友達がいなくてさみしい

昨年の秋、道端で通りすがった外国人男性に「友達がいなくてさみしい」と言われた牧村さん。彼は「ドクター・マン」と名乗り、二人はLINEを交換しました。牧村さんはなぜ連絡先を教えたのでしょうか。そして、彼との関係はどうなっていったのでしょうか。


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LINEの連絡先リストから、誰かひとり消えていることに気づいた。誰かに嫌われたかな、誰か死んでしまったのかな、誰がわたしを削除したんだろうと考えて、やっと思い出した。たぶんそれが、ドクター・マンであろうということを。

「Hi」
ドクター・マンは秋の日、自転車を引いて歩いてきた。少し肌寒い日なのに、半そで半パン。ぽちゃぽちゃしたお腹をゆすって、野球帽をかぶった男性だった。

「Do you speak English」
わたしが挨拶を返す前に、英語をしゃべれるかと彼は聞いてきた。青い目にくるくるのまつげ。あ、米兵だ。と思った。

米軍座間キャンプや厚木基地を擁する、神奈川県中央部でわたしは生まれ育った。町田のパブで米兵が酔っ払って殴り合う姿や、「基地は出て行け」と日本語で声を合わせる市民に「Oh look, they are singing」と米兵の奥さんがニコニコするところを見てきた。日本の中のアメリカ領に暮らすその人たちは、多くの場合、日本語を話さない。だからわたしはしばしば、「Hi」からの「Do you speak English」コンボをキメられてきた。一応「Do you speak English」と聞いてくれるのはまだいい方で、十代の頃など、英語がわからなくてキョトンとするわたしを指差して笑うやつらに遭遇したことすらある。

「I do」
わたしは短く答えた。日本の地を踏みながら挨拶もそこそこに英語はしゃべれるかと聞いてくるその傲慢にはっきり言ってイラついていたし、忙しかったし、すっぴんメガネのボロボロ状態だったので早く帰りたかった。たとえば日本人の私がアメリカに行ったとして通りすがりの人に突然「どうも〜!日本語しゃべれますか?」ってやれると思うか? お前のやってることが、ハウサ語で、クルド語で、ナーナイ語でできると思うか? そのへん考えろよ米兵。それは日本語で英語帝国主義っていうんだぞ。と、思った。けれども、彼が自転車を降りて押している様子から、もしかしたら道に迷っているのかもしれないな、と思って、一応話を聞こうと思ったのだ。

それがドクター・マンとの出会いだった。「道に迷っているわけじゃないんだけど、友達がいなくってさみしいんだ」と彼は英語で言った。「テレフォンナンバーを教えてくれない?」という彼に、「なんで?」と言い返した。「わたしは、そのへんで出会った知らない人にいきなり電話番号を教えるようなことはしない。なんでそんなこと言うの」と。

「だって、僕さみしいんだもん」

彼は食い下がり、それからどうやってだったか、なんか知らないけど、わたしのLINE連絡先リストにすべりこんで来たのだった。本名は名乗らなかったが、表示名はDr. MANとなっていた。去年の秋の、さみしい秋の、半パンでいるには肌寒い夕方のことだった。

「あのねえ、それ、ナンパっていうんだよ!」
わたしの愛する女性は、あきれたように日本語で言った。彼女は巻き毛に青い目で、明らかに西洋人という見た目をしている。しかしながら英語圏の出身ではないし、日本語を身につけて日本で暮らす人だ。

「なんで教えちゃったの、連絡先」
彼女が不愉快そうなので、ちょっとうれしくなってしまった。わたしは彼女が好きだし、ドクター・マンとワンチャン狙おうとかは全く思わない。それを彼女も知ってるだろうけど、だからこそ、こんなに惚れちゃってるのがくやしいからこそ、つい妄想しちゃうのだ。もしこれがやきもちなんだとしたら、なんて可愛いのかしら! って。

