◆#25◆
おれは絶句した。 先物はドル円など足元にも及ばぬ魔界だ。おれが憧れていた株デイトレードのさらにその先にある、ビットコインにも等しい、いや、それよりもワケのわからない魔界だ。おれにはどうやって原油の先物取引を行うのかすら想像もつかない。
その境地に奥野さんはいたのだ。あの温和そうで、物静かで、謙虚な奥野さんが。
奥野さんは罪を告白するように続けた。
「自分、調子に乗りまして、リーマンショックで、焦げ付かせました。それで、妻に愛想を尽かされまして。まあ、今でも相変わらず株なんかやっているんで、多少の勘は働きます。こんなの、なんの自慢にもなりませんが。お恥ずかしい」
「そう……だったんですか……」
「いいですか、香田さん。アメリカとか、ドルとか、マクロ経済も大事かもしれない。この国が10年後どうなって、その時家族がどうなってるかも大事でしょう。でも今は、任された仕事、しましょうよ。勤務時間中は、仕事、しましょう。どんなに無駄ばっかりで、理不尽ばっかりで、報われなくても、仕事は仕事ですよ」
奥野さんはおれの肩を叩き、勇気付けてくれた。おれの意識が高まっていく。
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