哲学と冒険

贋金づくりなんてダサい

行動、思考、遭遇、あらゆる僕自身にまつわる、その日常のこと、毎日接する物事、それがすべて僕の思想であり、それが僕の哲学であり、それは言語よりも前にある。先にある。先にあるものを僕は毎日生きている。息を吸いながら、それらを見ている。食べている。食べながら、何かをつくろうとしているわけではない。それによって何かをつくりたいわけではない。僕はただそうやって生きたいだけだ。僕は毎日、原稿を書き、絵を描き、歌をうたい、人々と出会い、本をつまみ食いし、画集をつまみぐいする。だいたい毎朝8時更新。お休みすることもあり。


2018年4月23日

 一仕事終わったってのに、なんだか終わった気がしない。むしろ、あれはただの何かのはじまりで、今から何かが起こるのかもしれない。映画の撮影だって、やりながら、僕はこの一生で起こるか起こらないか、わからないような大事な舞台に立ったまま、はっきり言って、これからだとばかり思っていた。何か到達したわけじゃない。むしろ、なんかすべてが楽で、リラックスできていて、僕はこれからもっとどんどん面白いことをやっていきたい、それができる、今までは勘違い野郎だったが、勘違い野郎だったのは僕ではなく、そのまわりの環境であり、ちゃんと周波数が合うところにいけば、思うままに、口にした途端にすべてが具現化されるような状態がちゃんとやってくると確信していた。というか、それでいるから、僕が乗っている手作りの木製の自転車だって、あの監督はぶっとんで見てくれて、それをそのまま使ったわけだ。僕が撮影されるとき、僕には大道具も舞台美術もなにもいらない。僕がただ生活しているままに、そのままを撮りたくなってた。映画はどうやったって、どうせつくりものだ。そんなもの何も興味がない。そんなつくりものをみて、興奮するほどバカじゃない。僕はただなまものでいた。生き物が見たい。けものでありたい。そのままでいたい。生きているこの現実がどれだけ夢の中か、夢の中に現実をぶちこんでみたい。人が夢だと妄想するその世界にちゃんと現実をジョイントさせてみたい。すぐになんでも夢にしやがる。それが人の特性だ。人の癖だ。なんだなんだその癖は。夢なんかない。思ったら思った通りにやればいいのだ。今、何を思ってる? 今何がしたい? それを自分に聞いてみればいい。

 朝起きた。僕は今、何がしたい? って聞いた。僕は喫茶店で甘いコーヒーが飲みたい。いや、正確に言えば、チャイか? いや正確に言えば、レモングラスの入った、不思議なお茶だった。僕はヨーガンレールのシナモンティーを淹れながら、それを水筒にいれた。それで横にいるサンに声をかけた。サンはかわいい服を着てる。サンのパジャマが僕は大好きだ。セクシーだ。サンは寝ぼけた顔だが、僕が言っている言葉もわかってないだろうに、まったく気にすることなく、レジャーシートを手にとった。それで二人でつっかけ履いて、そのまま家の裏に行った。この先に、不思議な交差点がある。といってもそれは猫の道みたいなもので、塀の上で交差する新しい道だ。誰も知らない道。その道は塀の上でありながら、両脇には長屋が並んでいて、こういう長屋がまだ松原あたりにはあるのである。この道はオールドドッグと呼ばれていて、塀の上なのに、ここは商店街みたいになっている。両脇の長屋の窓にはいくつもネオンサインが飾ってあったり、看板が飾られていたりする、つげ義春の『ねじ式』だって、きっとこのオールドドッグのことを書いているはずだ。僕はこんな道を他に知らない。朝8時に行ってもどこの店も開いてないが、ここは違う。逆に昼間はどこも閉まってる。みんな寝ている。僕はいつもこのうちのMATSUBARA SOCIAL CLUBという店に行く。店といいつつ、ただ塀のところから、窓が開いているので、ひょんと飛び乗って、その家に入るだけだ。外から見たら、ただの家ってことになってる。そうでもしないと保健所が入ってきたり、と本当にこの日本の役所ってのはどうしようもないところばかりだ。そんなもの摘発するよりも他にあるだろ。MATSUBARA SOCIAL CLUB=略してMSCはこの長屋でもう30年以上もやってる潜りの酒場である。最近、この世にも潜りでやっている店が減ってきた。みんなバレすぎである。バレたらいかん。バレなければなんでもやっていいんだから。とにかくばれないこと。それは店主のチンさんがいつも言ってること。

