2018年4月17日
今日も撮影を続けた。
「とにかくお前のことが知りたい、お前の一つの段階を撮りたい。おれは剥奪したい。人は自分の人生を生きるかわりに、それを『見る』。人生は代行によってどこまでも突き進む。おれが描きたいのは、違う。お前の夢をそのまま描く。夢を語れ、それをそのまま実践しろ、そのための撮影隊だ。どんなものでもいい。それがそのまま現実化する。神話を生きるために夢を見る、目が覚めて、それが書物だったなんて笑って歯を磨いて、顔を洗って、会社に行く前に、おれはお前の家の歯ブラシからタオルからすべてを作り直す。お前の夢のままに作り直す。現実に戻ってきて、それではいおしまい、それまで見てたのは夢で、それはわたしは夢を見たのよ、見たばかりで終わるやつなんてものを見たくない。おれがみたいのはお前の夢だ。夢が現実に突き破られるまで、おれはお前の夢をそのままに生きている姿を撮る。これはたった二日間だけの撮影だ。しかし、今はCGでもなんでもある。なんでもいいんだ。とにかくお前が口にすること。それがそのまま立ち上がるようにする。コンピューターでもなんでも使ってやればいいんだ。どうせそれは手段、道具、おれがやりたいのはお前の声、それの音楽化、そのコードで生まれていく一つ一つの街並み、それが……」
僕と撮影隊はこの日、僕が多摩川の六郷土手駅近くにつくった秘密基地にいた。
「秘密基地か、お前の言う通りだ。そのままでいい、ただ口を動かせ」
監督Sは言った。すぐにロケバスに乗り込むと、みんなで多摩川沿いへ。しばらく茂みの中を歩いていると、僕の師匠の家、そして、その横にある小さな小屋の扉を開けると、地下通路、五メートルの地下通路を歩きながら監督Sは興奮のまま雄叫びをあげ、ルームのカメラは縦横無尽に走り回っていた。
「すべて撮れすべてだ!」
監督Sはルームに指示した。ルームはその草一本一本を接写で、アシスタントのガンモがルームが決めた素材を後ろから抜き取り、それを別室で接写して撮っている。そのモニターを監督Sは見ていた。
僕はそれを遠巻きにみながら、前を進んでいく。はしごを登って蓋を開けると、そこが僕の秘密基地で、ここは806という名前をつけている。806は僕だけでなく、僕の仲間5人でつくった秘密基地で、師匠の許可を得て、多摩川沿いに建てて、もう8年になる。僕以外に、ミノ、ショージ、ラン、ゾイの四人だ。ミノは雑誌のアートディレクターをやっていて、みんなが読んでいる雑誌も多く担当している。ジョージは店舗設計をやっている。秘密基地の設計は僕だが、施工はジョージが担当した。ランは女の子でモデルをやっている。ゾイは元々、コムデギャルソンでパタンナーをやっていたのだが、今は独立し、服を作り続けている。僕は監督Sに仲間を紹介した。
「夢と現実、それを接触させること。それがおれの夢、そして、お前の現実だ。お前の現実はどんどんおれの夢に侵食してきている。剥奪しようとしていたのはおれだ。おれがお前を撮りながら、おれは何かを盗もうとした。おれが映画監督だ。混沌をそのままに、不安定で爆発的で、そのくせたちまち無関心に冷める、この世界をそのままに、おれはお前の現実を見て、起きながら夢を見てる。仲間があらわれる。おれはそれを知っていた。仲間の顔がいい。いい顔はまずい。仲間も撮っていいのか?」
監督Sがいうと、面々はギャラもらえるならいいよと言った。僕のギャラの値段をいうと、4人も強気で要求し、それぞれかなりの額をもらったはずだ。しかし、こんな企画、一体、どんなものになるのか、それは彼らは機密だからと詳しく話さなかった。しかし、関係なかった。それがどんなものになるかは僕は関心がなく、それよりも撮っているやつが、仕事を一緒にするやつがどんな顔をしているか、どんな言葉を吐くか、それだけが関心事だった。あとはすべて無意味である。人生は人生だ。それ以上に僕は関心がない。
監督の目は貪欲だった。監督は僕の個人を個別の生き方を、僕の単純な思考を、思考回路を、ただ東京の街を撮るような状態で、撮影しようとしていた。僕は自分が撮られている快感を感じていたということを書いておく必要があるだろう。僕は現実をあるがままのものとして、ただすべてを見ていたい。認めたい。それ以上のこともなければ、それ以下になることもない。明日を憂うことはすべて今日の出来事なのである。出来事以外に見るものはない。あとはすべて夢である。現実が少しずつ変容していた。監督Sの夢が少しずつ介入し、彼は盗賊のように盗みとることもしていた。一つ一つ契約書が書かれ、それを誰かわけのわからないプロデューサーと名乗る男や女は一つの集団を形成していて、彼らは僕たちの秘密基地の横にセットのようなものを立て始めていた。その段取りの速さと、内容の不透明さが混在し、僕は自分が夢を見ているのではないかと思ったが、ミノは葉っぱを吸いながら、「おいおい恭平、こりゃ面白れえな」と気楽な様子であった。僕にはもう見えていた。おそらく見えていた瞬間に僕は口を動かしていた。
「街があって、その図面はもうすでに描いている」
僕は秘密基地に飾っていた自分のドローイング作品Dig-italを監督Sに見せた。
すぐにルームが接写した。
「こりゃたまげたな。これ自分で描いたのか?」
「うん」
「お前は一体、何をやってるんだ?」
「おれもまだよくわからない。おれは本をまずは25冊出してるよ」
「25冊? 嘘だろ」
「本当だよ。それで絵を描いてる。この秘密基地にもたくさんドローイングがあるよ、そこに500枚はある」
僕は積み重ねたドローイングを見せた。あとは?
「アルバムが出るよ。今度はLP盤も出るよ」
僕は出来上がったばかりのLP盤を見せた。
「それで?」
「新政府内閣総理大臣でもある」
「それはキャスティングのときに聞いた。おれはそれを特集したい。絵も特集したい。歌も特集したい」
「いのっちの電話ってのもやってるよ」
「なんだそれは」
「死にたいひとが電話をかけてくるんだよ。携帯電話の番号を公開してるから」
「お前は馬鹿か、よし、わかった。とりあえずお前のその分裂したものは誰も理解しないだろう」
「うん、ほとんどのひとが狂った気のいいあんちゃんくらいに思っているよ。ま、それでいいけど」
「おれはお前が面白いと思ってる。それで、お前のことで、世界中を電波ジャックしたいんだ」
「望むところだね」
「だろ? で、お前の街はこれか」
「ああ、これだよ。多摩川にこの街がどこまでも伸びていくんだ。ほら」
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