哲学と冒険

僕はホテル王なのかもしれない

行動、思考、遭遇、あらゆる僕自身にまつわる、その日常のこと、毎日接する物事、それがすべて僕の思想であり、それが僕の哲学であり、それは言語よりも前にある。先にある。先にあるものを僕は毎日生きている。息を吸いながら、それらを見ている。食べている。食べながら、何かをつくろうとしているわけではない。それによって何かをつくりたいわけではない。僕はただそうやって生きたいだけだ。僕は毎日、原稿を書き、絵を描き、歌をうたい、人々と出会い、本をつまみ食いし、画集をつまみぐいする。だいたい毎朝8時更新。お休みすることもあり。


2018年4月25日

 ヒルトンハノイで目が覚めた。サンが横ですやすや眠っている。枕元に手紙が置いてある。ベッドメイキングの人かもしれないと思って、手に取ると「Kyohei, welcome back! We were waiting for me! by Free」と書いてあった。なんのことやら。しかし、次の瞬間、思い出した。僕は2005年から2年ほどヒルトン東京で働いていたのだ。毎日、僕は朝食を食べるマーブルラウンジというラウンジでボーイとして働いていた。仕事自体は自分にとって天職と思えるほど合ってはいたが、それでも僕は自分のことを夏目漱石やらマークトウェインやらと並べて文豪の一人だと本気で思っていたので、正直、ホテルのボーイをやっている自分に納得がいってなかった。しかし、結婚もしたし、子どももお腹の中にいたりと、状況は変わり、僕は貯金ゼロの無職ボーイだったので、すでに2004年に『0円ハウス』という写真集は出していたが、印税で食っていけるわけもなく、どうにか細々と暮らしていた。だからバイトせざるをえなかったのである。しかし、仕事は合っていた。とにかくホテルのボーイに求められているのはサービスなのである。生きること自体がサービスであると確信している僕にとってはただの天職、僕はほとんどのゲストの誕生日を、幼少期からの特技である完璧な記憶技術によって、覚えていたので、一人で勝手に誰からも依頼されていないのに、サプライズでバースデーを祝ってあげたりした。お得意のギターももちろん裏のロッカーに隠し持っていたので、僕は誕生日のゲストを見つけると、普通にオーダーをとるふりをして、厨房へ行き、もともとは築地で働いていたので、どの果物が一番高価でうまいか熟知しているので、それでクラウンメロンをカットしてくれとオーダーを入れた。ホテルってのはメニューにないものをVIPの人には出すので、クラウンメロンを一丁! といっても、誰も不思議がらないのだ。こういう感覚が僕は大好きだ。僕はいつかホテルをやりたい。ホテル王になりたい、いや、もうすでに僕はホテル王なのかもしれない。今はただ修行中の身ではなく、ホテル王なのだと僕は一人で勝手に確信していた。なんの迷いもなかった。

 仕事では、全然稼げなかったが、ここヒルトンでは勝手が違った。僕は自分の好きにできていた、好きに生きれていた。給料は少なかったが、それでも手取りで25万円もらっていたし、そうだ、僕はまったく食えないことはなかった。余裕で生きていた。金はなかったが、リキッドルームにはなぜかいつもタダで入れていた。もちろんその分、僕は踊る。そういえば、僕はビョークのバックで音をつくっていたマトモスがやったときは、マトモスたちが隠れて音を出していたので、DJブースにたちがあって一人で踊っていた。そこでリキッドルームは僕に照明を当ててくれた。僕は自分が音楽なんだと思っていた。だから、それは当然のことで、音が鳴れば、僕は踊り、体をぶるぶると震わせて、それが当然なのだ。それで人々は楽しく踊ってくれた。僕は勝手に一人でサクラの踊り子だと思っていた。それでデヴィッド・バーンにも裏に呼び出され、あれはパリのバタクランで踊ったときだ。でも、のちにあのライブハウスはそういえばテロに遭ったはずだ。僕が動くと、なぜか天変地異、テロを呼び起こしてしまう。それも僕の勘違いだが、ここで書くには問題ない。これは事実なのであり、僕は呼び込んでしまう。僕は扉を開けてしまうし、人々の感覚が、快感のまま、そのままストップして、そのままキープして、僕はその人々の体の中にまで入り込み、そこで風となって、ぐるぐると巻き込む、巻き込まれた僕は内臓やら血液やら骨となってかちゃかちゃと鳴らす、その音が今、あなたの耳に聞こえたのなら、それはきっと音楽だ。それが音楽だ。僕はその音楽のことだけいつも考えている。今も。ヒルトンハノイにいる僕は、サンの寝顔を見ながら至福を感じている。

