哲学と冒険

これはアウトサイダーアートではない

行動、思考、遭遇、あらゆる僕自身にまつわる、その日常のこと、毎日接する物事、それがすべて僕の思想であり、それが僕の哲学であり、それは言語よりも前にある。先にある。先にあるものを僕は毎日生きている。息を吸いながら、それらを見ている。食べている。食べながら、何かをつくろうとしているわけではない。それによって何かをつくりたいわけではない。僕はただそうやって生きたいだけだ。僕は毎日、原稿を書き、絵を描き、歌をうたい、人々と出会い、本をつまみ食いし、画集をつまみぐいする。だいたい毎朝8時更新。お休みすることもあり。


2018年4月15日

 朝から福岡空港へ新幹線で向かう。そのまま飛行機で羽田へ。空港に停めていた車に乗って世田谷の豪徳寺へ。古本屋「都市」に立ち寄る。この「都市」という古本屋は、いつも開いていない古本屋で、古本屋というか、それはそのまま店主ハニュウさんの本棚になっている。ハニュウさんの家は平家なのだが、この人はもともと土木作業員の仕事をしながら、熊楠とデュシャンの研究をしていた奇特な方で土木作業員時代は橋や海底トンネルなどを掘っていたらしく、家には当時の道具がそのままに壁に飾られている。ハニュウさんは自分で設計図を描き(といっても、それはヘンリー・ダーガーの水彩画に似た、へんてこなもので、見ているだけでその世界に入り込んでしまう。ハニュウさんは何百枚もそういった絵を描いては家の壁に貼り続けているので、平家2LDKの家は僕には一つの町のように映っていて、ハニュウさんの家にいくと、決まって半日はぼうっとしてしまうのである。

 この「都市」にとにかくみんな行ってみてほしいと思うのだが、ハニュウさんはいのっちの電話をかけてきたことがきっかけで知り合いになった。彼はホロコーストについてずっと調査を続けていて(とにかく一人で研究することが好きなのだ。熱中しすぎてどの分野でも学者並みなのだが、そういった知識を本に書いて知らせたりしようという欲望がない。というよりも、ちゃんと口で人に伝達しなくてはならないという考えの持ち主で、僕はそんなハニュウさんを至極まっとうな人間だと思っているし、尊敬もしている。ハニュウさんは普段は電話もなく、いのっちの電話も公衆電話からかけてきた。電話で話すことも嫌いらしく、とにかく僕は東京にいくと、まずは豪徳寺のハニュウさんの家、つまり「都市」に行く)、命をかけてユダヤ人たちを海外に逃がした人々について研究するだけでなく、それぞれの人の生涯をことこまかに調べ(ハニュウさんは何ヶ国語話せるのか聞いたことはないが、同じスワヒリ語であっても、キクユ族とルオー族の言葉をそれぞれ知っているし、各国の方言にも詳しい。それは彼にとって最も重要なことである。その土地が言葉を生み、そこで言葉が交歓されるとき、一つの都市が生まれる。それは自国で異国へ旅するようなもの。国家というものとは別の空間、共同体がある。それはハニュウさんが描いた冒険絵巻物『アドルベンチャル・オ・スリッタラン』の中で繰り広げられている世界に近い。ハニュウさんはそのスリッタラン王国の地図のみならず、そこに立ち並んでいるかわいい形をした住居一軒一軒の図面、平面図だけでなく、立面図断面図、1分の1のサイズのいわゆる矩計図と呼ばれる詳細図面まで描いている。彼はスリッタラン王国の言語まで、果てはその方言まで、作り上げているのだ。死後発見されたら、これはまんまアウトサイダーアートだなんだと変な括られ方をされるのが見えているので、今、断言しているが、これは断じてアウトサイダーアートではない。ま、この際なんでもいいのだが、とにかく「面白い絵巻物」なのだ! 抱腹絶倒、そしてときには涙してしまうこともある。もちろん、それには絵巻物だけでなく、絵巻物を端から丁寧に声色まで変えて、読み聞かせてくれる吟遊詩人タリスタン【ハニュウさんの別人格】の効果が絶大だからなのだが)、それを一つの伝記にまとめられるくらいの資料を集めて、実際にノートにはそれが克明に書き残されているのだが、ハニュウさんは書物にするということはせず、それを体に吸収し、タリスタンの喉によって、振る舞いによって、それぞれの人格に転移し、僕の前に出てきては当時の惨状、そして、いかにして切り抜けたかの大事な情報を僕に耳打ちしてくれるのである。

