テレビアニメ創生期の藤子アニメ ~『ドラえもん』の静かな始まり②~

2010年代に入ってウルトラシリーズ、仮面ライダー、ヤマト、ガンダム、あるいは「ベルばら」「ポーの一族」等が次々と40、50周年を迎えている。これらは単に昔のものとしてあるだけでなく、現役のコンテンツとして新作が発表され、映像化、舞台化されている。逆算すれば分かるが、これらの大半は1970年代に始まった。1960年に生まれ、アニメ、特撮ものを最初期からTVで見ていた中川右介(作家、編集者)が「リアルタイムの記憶を基にして目撃譚」として描くサブカル勃興史。

「記憶をたどりながら書きますが、公にするからには、記憶にだけ頼り、間違ったことを書いてはいかないので、改めて調べ事実確認をして書きます。歴史家的視点と当時の少年視聴者・読者としての記憶とを融合させ「読者・視聴者としてサブカル勃興期を体験した者が書く歴史」を提示したいと思います(筆者)。

●アトムとそのライバルたち

よく知られているように、日本の連続テレビアニメは一九六三年一月一日に第一回が放映された手塚治虫原作の『鉄腕アトム』によって、その歴史が始まる。当時は「テレビマンガ」と呼ばれていた。

 テレビがほぼすべての家庭に普及するのは、一九五九年の「皇太子ご成婚」から六四年の東京オリンピックの頃で、僕は「家にテレビがなかった」頃を覚えていない。『鉄腕アトム』をいつから見ていたのか「はじまり」の記憶はない。ものごころついた頃から見ていたのだと思う。


『アトム』の成功を受けて、その年(一九六三年)の一〇月から横山光輝原作『鉄人28号』が始まり、続いて『エイトマン』『狼少年ケン』、六四年になると『0戦はやと』『少年忍者
風のフジ丸』『ビッグX』、六五年には『スーパージェッター』『宇宙パトロールホッパ』『宇宙少年ソラン』『宇宙エース』と「宇宙もの」が続き、他に『怪盗プライド』『W3』『遊星少年パピイ』と続く。

 このリストは、意図的にSFものを多く挙げたのではない。最初期の日本のテレビアニメはロボットものか宇宙ものというSFと、狼少年か忍者が主人公のものばかりで、平凡な日本の少年少女が主人公となるものはなかったのだ。

 僕は、すべてを見ていたとは言わないが、ほとんどを見ていた。今でも主題歌を歌えるのだから、一生懸命見ていたのだろう。これだけ子供の頃にSFアニメを見ていたのだから、SF好きになるのも当然だ。しかし、同年代でこれらのアニメを見ていた子のすべてが大人になってもSFファンなわけではない。これは不思議と言えば不思議だ。

 というわけで、男の子にはSFと忍者と狼少年があったが、女の子はというと、女の子が主人公になるアニメは、一九六六年一二月スタートの『魔法使いサリー』までなかった。それまでの男の子向けアニメでは、女の子が出てきても、あくまで主人公である少年の友だちとか妹という役割でしかない。こうして、「主人公は男、女はその相手役」という男女の役割の固定化が幼少期から植え付けられて云々という、フェミニズムによるアニメ批判をしようと思えばできるが、ここではそういう話はしない。

 この時期のテレビアニメはみな主人公が「戦う」ものだった。敗戦から二〇年が過ぎようとしており、憲法九条のもと平和になった日本のはずなのに、僕の世代は「戦闘」に親しんでいたのだ。「主人公である少年が闘う物語」がテレビアニメの大半を占める構造は、以後も続く。SFだけでない。スポーツものも「闘いのドラマ」なのだから。

 話を戻すと、似た傾向のSFアニメが乱立したせいか、一九六五年になるとどの番組も視聴率が下がっていった。子供は飛びつくのは早いが飽きるのも早い。

 そこで従来のテレビマンガとは異なるものとして『オバケのQ太郎』が企画された。その企画書には原作となる藤子のマンガは〈アットホームなふんいきを持つギャグまんがで、殺伐とした要素は一切なく家庭で安心して見られる〉とあった。この企画が通り、一九六五年八月二九日から放映が始まった。

 アニメ『オバケのQ太郎』を制作したのは東京ムービーである。一九六四年、手塚治虫が集英社の「少年ブック」に連載していた『ビッグX』を、TBSがアニメ化することになった。手塚作品は虫プロが独占していたが、「少年ブック」編集長の長野規(後に「少年ジャンプ」を創刊する)は遣り手で、連載開始時に手塚から『ビッグX』のアニメ化権を預かっていたようだ。TBSと集英社は手塚の旧友でもある、うしおそうじのピー・プロダクション(第二話参照)に制作を打診したが、同社は他の作品で手一杯だったので断った。そこでTBSは、人形劇団ひとみ座の映画部門にいた藤岡豊にアニメ制作会社を作らないかと持ちかけ、国際放映の協力も得て、東京ムービーを設立させた。

『オバケのQ太郎』が放映されたのは、TBS系列の日曜夜七時半からの、菓子メーカーの不二家が一社でスポンサーとなっている「不二家の時間」という枠だ。『オバQ』の前はアメリカのアニメ『ポパイ』が放映されていた。

「不二家の時間」の直前の七時からは武田薬品工業が単独でスポンサーとなっている枠だ(後に「タケダアワー」と呼ばれる)。これはウルトラ・シリーズが放映されていた枠だが、『オバQ』が始まった六五年八月は『新隠密剣士』が放映され、五か月後の六六年一月から、『ウルトラQ』が始まった。こうしてTBSの日曜七時台は「二作のQ」が続き、ともに大ヒットする。僕は『新隠密剣士』は覚えていないが、『ウルトラQ』はしっかり覚えている。

 さらに六六年四月からは、NHKでイギリス製のSF人形劇『サンダーバード』が日曜夜六時に放映された。

 つまり、一九六六年四月、僕が幼稚園の年長組になった月から、日曜夜は六時から『サンダーバード』、七時から『ウルトラQ』、七時半から『オバケのQ太郎』が放映されていたのである。

 そして土曜七時からはフジテレビ系列で『鉄腕アトム』が放映されていた。『アトム』は一九六三年一月一日が第一回だが当初は火曜日で、六四年一月から土曜七時となっていた。

●相次ぐ最終回と新番組

『オバケのQ太郎』は「少年サンデー」での連載が六四年二月から六六年一二月まで続き、その間に「小学一年生」から「小学六年生」までの学年誌でも六五年一月号から連載された(35ページ参照)。こうして小学生の間での認知度が高くなったところで、六五年八月にテレビアニメが始まって爆発的な人気となった。視聴率は初回から三〇パーセントを超えた。

『オバQ』に半年遅れて、一九六六年二月、赤塚不二夫の『おそ松くん』もテレビアニメ化された。「少年サンデー」に一九六二年から連載されていたギャグマンガだ。この二作のヒットで「少年サンデー」は部数を急増させていく。

 だがテレビアニメ放映中の一九六六年一二月発売の号で「少年サンデー」での『オバケのQ太郎』は連載終了となる。翌六七年四月から新しいアニメが始まることが決まっていたため、一九六七年が明けると「少年サンデー」では先行して、その新アニメの原作の連載が始まるのだ。『パーマン』である。もちろん、これも藤子不二雄作品だ(後に、F作品に分類される)。

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中川右介 /角川新書

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ken_373 #ドラえもん 7ヶ月前 replyretweetfavorite