哲学と冒険

特殊技能者に告ぐ

行動、思考、遭遇、あらゆる僕自身にまつわる、その日常のこと、毎日接する物事、それがすべて僕の思想であり、それが僕の哲学であり、それは言語よりも前にある。先にある。先にあるものを僕は毎日生きている。息を吸いながら、それらを見ている。食べている。食べながら、何かをつくろうとしているわけではない。それによって何かをつくりたいわけではない。僕はただそうやって生きたいだけだ。僕は毎日、原稿を書き、絵を描き、歌をうたい、人々と出会い、本をつまみ食いし、画集をつまみぐいする。だいたい毎朝8時更新。お休みすることもあり。


2018年4月22日

 朝起きたら、すっきりした。昨日、早退してばっちりだった。みんなには悪いけど、しかし、悪いと思うと、僕も調子を崩すので、反省は一切しないことにした。そう僕は反省すると、どんどんこじらせてしまうのである。今の社会でちゃんと働いていくには、おそらくルールがあり、それを破ると、改めて、謝罪して、反省し、そうやって自分を管理統制しながらやっていかなくてはいけないってことになっているのだろうが、僕の場合、この反省行為がまったく効かない。余計に悪くなる。しまいには僕みたいな人間はいなくなったほうがいいみたいな思考回路になる。それじゃまずいってことで、生存戦略として、ちゃんと、絶対に反省しない方向で進めている。やってしまったことに対してはとりあえず100点を与えておく。そして、次の方法を考える。不思議なことに、僕は人前で何かしたい、何かしでかしたい、自分が思うまま、体が動くまま、その振る舞いすべてを見せたい、風を吹かせたい、しかし、それはあくまでも風であり、人間として人前に出るのは好きじゃない。できるだけ他人と同じ空間にいたくない。という、相反する二つの状態があるので、なかなかうまくその地声と裏声を滑らせるようなやり方は難しいのだが、その都度トレーニングして対応策試してみたら、少しずつうまくいくようにはなっていると思う。僕はとにかく自分が混沌としているので、混沌としないでください、混沌ではまずいです、という場所に長くいると、すぐに疲れてしまうので、できるだけ混沌のままでいられるようにしておく必要がある。気がむいたら、すぐにそちらへ動けるようにしておきたい。そのため時間で拘束される仕事は本当に無理だ。しかし、それだと大半の仕事は無理だということになる。それで僕はずっと仕事をすることができなかった。それでも自分のペースでやるしかない。

 これでまわりに合わせてしまった人たちの結果が、いわゆる精神病と言われる状態にある。あの状態は、別になんにも悪くないし、病気ですらない。ただの混沌である。その人の混沌が暴れ回る自由が、閉じ込められているだけで、そりゃ騒ぐのは当たり前である。できるだけ暴れ回る自由のままにいること。僕の場合だと好きな人が二人いるが、本当にむちゃくちゃなんだろうとは理解できる。それがこの日本ではなかなか通用しないことも理解できる。しかし、それで「はい、わかりました、人間は一人の人だけを好きになるもので、二人同時に好き、とか大人になってもそれで通すのは間違いです」なんていう良識ある常識のままに生きると、僕は死に近づく。かといって、他の人は違うかもしれないんだから「二人好きになることも当然である!」などと人前で言いたいわけではない。ただ僕のまわりにいる人、その人たちに正直に伝え、それを理解してもらえれば、それでいいのである。だから、ルールなんてものはない。そんなものは気にしないほうがいい。人によって違う。人によって捉え方が違う。だから、どんどん混沌とする。混沌とした状態を受け入れて、その都度、やり方を変える。常に変える。変わるものだから、約束などしない。そして、約束を破っても、謝らない。約束は破られるものだということを、ちゃんと伝える。それでも、一緒にいたいのか、どうか、だけを聞く。それしかないのである。それで我慢できない人はいなくなるしかない。それでいいのである。

「禁止することを禁止する」

 これが僕の家訓である。すぐに人は人に禁止を要求する。それは死のはじまりである。もちろん、これは僕の場合です。真似はなさらぬように。自分に合ったやり方を見つけたほうがいい。とにかくいやなことをしたくない。それだけである。努力なんかしたくない。好きなものを好きなだけしたい。ほんとどんどんわがままになっている。でも、そのおかげでどんどん体は楽になっている。つまり、僕のせいで誰か体の調子が悪くなっているのかもしれない。しかし、今のところクレームが来ているわけじゃないから、どんどん突き進めていこう。好きにやる。クレームには事後対応する。それでも好きにやる。この順番で進めてみている。

