ゴッドファーザー式の『断れない条件』

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたい」
世界一売りづらい「殺し」を売るための会社作りに奮闘する女子大生、桐生七海の会社が警備を担当するリサイタルにおいて殺人事件が起こる。七海の最大のピンチにおいて、「最強のマーケティング技巧」を持つ西城は「今がチャンス」と言い切り、次の一手を伝授する。そして物語は次の展開へ――。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第32回。

「すべては、大我総輔が仕組んだことだった」

改めて西城は言った。

「まずは、自分の生まれ故郷の村に代々秘密裏に受け継がれてきた、不老長寿の薬に目をつける」

「虫歯の特効薬『ククリコクリコクの粉』ですね」

そう、と西城は七海の言葉に頷く。

「そして、それを東京の出版社に持ち込んで、大々的な特集記事を組ませるように仕向けつつ、一方で、時の『目白台』にも接触を図った」

「時の『目白台』? どういうことですか?」

「『目白台』は、明治以降、時の元老たちによって受け継がれてきた場所で、隠然たる力を持った組織だ。その当時の『目白台』の総帥は、戦中に短い間首相を務めた老人で、この人物に対して、若き日の大我総輔はこう詰め寄ったんだよ。『ククリコクリコクの粉の存在が知られたら、虫歯経済が崩壊し、一気に不況になる。そうならないための方法を自分は用意してある』と」

「一人を殺さなければもっと多くの人が死ぬ、この戦争は永久平和のための最後の戦争だからと、殺し屋が自らを正当化する論法、すなわち、『殺し屋のマーケティング』ですね」

まさに、と西城は続ける。

「言い換えれば、政治家とは、一人を殺して一〇人を救うという『殺し屋のマーケティング』を担うのが仕事なんでね、大我総輔の申し出は、彼らがいつもしてきたことだった。大我総輔の怖いところは、なぜか政治家のその特性をよく知り抜いていて、政治家の弱点とも言えるその部分を突いたということだろうね」

「そのとき、大我総輔が提案した内容というのが、『ククリコクリコクの粉』を産み出せる唯一の村をダムの底に沈めるということだったんですね」

さすがは七海、と西城は嬉しそうに言う。

「そうなんだよ。大我総輔は、躊躇することなく、自分の生まれ故郷の村を沈めるようにと時の絶対権力者に提案したんだ。それが、唯一、日本が救われる道だと。つまり、政治家にとっての『断れない条件』を、大我は提示したことになる」

「断れない条件?」

「これは、本来、マフィアのやり方なんだよね。映画『ゴッドファーザー』において、最強マフィアのボスであるゴッドファーザーは、いつもこう言うんだよ。大丈夫、断れない条件を出すからって。それで、断れない条件を出して、断ってきた場合は……バン!」

と、西城は突如として大声を出して七海を撃つ真似をする。

七海は、驚いて、後ろのこんもり盛り上がった畑の土の上に、尻もちをつく。それを見て、西城と信くんは文字通り手を叩いて、嬉しそうに笑う。

「僕は映画『ゴッドファーザー』シリーズは、ビジネスの教科書として幾度となく観ているんだけど、その中でも『断れない条件』は、ビジネスにおいて核となるものだと思っている。ビジネスとは、至極簡単で、取引先にとって、そして顧客にとって、断れない条件を提示すれば成立してしまうものなんだ」

「どういうことですか?」

簡単さ、と西城は人差し指を真っ青な空に向けてぴんと立てる。

「顧客に対しては『買わない理由がないくらいのメリット』を与え、取引先に対しては『取引しない理由がないくらいのインセンティブ』を与えればいい」

「なるほど、それがゴッドファーザー式の『断れない条件』なんですね!」

そう、と西城は頷く。

「そして、大我総輔が絶対権力者に対して、『断れない条件』を提示できたのは、彼が一流のビジネスマンだからだよ」

「大我総輔がビジネスマン?」

「彼は群馬で有数の建設業者に成長した、大我建設の社長だったんだよ、元々。先代に認められて、名門大我家の家督を若くして相続し、戦後の高度経済成長期の大波に乗って、一躍全国でも屈指の建設業者へと飛躍した。その飛躍のきっかけとなったのが、屋島ダムの受注だった」

待ってください、と七海はこれまでの話を整理する。嫌な予感がした。

「もしかして、自分の故郷の村を沈めたのは、自分が経営していた建設業者だったということですか?」

「そのとおり。大我総輔は、大我建設とその関連企業で、総工費二六二九億円にも及ぶ屋島ダムの工事を請け負った。入札は形ばかりで、用意周到な談合による実質的な随意契約だった。談合を成立させるために、他のいわゆる大手ゼネコンや地場の建設業者にも大我総輔の懐から莫大な資金が流れた。と言っても、その資金を裏で工面していたのは、時の『目白台』が支配する日本政府だったけれどもね」

「たしかに、『ククリコクリコクの粉』の秘密が漏れるリスクを考えると、政府としても、事情を知っている大我建設一社に実質的にやらせたいと思いますもんね。まさに、『断れない条件』だったんですね」

しかもだ、と西城は言う。

「大我総輔は、この段階から政治家になろうと思っていた。いや、本人に言わせると最初から総理大臣を狙っていたらしい」

「二六二九億円のたとえ一〇%が利益だったとしても、その金額は二六二億円にも及びますよね。これだけでも、政界進出は十分じゃないですか?」

それだけじゃない、と西城は立てた人差し指を横に振る。

「彼が総理大臣になれたポイントは、談合だったんだよ」

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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432_Tax 凄すぎてぐうの音も出ない施策。 小説「殺し屋のマーケティング」で言及されていたゴッドファーザーの「断れない条件」そのものだ。 https://t.co/NUsM9ll27v https://t.co/AhUCRoX9fp 約1年前 replyretweetfavorite