哲学と冒険

金をとらなければ、自由である

行動、思考、遭遇、あらゆる僕自身にまつわる、その日常のこと、毎日接する物事、それがすべて僕の思想であり、それが僕の哲学であり、それは言語よりも前にある。先にある。先にあるものを僕は毎日生きている。息を吸いながら、それらを見ている。食べている。食べながら、何かをつくろうとしているわけではない。それによって何かをつくりたいわけではない。僕はただそうやって生きたいだけだ。僕は毎日、原稿を書き、絵を描き、歌をうたい、人々と出会い、本をつまみ食いし、画集をつまみぐいする。だいたい毎朝8時更新。お休みすることもあり。


2018年4月18日

 二日間の映画の撮影が終わり、今日は朝からぐったりしていた。今日は休みだ。今日はからだを休めたい。昼前に起きて、ラウちゃんのところへ。ラウちゃんは自宅で充電という仕事をしている。ラウちゃんのところにいくと充電ができる。ラウちゃんの家は世田谷の緑あふれる公園のすぐ隣にあるマンションの一角にある。一階と二階を借りていて、一階のベランダから階段で、そのまま二階に上がれるようになっている。二階にある部屋で、横になる。ラウちゃんは自分でオイルを精製してつくっている。ここのクローヴとレモングラスのオイルは果てしない。というわけで、そのオイルでからだをマッサージしてもらう。疲れたら、すぐに休みを入れて、充電をする。バケツの水がなくなってもまだ働いていると、すぐに鬱になる。ラウちゃんの充電を受けるようになって僕の鬱はどこかへ飛んでいった。ただ休めばよかっただけなのである。あとはわがままを言う。わがままでいる。わがままをラウちゃんに言いながら、マッサージを受けていた。凝ったところばかり触るんじゃなくて、まずは足。足を2時間くらい入念にマッサージしてもらう。そのあとお風呂に入った。一緒にお風呂に入って、頭をしっかり揉んでもらう。頭をマッサージもしてもらった。ラウちゃんはわがままを聞くのが仕事というか、それで僕はどんどんわがままを言い、ラウちゃんはそれを聞いてくれる。ずっと湯たんぽを飼い犬みたいに抱っこしたまま過ごした。

 目をつむって、ラウちゃんのマッサージを受けて、半日を過ごした。ここは一時間いくらとかそういうことは言わない。充電が完了するまでいていいことになっている。その後、一緒に葉っぱを吸った。ラウちゃんは他に仕事をしていて、それでしっかりと稼いでいるからお代はいらいないといつも言う。それで僕は自分の絵や彫刻、ときには歌をつくってあげる。それで二人でうまく経済は回っている。経済とは本来、「世を治し、民を救う」という言葉が語源の意味だ。だからそれでいいのである。ラウちゃんは僕のいのっちの電話をとても理解してくれて、「あなたみたいな人がいないとだめだし、あなたみたいな人が現実の世界にいるのは、わたしはとてもうれしいの。だからわたしにできることがあるのならなんでもしたい」と言ってくれる。ラウちゃんにそう言ってもらえるとうれしいので、僕もがんばる気になる。ラウちゃんはそういうと、裸のからだでしばらくずっと僕のからだにぴたっとくっついていた。肌が一番充電できるのよ、とラウちゃんは言った。しばらくそのまま目をつむっていた。そう考えると、むちゃくちゃ気持ち良くなって、これ以上ない自由な気持ちで安らいだ。
「肌は充電するのに、一番だし、キスをしたらね、この唾液にはモルヒネの10倍くらい鎮静効果があるの。あとはやっぱりセックスね。人間はそれ自体、治療するための機械みたいなものよ。病院行ってお薬飲むなんて金属製のオナニーグッズみたいなもので、そんなもの取り入れるよりもたった一人でいいから人間とつきあうことよ。そうすれば健康になるわ」
 そう言って、ラウちゃんはキスをしてくれた。これはラウちゃんによる充電という創造行為そのものである。もちろん、こんなことを他の誰かに言ったとしても理解はされない。ま、それでいいのである。黙っておけば。