 ここはハニュウさんの家の地下。つまり、ハニュウさんは持ち家で賃貸だが、もう30年以上も住んでいて、家の外観は立派な蔦に覆われていて、小鳥がとにかく飛んでくる。僕が大好きなルリビタキもここにやってくる。鳥の声を聞きながら、ハニュウさんが同時通訳してくれるこの時間はなんとも贅沢な時間である。こういった時間を人間は忘れてしまってはいないか。怠惰に毎日汗水流してはいないか。ハニュウさんはいつも僕にそんなことを頭に思い浮かべさせる。ハニュウさんは自分で地下を掘っていて、そこが書庫になっていてとんでもなく広く、実際はおそらく平家よりは大きくないはずだが、僕はいつも迷ってしまう。迷っていると「大丈夫ですか?」と声をかけられたりするが、壁の絵だったりするし、ハニュウさんの体でありながら、声は完全に女性だったりする。ハニュウさんは今はどうやって暮らしているのかわからないが、お金を持っているようには見えない。すべて本代に注ぎこんでいるのだろうか、ハニュウさんは庭でつるむらさきやモロヘイヤなどを育てていて、それを食べている。この世にはまだ不思議なところがたくさんある。もうずいぶん減ったかもしれない。でもハニュウさんみたいな人に触れるとき、僕はいいぞ、いいぞ、このまま突っ走ろう。人のいいなりになんかならずに、人が求めているものばっかり求めず、まずは自分の感覚を、その本能を、それだけを熱源にして動き回ろう。それだけでもってただ生きようと強く思う。

 帰り道に松岡正剛さんの研究所をいつも横切るのだが、松岡さんもいるしなあ豪徳寺なんかすんげえなあと思いながら、僕の好きな並木道を通って、松原まで歩いて帰ってくる。こちらは東京の坂口恭平研究所。といってもただの狭い四畳半の雑居アパートである。僕は東京にきたときはここに住んでいて、四畳半の雑居アパートを三つ借りていて、その壁をすべて壊して(大家が新政府国民の人で、自分のアパートを全部無償で提供すると言ってくれたのである。申し訳なさすぎて、今はちゃんと家賃払ってる。でも、そのかわり壁は好きなようにしていいよと言ってもらった。全部、自分で適当に設計してつくった。つまり、これが僕の初の建築作品ということになる)、広いワンルームにしている。広いといっても細長い12畳だが。ハニュウさんから借りてきた本を読む。その一冊が面白すぎて、またしばらく時間を忘れて読んでいた。『ピラミッド建設日記』という翻訳本で、エジプトに住むどこにでもいる小学生が、ある日、川で遊んでいて石板を見つけて、そこにそれからも次々と石板やパピルスなどを見つけては、収集していたのだが、彼はその後、考古学者にまでなって、ずっと研究を続けていたらしく、それがピラミッドの建設作業員が残した日誌だったことにのちに気づき、幼いころから集め続けた膨大な資料をもとにした絵日記として編集し、まとめあげた本だった。自費出版なのか聞いたこともないような草むら社という出版社から出ていた。もう本も古くなっているのだが、そこに並ぶ文字は今でも十分読めるほど、気軽なエッセイ風のノリで、ついつい読み進めてしまった。これをそのまま漫画にしたいと思いつき、そのままペンとインクで描いてみた。なかなかいけるかもしれない。僕は小学生のころ、毎日2ページくらい漫画を描き続けていたのだが、今、僕は映画にしたいと思っている世界があり、その世界を自分で漫画にして、ホドロフスキーのDUNEみたいに自分で妄想の本をつくってみたらいいのかもしれないと思いつく。

 すると、映画監督から電話がかかってきた。

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坂口 恭平
エランド・プレス
2015-07-31

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哲学と冒険

坂口恭平

行動、思考、遭遇、あらゆる僕自身にまつわる、その日常のこと、毎日接する物事、それがすべて僕の思想であり、それが僕の哲学であり、それは言語よりも前にある。先にある。先にあるものを僕は毎日生きている。息を吸いながら、それらを見ている。食べ...もっと読む

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