村上春樹の読み方・特別編『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』中編

本連載の特別編、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文藝春秋)評中編は、いよいよ物語内部に切り込みます。物語散りばめられた悪魔の影、そして村上春樹小説を語る上で欠かすことのできない「パラレルワールド」の存在。本書の描かれたものから、村上春樹という作家の本質まで見えてくる書評です。

もう一つの色彩の解読

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

 前回見てきたように、作品外部からの解読知識はきりがないが、もう一点だけ指摘しておきたい。村上春樹の父親は教員退職後、僧侶もかねていていたことから村上も仏教に馴染み深く、つくるの恋人・沙羅に隠されている色彩は仏教からも解読できる。なぜ「沙羅」なのか。沙羅とは仏教でいう沙羅双樹である。『1Q84』に組み込まれた平家物語の冒頭「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす」にも沙羅の花の色があるが、重要なのは直接的な花の色ではなく、仏陀が入滅(死去)したときに沙羅が枯れ、その死樹が鶴の群れのように白くなったことだ。「鶴林」の故事である。これは作品の最後の白樺の光景に暗示されているようだ。

 彼は心を静め、目を閉じ眠りについた。意識の最後尾の明かりが、遠ざかっていく最終特急列車のように、徐々にスピードを増しながら小さくなり、夜の奥に吸い込まれて消えた。あとには白樺の木立を抜ける風の音だけが残った。


 物語上、「白樺」はクロと再会したときのフィンランドの光景に照合しているが、作品の終わりで死のような眠りと白樺の木立が提示されている理由には、仏陀の入滅と鶴林が影響しているだろう。つくるが死に、沙羅が鶴林のシロに変じたという意味なのだろうか。この謎は後で触れたい。

 この作品の謎には各種の解読知識を誘う罠が仕組まれている。しかし作品外部の知識による解釈は、どれほど整合的に見えても恣意的であり確実性は弱い。ならば外部知識は一切無視すべきなのだろうか。大筋ではそうだと言える。だが、やっかいなのは、およそこの作品の謎を解くということは、なんらかの解釈の仕組みの選択が強いられることだ。そのため、この作品を読むということは、まず内部に配備された情報を再整理して解釈知識をまとめ、そこから謎を解くことになる。その作業を進めてみよう。

物語に散りばめられた悪魔の影

 作品内部の情報関連から解ける端的な例は、緑川がピアノ上に置いた壺の意味である。これをつくるは6本目の指だと想像している。「緑川の壺は六本目の指である」というのが内部情報による解釈の一例になる。またその指を緑川が「お守りだよ」「俺の分身と言っていいかもしれない」と述べていることから、指は「お守り」であり「分身」である。「護符」ともされている。

彼は何らかの理由があって、成人したあとにそれを手術で切除し、瓶に入れて持ち歩いていたのだ。そして演奏をする前に必ずピアノの上にそれを置いた。護符のように。


 「護符」や「お守り」というのは、「何かから守るもの」である。何から守るのだろうか? 悪魔や悪霊など、悪なる存在である。ゆえに次に悪なる存在が注目される。

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