消えた本屋

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたい」
世界一売りづらい「殺し」を売るための会社作りに奮闘する女子大生、桐生七海の会社が警備を担当するリサイタルにおいて殺人事件が起こる。七海の最大のピンチにおいて、「最強のマーケティング技巧」を持つ西城は「今がチャンス」と言い切り、次の一手を伝授する。そして物語は次の展開へ――。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第30回。

西城潤の行方が知れないのは、いつものことだが、最近では連絡も取れなくなっていた。忙しいから、と桐生七海との最後の電話では笑っていたが、雰囲気からして、どうも忙しいだけが理由ではなさそうだった。

ついには、二週間、連絡が完全に途絶えた。

七海は唐突に、西城の言葉を思い出す。

—クライアントと少々トラブルを抱えていてね、姿を消さなくちゃならなくなった。

そのとき西城は、二週間以上連絡がつかなくなったらここに行けと黒い封筒を七海に手渡したのだった。ついに、それを開けるときが来た。

七海は嫌な予感がした。

あのときは本人には言わなかったが、二週間以上連絡がつかなくなったらここに行け、とは、二週間以上連絡が途絶えたら生きている可能性がほとんどないから、万が一のためにある場所に、ある「こと」を用意している、ととれなくもない。

一度、脳内で仮定を走らせてしまうと、もうそれ以外に考えられなくなった。

その「こと」が物なのか、あるいは人なのか、まるで想像もつかなかった。もしかして、トラブルの原因の手がかりがそこに存在するのかもしれない。

ともかく、七海はその黒い封筒を開けてみた。

書かれていたのは、住所や郵便番号などではなかった。電話番号でも、メールアドレスでもない。一行のURLが、黒い厚手の紙に白い文字で書かれていた。

https://www.google.co.jp/maps/@38.7781725……

「グーグルマップ?」

アドレスの頭のほうを見て、七海は思い当たる。スマートフォンを立ち上げ、このURLを一文字ずつ打ち込む。

最初に出てきたところは、まったく思いがけない場所だった。間違えたかと思い、もう一度、声に出して確認しながら打ち込む。

けれども、間違いではなかった。

地図上では、その周りには、ほとんど何もなかった。グーグルマップで航空写真に切り替えて見ても、周りは畑と田んぼらしかった。畑に囲まれるようにして、小屋が一つ、あるようだった。

本当に、何かあるのだろうかと疑いつつ、七海はこの場所に向かうことにした。

行き先は、宮城県栗原市である。

もちろん、七海はここを訪れたことがない。

それから四時間後、桐生七海は、田園にぽつんと建てられた新幹線の駅前にいた。

「本当に、ここでいいんだよね……」

たとえ、独り言を全開で言ったとしても、おかしい目で見られることは決してないだろう。なぜなら、人がいないからだ。

モニュメントのように建てられた大きな水車は、回っていなかった。

しかも、くりこま高原駅と、駅名に「高原」という名前が入っているので、どんな高原かと思って降り立ったが、高原どころか、紛う方なき平野だった。田園のど真ん中だった。遠くに、奥羽山脈が見えるが、「高原」らしいところは、見渡しても少しも見当たらなかった。

タクシー乗り場にもタクシーはおらず、電話をかけて到着するまで、一五分かかった。

スマホを見せながら行き先を告げると、見るからにご老体のタクシーの運転手は、なぜか曖昧な返事をして、猛スピードで車を走らせた。行き先を正しく理解しているかどうかも疑わしい。

本当に大丈夫だよね、と七海はまた不安になる。

姿を消さなければならないトラブルって、いったい、何なんだろう。そもそも、西城潤という名前も本名かどうか怪しいと、七海は思っている。「潤」と書いて、普通「うるお」とは、読ませないだろう。たしかに「潤い」の「潤」だが、普通は男子の名前なら「じゅん」と読ませるはずだ。

本人も、こう言っている。

「本名? そんなもん、あぶなっかしくてとうの昔に捨てたさ」

ということは、きっと、西城潤は本名ではない。

急にブレーキを踏むので、七海は前のめりになった。子どもか動物が道路に飛び出してきたのかと思って、フロントガラスから外を見ると、その先はもはや道路ではなかった。広大と言ってもいい、畑が広がっていた。

「なんだべ、やっぱり、こごがよ」

運転手がそうつぶやくように言って、舌打ちするのが聞こえた。

「え?」

「着きました」

聞き返す七海に、にべもなくそのご老体タクシー運転手は言った。

「そんな……」

本当に何もない場所だった。航空写真で上から見て小屋だと思っていたのは、横から見ると鉄骨を組んで屋根をかけただけの、おそらく農具の物置きだった。

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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