 しかし、僕はホテルのボーイだったのだ。バースデーソングはいつもスティーヴィ・ワンダーのやつだった。それをギターで弾くわけだ。しかも、マーブルラウンジはよくペルーフェスティバルやカンボジアフェスティバルみたいなものをやっていて、ラウンジの横につくったステージで定期的にライブ演奏をやっていたのだが、つまり、ステージがあるわけだ。僕はいつも勘違いしてしまう。ステージで、やることになっている人はステージでやるべきではなく、ステージをおりてやるべきで、ステージでやる予定のない人間、つまり、なんてことのない、しかし内に何か秘めた人間、そういう者こそ、踊り歌うべきである。それが驚きってものだし、自由な状態、生きているその瞬間をそのまま味わっている人間たちがいるという、それは地面の喜び、地面が驚くということを無視するな、地面が喜ぶ、それがすべてのもとだ。大地という言葉は好きじゃない。地面が好きだ。面が好きだ。それで僕はボーイにもかかわらず、いや、ここでいうところのボーイだからこそ、僕はステージにあがった。ペルーフェスティバルのためにやってきた、演奏家たち、ケーナなどを手に持ったペルー人たちは驚きはしなかった。なぜなら音楽は家族だからだ。音楽こそが、みなの間で、空間として、家として、肉体をもった家族として触れる、その触れた触感それ自体が彼らに伝わったのだろう、彼らもまた出てきて、主役であるはずの彼らは、僕のバックに入った。ギターを持って、スティーヴィー・ワンダーを歌っている僕、勝手に日本語をつけて歌っている僕のうしろで、ペルー楽器がかき鳴り、まるでジプシーキングスがバックで演奏している感じ、僕は「キーはEフラットで!」とマイケル・J・フォックスばりの雄叫びを、ディランも入っていたかもしれない「プレイイットファッキンラウド!」転がる石のように僕はいつまでもこの時間を忘れない。それが10年前の出来事だろうと、今もベッドの上で僕はギターをかき鳴らしている。それでマネージャーが怒ったんだ。そりゃ怒る。それも当然だ。すべてが当然。ボーイであるバイトである非正規社員である僕はギターを持っている。それも当然。人が誕生日なんだ。祝うしかない。すべてを忘れて踊るしかない。ペルー人たちはライブの後に言ってくれた。
「ああ、久しぶりに思い切り歌ったよ、思い切り踊ったよ。いつもペルー人のふりをしてなくちゃいけない。それが仕事だ。でも今日は違った。おれはペルー人じゃない。アステカネイティヴの末裔だ。おれらはシャーマンだ。シャーマンであるところのおれらが今日をもって断言する。お前はドリームダンサーだドリームシンガーだ。それはおれらの世界では『無数の太陽』って名前で呼ばれている。今日からお前の名前は『無数の太陽』だ!」

