海王星は青かった 

「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!人気コミック『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕がひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕の書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。


土星で姉と別れたボイジャー2号は孤独に旅を続け、一九八九年、最遠の惑星・海王星に到達した。太陽までの距離は30天文単位、つまり地球から太陽までの距離の三十倍。光の速さで約四時間、新幹線の速さなら1700年かかる距離である。ここから見る太陽の明るさは、地球で見る太陽の約900分の1しかない。

海王星は青かった。孤独で神秘的に青かった。青のキャンバスの上に、水彩絵の具のように柔らかな黒い縞模様と、油絵の具のように境界のはっきりした白い雲が交わりあっていた。時として謎が女性をより美しくするように、海王星の美しさは謎を内包していた。太陽から受ける熱の三倍もの熱を放出する正体不明の熱源が内部にあり、そのため風速600m/sもの暴風が吹き荒れていた。美しい縞の正体は、太陽系最凶の嵐だった。

海王星の衛星トリトンも謎多き世界だった。クレーターは少なく、西半球は水の氷でできたメロンの皮のような模様の地が広がっており、赤みがかった窒素の雪がところどころに積もっていた。薄い大気があり、風が大地を削っていた。そして驚くことに、間欠泉が至る所で窒素とメタンの煙を吹き上げていたのだ! マイナス235℃のこの極寒の世界も、「生きて」いたのである。

この世界には悲しい運命が待っている。トリトンは少しずつ海王星に落ちており、約三十六億年後には海王星の重力に引き裂かれる。トリトンの破片は海王星の大気に突入して燃え尽きるか、土星のような美しい輪になると考えられている。

ボイジャー2号が撮った海王星やトリトンの写真は、電波に乗って漆黒の宇宙を飛び、四時間かけて地球のアンテナに届いた。さらにそれは新聞や雑誌に印刷され、あるいはテレビ放送の電波に乗り、アジアの東端の小さな島国にも届いた。それをかじりつくように見ていたのが、七歳になる少し前の僕だった。海王星の青、トリトンの間欠泉、そしてトリトンが転生する美しい輪。そのイマジネーションが、僕の心の最も深い部分に刺青のように彫り込まれた。

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宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─

小野雅裕

銀河系には約1000億個もの惑星が存在すると言われています。そのうち人類が歩いた惑星は地球のただひとつ。無人探査機が近くを通り過ぎただけのものを含めても、8個しかありません。人類の宇宙への旅は、まだ始まったばかりなのです…。 NASA...もっと読む

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tipi012011 ロマンありすぎ!現在のボイジャー姉妹が知りたい! 2年以上前 replyretweetfavorite

10plaBlog #スマートニュース 2年以上前 replyretweetfavorite

SUIGADOU とてもロマンチックで、美しい文書。 2年以上前 replyretweetfavorite

silktherapylabs #スマートニュース 2年以上前 replyretweetfavorite