 チンさんはただの四畳半のこの家で、ずっと酒場をやってる。しかも酒はすべてキューバ産でこれがむちゃくちゃうまい。キューバのおっちゃんたちがつくっているどぶろくばかりが並んでいる。チンさんおすすめのロカレオおじさんのサトウキビ酒をいただく。甘くて苦くてなんだか僕はすぐにルルフォのペドロパラモを思い出して、店にいる4、5人のお客がみんな骸骨みたいに見えてきた。サンと一緒に朝から飲み続けた。この長屋の大家は本当に変な人でずっとインドにいて、ベナレスの安宿を経営している日本人なのだが、その人がこの塀を挟んだ二軒の長屋を持っていて、それを30年前にチンさんに譲渡したらしい。今では18戸あるすべての家が、なんらかのお店をやっている。全部見えないからもちろん税金だって払ってない。しかも、このオールドドッグでは日本銀行券が使えないのである。チンさんは自分たちで酒チケットをつくっているし、自前の通貨を持っていくことができる。僕の絵はずっと一枚=5000チンと両替してもらえている。そして、その僕の絵をすぐにチンさんは5万円で人に売るのである。不思議な経済である。闇市みたいに生きるしかない。こんな時代に真面目に働いたって、本当にすべてが間違っているのだから、どうせ中抜きされまくりだし、真面目に働くことが一番怠惰だと思う。それよりも毎日、真面目にインスピレーション磨くほうが正しい。チンさんはそういう人だ。だからほっとする。最近、クラブが摘発されてるらしいが、そりゃそうだ。踊れば歌えば、人間はどうにかなる。働かなくて生きてはいけるが、歌わなくなったらそれは死を意味する。役所のほうがよくわかってる。ところが摘発されたってかまわないのである。それでもどうせ止まらない。だからみんな店をやめればいい。表向きの顔をすべてやめたらいい。稼ぐことをやめたらいい。自前の通貨をつくればいい。偽札なんてほんとケチ臭い。やるならお金をつくったほうがいい。贋金づくり、なんてダサいのである。

 チンさんは細身の仙人みたいな顔をしている。それなのに、考えていることはいつもぶっとんでいる。チンさんみたいな人がいるとほっとする。チンさんみたいな人は金に困らない。もちろん、当然だ。金がいらないのだから。ここでは金をもっているよりタバコをもっていたほうが強い。もちろん、このタバコだって一つの通貨である。吸うよりも人に渡したほうが有力な情報を得ることができる。だから面白いのだ。自分で買ったものを自分で摂取して、一人でいて、何が楽しいのか。自分で得たものは人にばらまく。それでこそ、情報が得られる。ネットなんかしてもなんの意味もないのである。しばらく飲んでいたら映画撮影のときのコーディネイターのロイから電話がかかってきた。
「はい、恭平さん、この前撮影ありがとね。おつかれさま。とんでもないショックをハリウッドに与えたと思うよ。みんなどうにかしてお金を稼ごうとしている人たちだから、あなたみたいに、全部金いらない、それよりも人間欲しい。人間が一番の通貨だ、なんていう人は会ったことがないって、監督も帰りもずっと興奮していて、ちゃんと二日間だけでなく、こうなったら半年はかけて、映画をつくりたいって言ってたよ」
「まじ?」
「うん。まじまじ。今回は映画ではあるけれど、これは出資する人がいてね、つまりはコマーシャルになるってことね。だから限界もあると思う。もちろん、恭平のすべてを出したいとは思うけど、でも、監督はちゃんと映画にするために、他に出資してもらうやつを見つけるって言ってた。今度は恭平のすべてを撮りたいって。家の中から、バイクから、恭平がつくった自前のファミコンから、文房具から絵から、アトリエから多摩川のあの秘密基地のすべても」
「じゃあオールドドッグも撮らないとだめだね。まだ知らないところがまだたくさんあるんだよ」
「いいね。そして、あの監督だけでなく、これからもっといろんな話がくると思うよ。そういうの来たらやる?」
「うん。僕の先輩にタモリって人がいて、その人が来る仕事はいつもちょっと自分のキャパシティより上のが来るんだって、だからそれを断らないで、やるとちゃんと成長するって言われたことがあるから、もちろんやるよ。なんでもやる。なんてったって、僕は目的がはっきりしてるからね」
 そういうと、ロイは一呼吸置いて、日本語で言った。
「自殺者を0にする!」
「そうなんだよ。それをするために、僕は自分のことさらけだして、みんながびっくりするかもしれないけど、もう全部投げ出してやるんだよ。監督をはじめ、そういう僕の意思に共感、興奮してくれたのが嬉しかった」
「恭平ならできるかもしれないって思うよ。日本じゃ全然恭平注目されてないらしいね」
「そこが痛快だろ」
「うん、それは興奮するよ」