 すると家のインターホンが鳴った。ドアを開けると、マサルがいた。
「恭平さん、シャーマの『風景と記憶』なんかこれ面白かったっす。なんか恭平さんが今、考えていることとも繋がるかもーって思って」
 で、僕は裏表紙を見て、ほう、これは河出書房新社から出ている9500円の本かとチェックする。そして、僕は9500円を払う。そしてマサルから領収書をもらった。これがマサルの仕事である。マサルはいのっちの電話に電話してきた男なのだが、この男、本の選択が絶妙で、しかも僕が今読みたいけど、これまでの人生では出会っていない本みたいなものと再会させることのできる特殊技能をもっている。マサルはとにかく人が苦手で、会社にいたこともあるのだが、仕事中休憩中も人と話せない。自分のことを人と話せない人だと思っていたらしく、友達も一人もいなかった。それで死ぬしかないと思って、ビルの屋上へ行き、その屋上に落書きしてあった僕の携帯電話番号09081064666を見て、電話してやつだ。もう5年前になる。マサルは酔っ払っていて薬も飲んでいて、恐怖心もなくビルの端を歩いていたのだが、マサルは本が好きだというので「僕が今、読んだほうがいいと思う本ってある?」と聞くと、即答で10冊くらい教えてくれた。
「じゃ、それ明日持ってきてよ。ちゃんと定価で買うから」
「えっ、でもほとんどがアマゾンで1円で買ったものっすよ」
「それでいいじゃん。お前のチョイスはすごいんだよ。ほとんど価値がないと思われてる本から、今こそ読むべき本ってのを選べるんだから。ほとんどの人はそんなことできないんだよ。本も全部情報になっちまってて、誰かが良い、って言ったものしか読まないし、自分で読むべき本を見つけている人なんかほとんどいないよ。マサル、お前はいいよ」
 というわけで、マサルは月に30冊ほど僕に本を持ってくる。すべてアマゾンの1円か古本屋の持っていっていいですよコーナーの本、もしくは本のゴミの日に拾ったもの、つまり仕入れ値がほぼ0円である。それで結構いい稼ぎになるみたいだ。僕がマサルから本を買っていることを知った僕の知人の作家二人の本デリバリーも担当していて、マサルはそれで月収30万円くらいにはなっているみたいだ。マサルは自分の混沌とした直感をフルに稼働することができるし、本について話す人は誰でも親友みたいに話せるみたいで、「つまり、お前、人と話せないんじゃなくて、ただその会社にいる人たち、会社にいながら、本も読まずに真面目に仕事ばっかりしている人ばっかで、ただ退屈だったんだよ。会話が退屈じゃ生きてる気力なくなるだろ」
「へえ、そうっすね」
「だから会社行けなくなって、よかったんだよ。死にたくなってもよかったんじゃないの?」
「へえ、あのマンションの落書きがなかったら、いまごろ、内臓破裂して、いなくなってます」
「今じゃ、しっかり仕事もできて」「いやあ、こんな仕事できたらとは思ってましたけど、実現するとは思わんでした」
「やりゃできるんだよ。人が認知している仕事なんかやってなんの意味がある?将来の夢とか言っているやつらは全員だめなんだよ。プロ野球選手も小説家も警察官も、そんなのもう存在してるだろ。そんなの仕事じゃないよ。奴隷だよ。決められた方法で金をもらって、どうするんだ。仕事は自分でつくること。自分で名付けること」
「へい。また面白い本持ってきますよ」
 マサルはセブンイレブンオリジナルのアーモンドチョコアイスバーまで買ってきてくれて、お土産に置いていってくれた。

