町おこしコンサルタントの窮地

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたい」
世界一売りづらい「殺し」を売るための会社作りに奮闘する女子大生、桐生七海の会社が警備を担当するリサイタルにおいて殺人事件が起こる。七海の最大のピンチにおいて、「最強のマーケティング技巧」を持つ西城は「今がチャンス」と言い切り、次の一手を伝授する。そして物語は次の展開へ――。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第28回。


町おこしコンサルタント岩井翔太を乗せた救急車は、サイレンを止めると、一方通行の細い路地を何度か曲がり、人気のない、寂れた工場地帯へと出た。

その中の廃工場の中へとひっそりと姿を消した。

救急車の後部は、まるで野戦病院だった。

狭い空間の中、医療用のマスクをした一人の女性医師が、看護師たち医療スタッフをよく統括していた。

「バイタルは?」

「問題ありません!」

「よし、出血止まった。縫合して様子を見て」

「オペ、後日にしますか?」

「いや、このまま一気に行きましょう。露見するリスクを最小限に抑える。二時間後にオペ強行! それまで様子を見て、みんなも休んで。今回もいい仕事だった」

統括していた女性医師は、医療用のキャップとマスクを外し、一息つき、妖艶な笑顔を浮べる。心臓外科医、藤野楓であった。

「藤野先生」

その笑顔を受け、頷くのは桐生七海だった。

「本当に注文通りにやってくれて助かったわ。肺も傷ついていないし、その他にも大きな損傷はない。見た目は重傷だけどね。まさかとは思うんだけど、世界一のスナイパーは動脈の位置までわかるのかしら?」

言いつつ、藤野は躊躇なく手術着を脱ぎ捨てて、下着姿になる。豊満な白い胸が溢れ出るようで、女性の七海としても戸惑ってしまう。

「そこまではどうかわかりませんが、二〇〇〇メートル先のターゲットの両目を射貫くと言われていますから、彼にとっては当たり前のことでしょう。藤野先生が、誰もできない仕事をするのと同じですよ」

タンクトップを着ながら、藤野は一瞬、寂しそうな顔をする。

「詩織の願望を叶えたスナイパーだもんね」

笑おうとするが、うまく笑顔になれない。

七海は、藤野が豊島公会堂で死んだ山村詩織と、とても深い関係にあったことを思い出す。

「藤野先生、それなのに、今回も受けてくれてありがとうございます」

七海は、深く頭を下げる。

よしてよ、と藤野は両方の眉を上げるようにして今度こそ笑う。

「私たち、パートナーよね? もう、あなただけのことじゃない」

「はい」

七海は笑顔で頷く。岩井翔太は、深く眠っていた。麻酔をかけられているために、意識は戻っていないが、医療用の機器が規則正しく鳴り、バイタルが正常なことを教えてくれていた。

東京は、煙るほどの雨だった。

目白台の高台の屋敷から見える光景は、強大な自然が強引にこの巨大な街を洗い直しているかのようだった。

桐生譲は、楕円の一枚板のテーブルの、末席付近、いつもの席に座り、背筋を伸ばし、腿に手を置き、黙って東京が洗われる様子を見つめていた。

一方の首相特別補佐官児玉宗元は、窓の前に立ち、腰の後ろで両手を組み、じっと外を眺めていた。時折、腕時計を気にするたびに、メガネのレンズが外の光に反射して青白く光った。

桐生譲は、ごくりと唾を吞み込む。その音が、部屋に響くのではないかと懸念を覚えるほどに、部屋は静かだった。防音性に優れた強化ガラスを全面に張り巡らせていたので、これほどの豪雨だというのに、雨音も一切聞こえなかった。

この仕事に就いて、決して短くはないが、この瞬間だけは慣れることはない。

「イーグル、到着しました」

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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