女子大生の「真実」

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたい」
世界一売りづらい「殺し」を売るための会社作りに奮闘する女子大生、桐生七海の会社が警備を担当するリサイタルにおいて殺人事件が起こる。七海の最大のピンチにおいて、「最強のマーケティング技巧」を持つ西城は「今がチャンス」と言い切り、次の一手を伝授する。そして物語は次の展開へ――。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第33回。

「七海、それだけはやめてくれ」

今にも泣きそうな顔をして、西城は首を横に振った。

「え……」

まだ、七海は何も言っていなかった。

けれども、西城はまるで七海の心が読めるかのように言う。

「岩井翔太と同じスキームでは、たとえば、僕が助かったとしても、七海が助からない」

ああ、と七海は全身から力の抜ける思いをした。

「知ってたんですね」

吐く息に任せて言葉を乗せる。

「僕を、誰だと思ってるんだ?」

そう言って、西城は笑ってみせる。そうだった。西城潤は本屋で、西城の本屋では「情報」を売るのを生業としていたのだ。

「いつからですか?」

「驚くと思うよ」

西城は少年のように見開いた目を輝かせる。

「まさか、最初から?」

西城は口元に笑みを浮かべたままに、こくりと頷く。

七海は大きく嘆息する。

「正確に言うと、会う前からかな」

「会う前って……」

そう、と西城は引き継いで言う。

「僕に会うために税込みで一二〇万円払った女子大生がいると、情報屋の高野弁護士から情報を得たときに、すでに七海のことを全部調べていたのさ。七海の交友関係全般と、特に目白台に席がある七海のお父さんのことをね」

「でも、父のことを調べたって、わかりませんよね?」

七海の父がジョー・キリューだということは、広く知られている。ただし、そのジョー・キリューが「目白台」で裏の仕事をしていることは、もちろん、知られていない。

「たしかに、七海のお父さんのことを調べただけじゃわからなかった。でも、手がかりにはなった。今は表向き防衛省の高級官僚で、防衛大学校で教壇にも立つお父さんはジョー・キリューと呼ばれる伝説のスナイパーだった。オリンピックのライフル射撃で三大会連続の金メダリストだったんだね。今でも、カウンター・スナイプの世界的な第一人者だってことがわかった。つまり、守備的狙撃のプロだ」

西城の言うとおりだった。

カウンター・スナイプとは一般では、馴染みのない言葉だが、たとえば戦地において狙撃(スナイプ)された際に、逆に狙撃手を狙撃して仕留めることを言う。ボクシングで相手が繰り出したパンチをくぐり抜け、こちらが逆にパンチを入れることを「カウンター」と言うが、それの狙撃版と考えていい。

特に、カウンター・スナイプの狙撃兵は、指揮官の付近に配置されたり、腕のいいスナイパーが敵の中に現れた場合、それを潰すために配置される。狙撃されてから、狙撃点を正確に割り出し、あるいは狙撃される前にある程度狙撃点を推測し、相手の狙撃を確かめてから間髪を容れずに、その狙撃点を逆に狙撃するという、非常に高度な技術を要求される射撃方法だ。

銀縁のメガネをかけ、穏やかそうな表情をし、仕立ての良いスーツを行儀よく着こなしている桐生譲の見た目は銀行員そのものであり、決してそうは見えないが、西城が言うとおり、間違いなく、桐生譲はカウンター・スナイプの国際的な第一人者で、世界の士官学校から講義の依頼も来る。日本より、むしろ世界で有名だったという。

「その世界的な狙撃のプロを、政府が放っておくはずがない。特に目白台界隈はね。そして、七海のお父さんに、ある一人の人物の情報をかけ合わせると、面白い仮定が僕の中に浮かび上がってきたんだ」

西城は弾むように七海を指して続ける。

「天才心臓外科医藤野楓」

そう西城が言った瞬間に、七海はすべてを観念した。やはり、西城はすべてを知っていたのだと。

「七海の交友関係を調べていくうちに、藤野楓という名前が出てきた。その当時、七海はレイニー・アンブレラを起業する前でメディアに取り上げられる前だったから、著名人と関係があるのは不思議だった。最初は、誰か親族か友人が、重い心臓病を患って藤野楓の執刀を受けたのかと思ったが、そういった形跡は出てこなかった。でもね、藤野楓のことを調べていくうちに、彼女がある女性だけが集まる地下組織の会合に出席していることを摑んだんだ。その会合の通称はブルーバード。その実態は、AV出演被害者の社会復帰のための組織だった」

「私は—」

七海が反射的に言うのを、西城は笑顔で制する。

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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