火星ローバーの自動運転

「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!人気コミック『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕がひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕の書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。


僕も現在、マーズ2020ローバーに携わっている。僕が行っている仕事は二つある。

ひとつは着陸候補地点の選定だ。太古の生命の痕跡が残されている確率が高い場所はどこか。それを考えるのは科学者の仕事だ。技術者である僕の仕事は、それぞれの候補地点でローバーが安全に走行できるのかを解析することである。

現在、着陸候補地点は三つに絞り込まれている。一つ目は「コロンビア・ヒルズ」。二〇〇四年に火星ローバー・スピリットが探査したのと同じ場所で、過去に水によって作られた様々な変成岩がある。二つ目は「ジェゼロ・クレーター」(巻頭カラー参照)。ジェゼロとはスラブ言語で「湖」の意味で、その名の通りこのクレーターは昔は湖だった。湖には二本の川が注いでおり、その三角州に過去の生命の痕跡があるのではないかと思われている。そして三つ目は「北東シルチス」。ここには火星表面に液体の水があった時代からそれが干上がっていった時代までの地層が保存されている、タイムカプセルのような場所である。最終選考は二〇一八年に行われる予定である。

僕の二つ目の仕事は、ローバーの自動運転ソフトウェアの開発だ。現在は地球でも自動車会社やIT企業が競って自動運転車を開発しているが、火星では二〇〇四年に着陸した二台のローバー、スピリットとオポチュニティーがすでに自動運転を行っていた。

火星ローバーの速度は非常に遅い。現在火星を走っているキュリオシティーの走行距離は長くても1ソル(1火星日のことで24時間40分)に約100メートル、平均すればせいぜい50メートルほど。陸上選手が十秒で走る距離を一日かけて走るのだ。マーズ2020ローバーは、それを1ソルあたり平均で200メートル程度に伸ばす必要がある。しかも着陸候補地点は岩場や砂地が多い。この距離を安全に走るために自動運転機能をアップグレードするのが、僕が行っている仕事である。

技術的に簡単ではない。理由はいくつかある。まず、搭載されているコンピューターが非常に遅い。放射線の強い宇宙では特別仕様のCPUを使う必要があるのだが、地球用CPUより数世代遅れるのが常である。キュリオシティーやマーズ2020ローバーに搭載されるRAD750というCPUは、アップルの一九九七年のiMacと同じCPUの宇宙バージョンだ。 現代のスマート・フォンよりもずっと遅い。そんなコンピューターで自動運転を実現するには、ソフトウェアに色々な工夫をしなくてはいけない。

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宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─

小野雅裕

銀河系には約1000億個もの惑星が存在すると言われています。そのうち人類が歩いた惑星は地球のただひとつ。無人探査機が近くを通り過ぎただけのものを含めても、8個しかありません。人類の宇宙への旅は、まだ始まったばかりなのです…。 NASA...もっと読む

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ikb 先日、 NASA の火星での新たな発見二つをツイートなさっていた。 そうか、2020ミッションでローバーを……! 大変… https://t.co/uagQLLeqVe 2年以上前 replyretweetfavorite

uchu_kyodai NASAの研究者 小野雅裕がひも解く、宇宙への旅。 2年以上前 replyretweetfavorite