 ここに書けばそれは事実といいつつも、少し違った事実となる。それで終わり。僕は事実を事実から少しずらすために書いている。これは二つ目の生活で、一つ目の生活を分裂させているわけではない。その通り、からだは元通りになった。先日書きためていた絵をどっさりとラウちゃんの家に置いていく。ラウちゃんも僕と同じようにいつも0円仕事ばかりである。それでも僕はラウちゃんを理解しているつもりで、何かあったら助け合おうと伝えている。そうやって、仲間と金で困ったら、助け合うことにして、そのかわり普段はすべて0円で付き合う。これが僕たちの経済観念である。いのっちの電話は、その仲間という範囲を無限大に広くしようという実験である。それでも僕は人から「なんで0円でやってるの?」って言われる。人は仕事をするのはお金のためだと思っているのである。僕とは価値観が違いすぎる。僕が仕事をする理由は、仲間と協働するためである。いつか何か起こる。そのときのために準備をしているだけである。何かが起これば銀行券なんか役に立たなくなる。店舗なんて存在も意味なくなる。インターネットなんか充電が切れれば終わりである。そんなものなんの役にも立たないのである。クライシスの下では。だから僕は0円で、人と繋がろうとしている。それはいつかのためである。

 いつか何かが起こり、みんなが混乱し、危機に陥ったとしても、僕が仕事をした仲間、それはいのっちの電話に電話してくれたみんなもそうだ、みんなが集まる。必ず集まる。僕はそういうときのためだけに準備している。平和な世界なら僕は必要がないだろう。何かが起こるときだけ僕は必要となる。それ以外の日々はただの気のいいあんちゃんだ。でも、いのっちの電話にかけてくる人は危機真っ最中である。彼、彼女たちは危機、何かが起こる、ということに対して敏感になっている。自分がその状態にあるのだから、だから僕の言葉が通じる。彼らは僕の理解者である。僕が彼らの理解者なのではない。逆なのである。電話をかけてくれて、本来ならば僕がお礼にお金を払う必要があると思っているくらいだ。僕はそういう経済観念で生きている。生きているままにその仕事を反映する。これこそ生きるということだ。人がつくった仕事の世界で動くのはごめんだ。僕は自分で仕事を作り続けたいと思っている。

