネットに吸い込まれたのを、ぼくは目撃した。サッカーの試合では、時たまこういうことが起こる。絶対入るだろうというシュートがバーに当たったり、逆に子供が蹴ったようなへなへなのシュートが、キーパーの目を盗んでゴール一直線に転がって入ったりする。それはもう神の領域だ。ぼくらにはどうしようもない力が働いているとしか思えない。毎日毎日練習を重ねても、結局は理不尽なまでの偶然性で決着がついたりする。

 だからぼくたちがすべきなのは、ドリブルやパスやセットプレーの練習じゃなくて、神様に嫌われないようにするための努力なのかもしれない。

 牧野くんが体のどこかの部位でたまたま弾いたボールがふわりと浮き上がり、キーパーの指先をかすめてネットに触れたその瞬間、後頭部をガツンと殴られたように空気が振動して、なにかと思ったら、応援スタンドのみんなが一斉に立ち上がって歓喜の声を張り上げていたのだった。頭に雷が落ちたみたいで、耳の奥がビリビリと破けるような音がした。みんな自然と抱き合ったり、肩を組み合ったりして、もみくちゃになった。感極まって泣いている女子もいた。追いつかれませんようにと誰もが祈り、それは天に通じた。

 ぼくらは勝った。正確には、ぼくらの先輩は勝った。一つ上の先輩たちが、歴史に残るすごいことを成し遂げた。県勢初の快挙だ。もし決勝で負けても、知事に謁見くらいのことは確実にするだろう。親もクラスメイトも教師も、ぼくらを見る目はがらりと変わるだろう。

 応援席は万能感に包まれていた。この試合で神様に愛され、選ばれたのは、全国優勝経験のあるエリート校じゃなくて、ぼくたちなのだ。ぼくらはまるで自分たちが九十分間ピッチを走り抜いたような気で、自分の手柄に酔いしれ、自分たちこそが最強なんだと悦に入った。

 そしてここにいる誰もが頭がおかしくなりそうなくらい喜び合っていたそのとき、ぼくはふと、あることに気づいてしまった。あさっての決勝戦が終われば、勝っても負けても三年は引退して、ぼくたちに代替わりする。そしたらキャプテンに選ばれるのは、たぶんぼくだろう。ぼくは大歓声のなか一人我に返り、四月からの学校生活を想像して、胃がキリキリするようなプレッシャーを突然感じた。

 ゴールデンエイジと名高い一つ上の代が、県勢初のとてつもない快挙を成し遂げたあとで、ぼくは一体、どんな顔をして生きればいいんだ?

 *

 四月は、祭りが終わったあとそのものだった。そう、すべては終わってしまったのだ。全国大会初優勝は県内でめちゃくちゃな騒ぎになった。新聞もニュースも連日のように伝えた。サッカー部を密着取材したスペシャル番組が放送されたり、特別編集されたムック本も緊急発売された。初優勝を飾ったイレブンは伝説となった。

 そしてあとにはたくさんの凡人が残された。キャプテンのぼくは、さしずめ凡人代表ってところだ。なにをどうがんばっても、一つ上の世代のような奇跡を起こすことはできないと、あらかじめ負けが運命づけられている、ぼくらの世代。

 ぼくは極力そのことを態度に出さないようにしていたつもりだったけど、チームのみんなも悟っているようで、練習にはまるで身が入らなかった。覇気もなく、気怠いムード。数ヶ月前までみなぎっていた緊張感や闘志はどこかへ消え、サッカーに本気になるなんてかっこ悪い、みたいな空気すら流れていた。

 それも仕方ない。ぼくらはすごいものを見てしまったんだから。ものすごい気持ちを、味わってしまったんだから。あれ以上に興奮するシチュエーションなんて、人生では二度と起こらない。あれ以上の感動は、絶対に味わえない。仮にぼくらの世代が、国立競技場に立ち、全国優勝したとしても。

 そうなると人間は厭世的になるもので、三年は陰で酒もタバコも、もちろん合コンもやりまくった。監督は「連覇を狙うぞ」「気を抜くな」と檄を飛ばすものの、去年みたいに「お前たちならできる、俺は信じている」とは決して言わなかった。いまの三年に大した選手はいないけど、一年には超高校級と噂の新入生が何人か入ったから、どうやらその代に期待しているみたいだった。口には出さずとも、そういう気持ちは透けて見えた。

 監督はいいよな。入れ替わり立ち代り現れる新しい生徒に、夢を託したり、さじを投げたりできるから。ずっとここにいられるから。今年の三年がダメでも、仕方ないと諦めて、次の年やその次の年に、希望をつなげたりするんだろう。ぼくらにとっては一回きりの高校時代を、監督は何度でもやり直せるわけだ。

 ぼく以外にも、あの国立競技場での興奮や感動を上回るような出来事に今後の人生で二度と出会えないことを思って、悲しい気持ちになったりする奴はいるんだろうか。

 *

 そうしてぼくは、生まれて初めて辛く苦しい、逃げ出したいような気持ちを味わったのだった。恐ろしく求心力のないキャプテンとして、ぼくはただただ、空回りした。練習のはじまりと終わりに部員を集めて号令をかけるのもキャプテンの仕事で、青柳くんがキャプテンだったころは、「全国優勝マジで狙うぞ!」「ぞぉー!」という掛け声が定番だったけど、そんなこと、口が裂けても言える空気じゃない。

 だってなにを目指せばいいんだ? なんのためにボールを蹴ればいいんだ? なんのために生きてるんだ? なにがやりたかったんだ? なんでぼくはいつもキャプテンをやらされてるんだ? なんでだよ。なんでなんだよ。

 親は無遠慮に、「今年のチームはどう?」と期待を込めて訊いてくる。ぼくはそのたび、死にたい気分で「普通」とこたえる。でも本心はこうだ。どうって、最悪だよ。あいつら完全にやる気失くしてるからね。お遊びみたいな感じで、みんな惰性で部活に来てる。自分たちの才能のなさや、運のなさ、生まれたタイミングの悪さを呪うしかないって感じ。

 だって、ちょっとだけ早く生まれてさえいれば、ぼくらだって国立競技場のピッチに立って、あの瞬間を味わうことができたかもしれないんだ。ぼくなんか四月十日生まれだから、母さんが二週間でも早く産んでくれてたら、運命は変わったんだぜ?

 *

 五月の終わり。インターハイの県予選は、シードされて二回戦からの出場だったにもかかわらず、三回戦で敗れた。ぼくらが住んでいる県は田舎で、高校の数も少ないから、三回戦まで行けばとりあえずベスト十六だ。ぼくらの代が残した最高成績は、インターハイ県予選ベスト十六。夏のインターハイは負けた時点で三年は引退するのが習わしだから、ぼくらの青春は、この総合運動場であっけなく終わったのだった。

 ぼくたちは最弱だった。ゴールデンエイジの反動の、スカの世代だった。

 そういうもんだと、ぼくは思う。光あれば陰がある。伝説のイレブンが二年連続して現れるなんてことはまずない。いい世代のあとにはスカの世代が、必ず控えているものだ。そしてそれは、たまたま今回ぼくらの代で、ぼくはそこで、いつも通りキャプテンのポジションを任されていただけなのだ。

 気にするな、気にするんじゃないと、ぼくは自分に言い聞かせようとする。監督も「早川、お疲れさん。よく休めよ」と声をかけてくれた。でもぼくは、監督が肩に置いた手を反射的に振り払った。チームメイトは誰も泣いていなかった。ぼくだけが、肩を震わせてめそめそ泣いていた。

 *

 これで部活は引退だ。もちろん辞めたくなければ夏休みまで部に居座ることは可能だけど、そんなことを言い出す奴はきっといないだろう。どうせ後輩に煙たがられるだけだから。

 撤収するころにはきれいな夕焼けになっていて、それがまた落ち込みを加速させる。帰り支度を終えてバスに乗り込もうとしたとき、誰かが言った。

「いま東京で、国立競技場の閉鎖イベントが開かれてるんだって」

 二〇二〇年のオリンピックに向けて、あそこは取り壊され、新しく建て替えられるそうだ。つまりぼくらの先輩たちが、あの歴史と伝統ある国立競技場で優勝を飾った、最後の高校生というわけだ。

「へぇー」

 誰かが言った強めの「へぇー」は、みんなに伝染した。興味なさげなシラケたリアクション。それは、自分たちの哀れな役回りと悲惨な運命への、精一杯の抵抗だった。帰りのバスの中では、みんな疲れて無口。誰かが笑わせようとしてか、「あぁーあ、終わっちゃったな、俺らの青春」とわざとらしく言ったのが聞こえたけど、全員が見事にスルーした。

 ぼくも窓に寄りかかりながら、腕を組んで体をガードし、ぎゅっとまぶたを閉じた。国立競技場が壊されるところを想像すると、心が安らいだ。そこが無くなってしまえばこの気持ちも、できるだけ早く忘れられそうな気がした。


*この短編は、「さよなら国立競技場」というタイトルで、『選んだ孤独はよい孤独』に所収されています。

選んだ孤独はよい孤独

山内 マリコ
河出書房新社
2018-05-22

この連載について

選んだ孤独はよい孤独

山内マリコ

山内マリコさんの最新作『選んだ孤独はよい孤独』は、情けなくも愛すべき「ちょいダメ」男たちの物語です。刊行を記念して、cakesでも特別掲載! サッカー部のキャプテンなのに人生の虚しさを知ってしまった男の子、サラリーマンになりきれない2...もっと読む

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コメント

marekingu #スマートニュース 5ヶ月前 replyretweetfavorite

hanae_tamura 学校生活と部活は後々の人生にもベタベタまとわりついてきそうな感じがすごいです。 5ヶ月前 replyretweetfavorite

maricofff 出身高校の 5ヶ月前 replyretweetfavorite