「おい無数の太陽!」
 マネジャーの声だ。しかし、おれは止められない。止められるはずはない。なぜなら、目の前で誕生日を祝ってもらっているその人こそ、今それなりに渦中の人であるらしいあの貴乃花親方だからだ。おれは無数の太陽だった。まさに言葉はすべてを表す。マネージャーがやめろと止めても、止めるわけにはいかない。あの貴乃花親方があの生意気だった幼少期のような童顔のままで目を閉じて、アステカの音楽に浸り、僕の祝詞に耳を傾けているのだ。あのキューバー産のどぶろくと、葉巻をくわえ。このときから僕は勝手にどぶろくをホテルで出していた。それが一番の贅沢だと知っているからだ。簡単なことだ。すべてのものの中で、あらゆる高価なものの中で、一番贅沢なものは0円のものだ。僕の概念はしっかりとこのときから筋通っていたし、それでマネージャーがどれだけ怒ったとしても貴乃花親方は「ありがとう」とほとんど無言のように涙を目に浮かべて、マネージャーの両手を握っていた。マネージャーは親方にそう言われてしまったら、ぐうの音も出ない。なんせ向こうは相撲レスラーだ。ヨコヅナだ。リタイアしてようがかまわない。ヨコヅナは死ぬまでヨコヅナだ。そして、無数の太陽もまた死ぬまで無数の太陽なのだ。
「いい!」
 そう言って、歌い終わった僕をさらに助けてくれたのが、さらなるマーブルラウンジVIPの松田美由紀女史だった。美由紀さんは僕の歌を聴いて感動してくれていた。しかし、両脇にいた龍平と翔太の二人は、まだまだ若いね、彼らは殴り合いの喧嘩をしていた。音楽が鳴っているというのに、なんということだ。僕はすぐにギターを置き、クラウンメロンに差し込んだ50本のろうそくに火をつけ、しかもパチパチいうあの花火ろうそくだ、それをヨコヅナに出し、チップをいただくと(チップは30万円入っていた。これが仕事ってもんだ。ヒルトン東京の決まりではチップは会社のものだったが、僕はもちろん懐にいれたよ)、すぐにギターを持ったまま龍平と翔太のもとへ飛んでいった。それで僕は龍平をぐっとつかんで、僕の友人でボーイのゴミさんが翔太をつかんだ。美由紀さんは喧嘩してようが、まったく気にすることなく、僕のところに近寄ってきて「あんた面白い! 今すぐ松田優作事務所に入りなさい。6000人受けても受からないところよ。どう、入るでしょ?」と言われ、本当に入ることになった。それでそのまま僕はヒルトン東京をやめることになったのだが、帰る時間になって支度をしているとマネージャーから連絡が入った。マーブルラウンジの内線を取った。恐ろしい声のマネージャーだ。
「おい、無数の太陽。好き勝手に働いて荒稼ぎしただろう? それで今度は俳優にでもなるのか、へえ、お前はこの腐った世の中で、そんなに軽々しく生きる気か。すばらしいこった。今すぐこい。支配人が呼んでるぞ」
 しかし、もう僕はこの時点で俳優としての人生を歩み始めていたのだろう。マネージャーから何言われても平気な顔をして、そのまま会議室へ入った。ヒルトンの会議室に入ったのはこのときが初めてだった。入ると、すべてのレストラン、客室担当のマネージャー、フロントのマネージャなど、とにかくあらゆるマネージャーが大集合している。これはあれだマネージャー会議。そして、真ん中にいたのが支配人のFreeっていうベルギー人の女性だった。顔は見たことがあったが、話すのははじめてだった。マネージャーたちがこちらを見ている中、Freeは座ったまま話し出した。
「割ったコップの数238個、遅刻178回、無断欠席36回、チップ持ち出し数知れず……」
 それは僕の罪状だった。さすがの無数の太陽もすこしかげりが見えてきた。こうなると僕はすぐに鬱になる。しかし、頭の中ではまだアステカが鳴っていた。硬い弦をかき鳴らすあの石作りの塔、そのてっぺんにいるのは魔法使いのおばあちゃん、白髪のばあちゃんがこちらに向かっていった。
「バイトとしては失格ね。でも、でもなのよ。あんたたち。マネージャーの顔して、それでやることと言えば、言われたことを真似するだけの奴隷みたいなことしてどうすんの。こいつを見習えよ」
 おばあちゃんはこちらを指差した。何かまた変わったような気がする。
「これからのサービスはまさにこの無数の太陽の仕業みたいなことなのよ。頼まれる前にする。すべてを覚えておく。サービスのために人生すべてを尽くすくらいのバカがいないとホテルはだめなの。だから、今日からこの無数の太陽をすべての部署を管理するゼネラルマネージャーに任命することにしたわ」
 Freeはとんでもない狂った女だった。しかし、とにかく気持ちのいい女だ。僕はすぐにFreeのところへ近づき、思い切り、ハグをして、やわらかいキスをした。
「キスの仕方もピカイチね。そうでなくっちゃ」
 Freeは仕事中であるからなお、キスをするのよ、と見せつけながらマネージャーたちの前で僕とキスを続けた。

 で、今、Freeはヒルトンハノイにいるってこと? 僕はすぐにサンを起こした。
「どうしたの?」
「いや、ベストフレンズがここの支配人やってるかも」
「えっ?」
 というわけで、二人でヒルトンハノイのフロントへ行き、Freeを呼んでくれと言った。Freeはすぐにやってきた。しかも、バックにはあのアステカの音楽家たちまで。
「無数の太陽! よくぞお前生きてたなあ。お前のあの日のライブのおかげでおれたちゃ、今では世界中をこのFree嬢と一緒に回ってるんよ。このサービスオブサービス! ジーニアスサン!」
 なんだかハノイは一気に僕の故郷になった。Freeが笑ってる。
「無数の太陽。お前がやろうとしてることはだいたいわかってるよ」
そしてiPhone Xを僕に見せた。
「ツイッター見てるからね。あたしも新政府の国民だから。あんたがここにきた理由もそれね。とにかく新政府活動がこれから再始動するってことなのね、ガッチャ! あなたの依頼ならなんでも答えるわ。とりあえず、世界中のヒルトンでわたしの名前を出せば、あなたは自由に泊まれることになってるから。日本で動いちゃだめ。まずは外から攻めるのよ。そのために、映画監督がこなかった?」
「きたよ。とんでもないやつが」
「あたしが言っといたんだから。ちゃんと失礼ないように、って注意してたけど、大丈夫だったかしら?」
「うん、しっかり新政府国家予算になりそうなくらいギャラはくれたよ。二日間拘束だけで、しかも、世界中で僕の電話番号を流すための映画とCMまでつくってるらしい。Freeのおかげだったんだね」
 Freeはウインクした。すると、iPhoneが鳴った。

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坂口 恭平
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