「知らない人に教えちゃダメだよ」
「だってその人、友達がいなくてさみしいっていうんだもん。LINEの連絡先以外は、本名も電話番号も住んでるところすらも教えてないから大丈夫だと思う」
「絶対にナンパ目的だよ。気をつけてよ」
「大丈夫だって。それに、男の人が女の人に声をかけたからってナンパだと決めつけるのは悲しいと思うな。彼、たとえばゲイかもしれないでしょ。LINEの背景なんか、草原で半裸の男二人がレスリングしてる写真だったんだよ!」

わたしはムキになった。わたしと友達になりたいと言った男の人から、実は性的な関心しか持たれていないなんてつらすぎると思った。

(……女であるお前は、男とは友達になれない。友達になろうと言われてもそれはナンパだ。むしろ、ナンパされるだけありがたいと思えよ……)

うっすら流れるあのイヤな空気が、わたしの好きな人の背後からでさえ垂れ込めてくるようで、息苦しくて、たまらなかった。もちろん、彼女はそこまで言っていないんだけれども……彼女からではなく、わたしの女としての人生全体に、それは、言葉ではなく雰囲気として、つきまとってきたのだ。

学校に、テレビの中に、職場に、ツイッターに、あらゆるところに、その雰囲気はつきまとってきた。いつも、つきまとってきた。一瞬一瞬の「ささいなこと」が、「大人の女なら軽く受け流すべき」、「しょうがない」「それくらい我慢して当然」なことが、一粒一粒集まって、重たい黒い雲になって、わたしの呼吸をさまたげてくるのだった。

「女子のくせに、ミニ四駆をやるなんて、そんなに男子に媚びたいの?」
「Japanese women never say “no”」
「こってり激辛、男のラーメン! でもこちらのメニューなら女性やお子様にもオススメ☆」
「You say you’re a lesbian. But you look so straight ! So who’s gonna fuck you ? Me !」
「日本の女はチョロい!? 外国人YouTuberがナンパ動画で炎上!」
「へぇ〜、レズなの? レズはなんかキレイだから許せるんだよね〜」
「男と二人で食事する時点で、それはもうOKのサインでしょ」
「お前みたいなブスには痴漢も寄り付かないから大丈夫だよw」
「asian bitch」
「yellowcab」
「パンパン」
「米軍基地に就職? どうせアメリカ人の男を狙ってるんだろ」
「日本人の女なら日本人の子供を産め!」

……

重たい雲を振り払った。

あれはナンパじゃない。
彼はわたしと友達になりたいんだ。
わたしたちは、友達になれるんだ。

その、意地っ張りな悲痛さは、「ドクター・マンはゲイだよ」という言葉になってわたしの口をついて出た。出しちゃった後で、悲しくなった。わたしは無意識に、「ゲイでない男とは友達になれない」とでも思っているのだろうか? かつてアメリカで、異常者とか犯罪者とか言われてきた人たちの、自分は異常者でも犯罪者でもないんだ、自分はGAYなんだという、あの英語の宣言にすがりつかなければ、わたしは立てないのだろうか? 露出の多い服装を避け、夜道は一人で歩かず、男性と二人きりで飲んだりすることは避けましょうねという、弱者の自衛のお城の中で、「なんでもセクハラかよ」とか「どうせハニトラだろ」とかいう声を窓の外に遠く聞きながら、おとなしく弱いふりをして幽閉生活を送り続けなければならないのだろうか?

「おはよう」

明くる朝、わたしはドクター・マンにLINEした。日本語でLINEした。

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ハッピーエンドに殺されない

牧村朝子

性のことは、人生のこと。フランスでの国際同性結婚や、アメリカでのLGBTsコミュニティ取材などを経て、愛と性のことについて書き続ける文筆家の牧村朝子さんが、cakes読者のみなさんからの投稿に答えます。2014年から、200件を超える...もっと読む

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marekingu #スマートニュース 約1年前 replyretweetfavorite

KingofSUKI https://t.co/9RDUK88yKx 約1年前 replyretweetfavorite

syaga9_tk 読んでほしい友達がいたので送る 約1年前 replyretweetfavorite

kaoritokuyama 人と人の間にはSEXという高い高い壁がそびえる。 でも、SEXという壁を取り除いても、人と人… https://t.co/3bTKWz0YiF 約1年前 replyretweetfavorite