田園の哲人

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたい」
世界一売りづらい「殺し」を売るための会社作りに奮闘する女子大生、桐生七海の会社が警備を担当するリサイタルにおいて殺人事件が起こる。七海の最大のピンチにおいて、「最強のマーケティング技巧」を持つ西城は「今がチャンス」と言い切り、次の一手を伝授する。そして物語は次の展開へ――。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第31回。

「遅かったじゃないか」

西城はこちらに笑顔を向ける。ということは、西城は七海がここに来ることを見越していたことになる。遅かった、というのは、今日が西城と連絡が取れなくなって、一六日目で、二週間を二日過ぎていたからだろう。

「何してるんですか? どうしてここにいるんですか?」

聞きたいことは、山のようにあった。けれども、何から聞いていいのかわからなかった。それより何より、久々に走ったので、息が切れていた。

その様子を見て、西城は笑顔になる。

「ちょうどいい、たばこにしよう。信くん、たばこにしよう」

西城はもう一人の麦わら帽子の男に言った。

信くんと呼ばれた割に、その男は、そんなに若くはなかった。西城とよく背格好が似ていて、後ろ姿からすれば、どちらがどちらかわからなくなるほどだった。もしかして、西城と同年代か、下手をすると西城よりも上か、四〇代という可能性もあったが、農作業で真っ黒になった

顔に浮かべた笑みが、少年のように素直だった。

「たばこ、たばこ」

話し方も少年そのものだった。七海は、そういうことか、とすぐに理解する。ただし、なぜ西城が信くんと呼ばれるこの純朴な男性と一緒にいるのか、想像もできなかった。

七海の疑問を察したのか、西城は草むらにレジャーシートを敷きながら七海に言う。

「信くんはね、僕の師匠なんだよ。ねえ、信くん」

信くんは、嬉しそうに頷く。

「耕運機って、ほら、あれを引っ張ってエンジンをかけるんだけど、なかなか難しくてね」

西城はオレンジ色の耕運機の横についている、黒い取っ手のようなものを指して言う。七海も何かで見たことがあった。黒い取っ手には、紐がついていて、勢いよく引くことによって、エンジンが回転して、そのままエンジンがかかる仕組みだった。どうやら、それにはコツがいるらしい。

「でも、信くんは一発でできるんだよ。やってみて、信くん」

信くんは頷くと、軍手をはめて、黒い取っ手を摑み、勢いよく自分の背中方向に一気に腕を引き、一発でエンジンをかけて見せる。ぶおん、ぶおんと軽快にエンジン音が田園に響く。ピンクの半袖のポロシャツから出た腕は、筋肉で隆々と盛り上がっていた。

「かっこいい」

自然と言葉がこぼれ出た。一連の動きと、耕運機のエンジンの音と、それを奏でた信くんの右腕が、七海の目にはしなやかに美しく映った。

「信くん、かっこいいってぞ!」

西城が麦わら帽子の上から頭を撫でようとすると、信くんは照れくさいのか、喚わめくように、それから逃れようとした。けれども、顔がことのほか嬉しそうだった。

さらに、西城は続けた。

「信くんはね、『田園の哲人』と呼ばれているんだよ」

「田園の鉄人?」

七海は、うまく漢字に変換できなかった。

哲学の哲人ね、と西城は、近くの地面に石で書いて見せる。

「信くん、空はどうだろう?」

西城は、眩しそうに青い空を見上げて言った。

「広いね」

信くんは同じように空を見上げながら、何か、感慨深そうな顔をして言った。

「じゃあ、信くん、世界はどうだろう?」

今度は西城は空に向かって大きく両手を広げて言った。

「おもったよりも、小さいね」

信くんは言った。

ほらね、と西城は笑う。

「深いですね」

七海もつられて笑った。

「この前、遊びに来た、何ていったかな、世界的なアーティストなんだけど……」

そう言うと、信くんはポケットからスマートフォンを出して、嬉しそうに写真を見せてくれ た。

「これって、本物ですか⁉」

そこには、本当に世界的な女性アーティストが写っていた。しかも、麦わら帽子の信くんとのツーショットで、背景は、間違いなく、この畑だった。背後の老いた柳の木が印象的に写っていた。

「本物だよ、本物。彼女なんか、信くんととても仲良くなってね、それで信くんとやり取りしているうちに、信くんの才能を見抜き、『田園の哲人』って言ったんだよ」

話に乗ってもよかったが、このままではいつまで経っても埒が明かない。西城は核心から逃げる癖がある。核心とは、往々にして、面倒だからだ。

七海はあえて、至極冷ややかな口調と目線で言った。

「で、先生、ここで何してるんですか?」

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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