「哲学と冒険って、毎日連載なのね。新聞連載みたいでいいね。あれ4000字くらいあるよね? 原稿用紙で10枚くらいかしら? 新聞連載の5倍くらいの分量。あれであなたはいくらもらってるの? 面白いからお金を払いたいくらいだから有料にすればいいのに、なんであれが無料なの?」
 ラウちゃんのマッサージが終わり、いつものカフェアルファヴィルで珈琲を飲んでいると、友人の女優の璃子ちゃんがやってきて、僕に聞いた。璃子ちゃんはこの前、お家を掃除してくれてありがとーって言いながら僕の珈琲代を払ってくれながら聞いた。そう、僕は人の部屋のお掃除をやるという清掃会社も経営している。といっても従業員は僕一人だが。実はこの清掃会社のほうが執筆で稼ぐよりも稼げるということは人に言ったことはない。ここでは人に言ってないことがばんばん言えて気が楽だ。 「長い文章は誰も読まない。だから本が終わりだと言っているやつはバカだ。誰も読まないのだから、なんでもかけるのである。検閲のない世界。それが自由ってもんだ」
 これはハイデガーがインタビュー集の中で言っている言葉だがそれは真実だと思う。僕は璃子ちゃんに言った。
「人の日記を毎日、原稿用紙10枚分くらい読んだことある?」
「ないよ」
「そうでしょ? だから面白いかなと思ってるんだけど」
「どういう意味?」
 璃子ちゃんのシャネルの新しい色の口紅がすごく綺麗に光っている。
「こんな僕のつまらない生活を毎日、毎日、ただ書いて、それが仕事になんかなるはずないと思うんだよね。でも、僕はこれが好きなのね。僕の生活をもう一度、書いて、それこそ璃子ちゃんも今日の日記に登場するわけだけど、それが可能なわけだ。普通だったらあなたは女優だから、出演料ってのが必要なんだと思うけど、これは日記だから、日記といっても定義する言葉なんかなくてね、これはつまり、お話だから女優の璃子ちゃんと書いても、それがあの璃子ちゃんだとは言えないわけね。でも読んでいる人にはしっかりとその姿が刻まれている。これは搾取なのかもしれない。僕は監督Sみたいに剥奪しようとしているのかもしれない」
「Sに会ったの?!」
「もうフランスに帰ったらしいけど、昨日、一昨日ってなぜか僕を撮影してたよ。璃子ちゃんのことも紹介しといた。今度、一緒に会いにいこうよ」
「いいよ」
「それでね、つまり、これは僕がただ生きている行為なだけで、仕事でもなんでもないんだよ。仕事ってのは、労働って言えばいいのかな、それはほとんど売春みたいなもので、売春の掟の如きものにしばられて生きるしかないんだよ。したくもない仕事をすることによって金が支払われるからね。銀行員は生活の四分の三の時間を彼自身の『売春』によって過ごす。売春婦だけでなく、カメラマンだって、どんなにおしゃれなファッションデザイナーだってそうだ。この社会じゃ売春ってのは当たり前の状態なんだよね。そうじゃない状態をつくりだすにはどうするか。それは金を通過させないってことだね。僕が毎日、生きている、その行為自体は売春しようがない、ところが、それは一つの仕事なんだよ。誰も気づいていないけど。生きることこそが人間の本望だし、本能だから。僕が今、これを書いている理由は、仕事じゃないからだよ。仕事だとは誰も思っていないから。それが面白いって感じてる。みんなを見ていて不思議になる。みんなどうにかして金にしようとしているんだよね。マネタイズっていうの? それって、どうにかして売春にしたいってことで、そんなセックスして何が気持ちいいんだろうね? だから若い人でどうにか仕事にしたい、金にしたいって必死につくっている人とか見ると、僕はがっくりしちゃう。僕は金にならないから必死にやってる。金にならないってことはみんなが仕事だと思っていないってことで、売春が当たり前の世界でそんなことができるのは、ただの自由ってことだし、そのうち、きっとこの日記を読めなくなるかもしれないけど、そのとききっと気づくと思う、でも今はみんな気づかない。それを見てるのが楽しい。悪趣味かもしれないけど、これは一種のいたずらで、いたずら忘れて生真面目に生きることをはじめたら、それこそ、一貫の終わりで、僕はいつも適当にしていたい。いのっちの電話だって、そうだよ。0円で電話受けて、どうするんですかって? みんな聞いてくるんだけど、なんでみんなもうすでにある仕事の世界の中で、仕事を見つけてそれで金をもらおうとしているんだろうね。どんどんみんな進んで売春しようとしているように見えて、面白くないなと思う。面白いのは、誰も仕事だと思っていないことを、どんどん大量にやることしかない。僕が生きているのはそれだけだよ。意味わかる?」
「へー、わたしとは違う考え方だけど、だからいっつも恭平さん見てると、面白いのかも」
 そう言うと、璃子ちゃんは外に出ていった。映画の撮影があるらしい。

 そのあと、公園を散歩して、編み物をしていた。夜は目黒の服屋さん「flatland」に遊びにいった。ここは面白いところで、試着室にドアがあって、そのドアを開けると、地下がクラブになっている。今日はShhhhhがそこでDJをやることになってて、彼が最近つくった阿蘇の旅館のためのBGMが本当に素敵で、そのお披露目パーティーをやるというので遊びにきた。中は洞窟みたいなつくりになっていて、30人くらいが遊びにきていた。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

FURUMAI (Errand Press Postcard Book)

坂口 恭平
エランド・プレス
2015-07-31

この連載について

初回を読む
哲学と冒険

坂口恭平

行動、思考、遭遇、あらゆる僕自身にまつわる、その日常のこと、毎日接する物事、それがすべて僕の思想であり、それが僕の哲学であり、それは言語よりも前にある。先にある。先にあるものを僕は毎日生きている。息を吸いながら、それらを見ている。食べ...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード