◆#13◆
総務部オフィスはゲートで隔てられていた。おれは普通に偽装IDをパネルにかざし、赤ランプで拒否された。オイ、この階も廊下以外は結局ダメじゃねえかよ。おれは苦虫を噛み潰した。門前払いの瞬間を見た奴はいないが、一応おれは奥野さんと「あれ? ここ、11階じゃないッスか?」「間違えたようですね」という白々しい会話を交わした。これは鉄輪に対する当てつけでもある。あいつから特に返答はなかった。
まだ慌てる時間じゃない、打つべき手は幾らもある……たとえば……おれはトイレから出てきたロン毛の男性ONDO社員を見た。手ぶらで、ジャケットも着ていない。おれは奥野さんに目で合図した後、その男性社員の後ろについた。それこそ踵を踏んづけるぐらいの近さだ。ロン毛はそのまま歩く。おれはその超至近距離を維持する。あからさまな不審者だが、不審がられる奴は、技術を学んでいないだけの話だ。実際、ロン毛がおれに気づくことは無いし、すれ違う奴らも互いに会釈して、そのまま通り過ぎていく。
この状態に入ったおれは、いわば地上を歩む影だ。誰にも気づかれない。
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