 ロイも世田谷に住んでいる。彼はアメリカの代理店からの依頼でよくコーディネイトをしているらしい。
「今、面白いところにいるから遊びにきなよ」
 誘うと、ロイはすぐにやってきた。ロイは来て早々、ワックスを吸い出した。やれやれである。でも、オールドドッグはどんなやつでも優しく受け入れてくれる。ここはここのルールがある。他のルールは通用しない。人に迷惑をかけないこと。それだけである。あとは自分が何を吸おうがやろうがいいのである。別に気にしない。誰も気にしない。
「なんだここ天国じゃん」
 ロイは言った。
「いやいや、天国じゃないよ。これが現実なんだよ。みんな現実に文句言いすぎてるから。それならまずはじめに自分でやっちゃえばいいんだよ」
「確かにそうだ」
 ロイはいい仲間になりそうだ。僕は英語がからきしだめだから助かる。
「そんなこといったって、恭平、お前、撮影のときは全部英語だったじゃないか」
「あ、そうだっけ? 僕は英語がまったく聞き取れないんだよ。そのかわり英語だろうが、ドイツ語だろうが、何時間でも話すことはできるよ」
 僕がそういうと、ロイは笑って、煙を吐き出した。
「そりゃいいね。そうでないと。今、みんな英語の勉強ばっかりして、みんな考え方がアメリカ人になってしまって、どうするんだろって思う。いらないよ。そんなのおっけ、おれがかわりに通訳するから心配ないよ」

 心強い味方ができた。とりあえず僕とサン、チンさんとロイの四人で「ロカレオおじさんに!」と言って乾杯した。キューバーのさとうきび畑がばーっと広がって、地面をぽくぽくと歩く、ロバがいた。
「そのロバだって生きてるわけだよ」
 僕が言うとロイは黙って頷いてる。
「息が聞こえるよ」
「だろ? それなのに、みんな目に見えている世界のことばっかり考えてさ、気にしてさ、それで死にたくなったり、苦しんだりしてさ、それよりもあんたがその目で見てる世界のこと少しは大事にしたらどうかって思うんだよ」
「うん、もうそれをそのまま映画にすればいいんだよ」
ロイは聞きながら、手帳にメモをした。
「僕が映画をつくるとしたら、1円もかからないんだよ。これ面白いだろ? 僕は新政府つくるのにも1円も使わなかったんだよ。いのっちの電話だって1円も使わなかった。金なんかかからないから。だからすべて実現するんだよ。みんな金のことを先に考えるだろ。だからハリウッドに負けちゃうわけよ。気にするな。金のことは金なんか1円もかけずに、どこまでも想像するんだ。それがイメージだから。イマージュ。あらゆるすべてを想像すること。どこまでも細かく。すべて存在しているんだから。お前の頭の中、すべて、その地面の小さな石ころ、砂粒にいたるまで、すべてをちゃんと想像する。お前遊んでんじゃないの? ってよく人から言われてるけど、こっちはその想像で必死になっていて、それどころじゃないんだよ。それが僕の現実だよ」
「ちゃんと全部記録しとくよ。これ自体が台本になるはずだから」
「もちろんそうさ。そのつもりで声を出すんだよ。書き直しなんかないんだよ。そのままで生きろ、そのままで言葉にしたことがそのはしからすべて現実に具現化して、それが夢の中につっこんで頭の中をぐるぐると走り回って、つばと一緒に外に出ると思えばいいんだよ。そうすれば、真面目に働く前に、真面目に生きようと決心するんだよ。夢からさめたからといって、時計見て、会社に行かなきゃなんか思うよりも、その夢の延長をちゃんと息しないとだめなんだよ。それをどうしたら現実の世界で伝えられるか。それを考えたら、死にたい人と話すしかなかったんだよ。死にたい人ってのは唯一、働いている場合じゃないって思えてる人たちだよ。だから、彼らとは話ができるんだ。目の前で起きていること、その二つの目で見ている世界について話し合うことができるんだよ。あとの人たちはからきしだめだ。現実を現実として信じすぎてるから、ちょっとおかしなことを言うと、それって夢でしょ?とかなんとか言っちゃうんだ。監督はそんなことなかったね」
「完全に恭平の言っていることすべてを現実として撮影してたと思うよ」
「歌をつくる瞬間も撮ってもらえて最高だった」
「歌ってのはあんなふうに生まれるんだね。僕はがたがた震えてたよ」
「震えるって最高でしょ」
「生きてるって気がしたよ」

 その後、僕は隣の「プラン」という名前のホットケーキ屋でプレーンホットケーキを食べた。

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坂口 恭平
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2015-07-31

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坂口恭平

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