 適材適所したい。僕はとにかく雇用をつくりだしたいみたいだ。でも、それぞれに働き方、稼ぎ方が違うものを。今、僕は合同会社を経営しているのだが、そこではマサルみたいな働き手がいる。他に四人いる。僕は近い将来「株式会社躁鬱」という会社を立ち上げるつもりでいるのだが、僕の会社には特殊技能の持ち主だけがいる。そのための訓練として今は僕の合同会社内に、グループ会社として「躁鬱」をつくっている。もちろん、全員躁鬱病と診断されたことのある人間だ。もう誰一人も病院に行っていない。なぜなら治ってもらったら困るからだ。それは特殊技能なので、うちの会社では優遇される。マサルは今年で30歳だが、もう一人のリンはなんと小学生である。小学生のリンは親が日本ミツバチを飼育していて、赤ん坊のときから日本ミツバチと一緒にいるため、なんと会話することができるのだ。その情報を僕に提供してくれる。情報ひとつにたいして、僕は一万円を払っている。それでも安いと思う。ミツバチの通訳ができる人なんてのは世界でも少ない。僕の会社は特殊技能者、つまりテレパスたちをとにかく求めている。ほとんどの人が病気だと思ってしまっている。それでいじめにあっていたり、誰も友達がいない状態で、親からも文句を言われ、それで死にそうになっている。今は、特殊技能を持つ人々がホロコーストにあっているのだ。なにも特殊技能がなく、そんなものからっきし信じることができない、鈍感な人々たちによって。リンはミツバチが人間の天気予報士たちよりもはるかに有能だということを知っている。ミツバチは何時間後にどれくらいの雨が何時間降る、ってところまでかんじている。それはもはや予測ではない。予測などできない。ミツバチはわたしたちよりも時間に換算すると5時間ほど未来も同じように「今」と捉えて生きているのだ。リンもまたその時間の中で暮らしている。小学校にはほとんど行けてないが、それのなにが悪い。今や立派な僕の会社躁鬱の社員である。といってもフリーランス契約みたいなもので、ミツバチが話したとき僕に電話をかけるだけである。リンが教えてくれたおかげで僕も少しずつミツバチと話すことができるようになってきた。今、僕が行う行事で雨につぶされたことがないのはそういう理由だ。養老孟司さんと外で対談したときもみんなは雨が降ると言っていたし、予報もそうだったが、ミツバチは対談が終わるまで大丈夫だよと言っていた。ただそれだけだ。僕たちはもっと耳をすまさないといけない。

 他の躁鬱のメンバーもそのうち登場してくると思う。特殊技能を持っている人たちに告ぐ。とにかくその能力を捨てないでください。それで死にそうになっているのではありません。まわりの無理解によるものです。特殊技能者求む。われわれの会社「躁鬱」は特殊技能者をもつ人間を求めてます。連絡は09081064666まで。給料などの詳細は話し合いで行います。あなたの技能をこの職場で大いに暴れまわれさせましょう。ビバ自由。創造ってのはとんでもないのである。ないところから有るものを出すことはとんでもないのである。そこになかったわけではなく、もともとあったことを示すのだから、それが見えているのだから、とんでもないことなのである。もっと人間の可能性を見たらいい。簡単に会社に行くな。簡単に鈍感な人間のしたにつくな。簡単に働くな。もっと自分の技能を、特殊な技術を、直感を、活用したらいい。僕はそういう世界にしなくてはならないという誰からも頼まれていない、使命を持ってしまっているという特殊技能の持ち主なのだろう。しかし、これも15歳のときからである。ヒサノにそう予言されていたのだ。昼頃ヒサノが遊びにきた。
「わたしの友人がMITにいてね」
 ヒサノが言った。僕はミントをつんでミントティーをつくって、ヒサノのところに持っていった。
「MIT?」
「そうだよ。マサチューセッツ工科大学だよ。そこにね、日系のニック・ムラサメって研究者がいてね、彼はAIの研究者なんだけど。彼が言うには、恭平のいのっちの電話はAIと手を結べば、本当に自殺者を0にすることも不可能ではないって言うのよ」
「AIねえ。どうも信用ならんよ。とりあえず今、僕が電話をはじめて毎年2000人ずつ自殺者は減っているからねえ。あと10年もやればきっと自殺者は0になる」
「10年も待てないよ、わたしは。なんたってわたしの占いによればあんたは45歳のときに内閣総理大臣になってるんだから」
「あと5年か」
「まあ、すぐにそんな話になるわけじゃないから、話だけは聞いてみなさいよ。ニックはヨットに乗るのが大好きでね、世界中をヨットで旅してるらしいから、熊本に帰ったら天草に寄ってみね。ニックは天草のあそこだよ、奴寿司が好きでね、あんたも好きだろ」
「うん」
「一緒に寿司でも食べてきてみたらいい。まず事を起こすには中心から離れること。3.11はまずお前が東京を離れるってのが重要だったわけよ。中心から何かが変わったためしはないからね」
「孫子の教えに従えってことだね」
「そうだよ、恭平。お前には中国の血が流れてるわけだから。まずは地面を見ることよ。棒を突き刺してごらん。それが孫悟空だよ」
「おっけ」
「あんたが自殺を止めようとしているのが、なんなのか恭平、お前さんにはまだ意味はわからんだろうけど、ちゃんとまわりの声に耳を貸すことだ。それは死にたいと言ってくる人もそうだ。鶴の声、天の声だと思って、そういった人々の声を聞いてみな。だから顔が見えないんだよ。電話じゃない、あれは、天の声なんだよ」
「確かにそう感じるときもあるよ。苦しんでる動物たちにも思える」
「ほっほ」
 ヒサノはそう笑うと、迎えにきてくれたデイサービスの車に乗ってでかけていった。

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坂口 恭平
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2015-07-31

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