柳井政和「レトロゲームファクトリー」

柳井政和「レトロゲームファクトリー」第7回

大手ゲーム会社グリムギルドから契約破棄され、プログラマーの白野高義(コーギー)は途方に暮れていた。そんな彼を救ったのは、元同社社員の灰江田直樹。彼はレトロゲームを最新機用に移植する会社「レトロゲームファクトリー」を興していた。白野は灰江田に懇願し、彼の元で働き始めた。ある日、業界大手である白鳳アミューズメントの山崎が現れ、彼らに極秘案件を依頼する――。
電子書籍文芸誌「yom yom」に掲載中の人気連載を出張公開。

 ここは、まだ若いコーギーの訓練のためにも、少し様子を見てから登場するか。そうしたことを考えていると、山崎の怒った声が聞こえてきた。
「それに灰江田ちゃんの携帯、全然通じないし。電話で白野くんと話してもらちが明かないから、僕がわざわざ来る羽目になったんだよ」
 うんっ、どういうことだ。灰江田はポケットに手を入れて、スマートフォンを取り出す。マナーモードになっていた。慌てて設定を解除する。どうやら昨日飲み会から帰ったあと、電話で起こされないように音を消していたようだ。着信履歴を見ると山崎から何度も呼び出しが入っている。その怒りがコーギーに向かったのだ。
 これはすぐに助けに入った方がよい。灰江田は扉を開けてドットイートに足を踏み入れる。ピコピコした電子音の洪水が、二日酔いの頭に容赦なく響いてくる。カウンターの奥にいるナナが、あら重役出勤ねといった様子で、氷のような視線を注いできた。カウンターに並ぶ、ゲームをしているおっさんたちの端には、常連最年少で登校拒否中の小学四年生、ちょっと小太りのサトシの姿もあった。ほんわかした様子は、世界最大の齧歯類カピバラに似ている。ドットイートの店内は、ナナの方針で禁煙になっているから、小学生がいても問題ない。
「ようっ」
 目が合ったサトシに挨拶をする。サトシの家は母子家庭だ。彼の母親は仕事のあいだ、年の離れた友人であるナナの店に息子を預けている。そのせいでサトシは、古いゲームに触れて遊び始めた。この世代で、三十年近く前のゲームを遊び倒しているのは珍しい。サトシがレトロゲームにはまったのは、常連客の影響が大きい。猪(いの)鹿(しか)蝶(ちょう)と呼ばれるヌシ的存在の三人が、サトシにやるべきゲームを与えていき教育した。全員四十代後半で独身だ。彼らの姿を、灰江田は確認する。
 カウンター席の奥で、倉庫番をプレイしているのは、パズルゲームマニアの髭の英国風紳士、猪股恵介(いのまたけいすけ)だ。小規模なトランクルーム事業を経営しており、妹に会社を任せてほぼ毎日来ている。彼は家にある大量の本を整理しているときに、その事業を思いついたそうだ。
 その隣で、スペランカーをしているバンダナの筋肉男は、鹿本高明(しかもとたかあき)だ。アクションゲームで彼の右に出る者はいない。スタントマンらしいが、いつもドットイートにいる。ゲームの真似をして、ジャンプしたり壁を登ったりしているうちに、その道に入ったと言っていた。
 最後の一人、沙羅曼蛇(サラマンダ)を遊んでいる眼鏡の男は高蝶譲(たかちょうゆずる)だ。サイクリングショップ連射の店長で、店に客が来ると、母親から呼び出しの電話がかかってくる。親の代からの自転車店で、店名は自分の代で改めたそうだ。降ってくる雨を弾幕と呼んだりする、シューティングゲーム脳の男だ。
「ねえ、灰江田さん。コーギーさんが困っているみたいだから、早く助けてあげたら」
 サトシは、ドットイート特製のコイン型クッキーを口に運びながら、のんびりとした口調で言う。うっ、小学生に突っ込まれるとは。灰江田は、ゾンビのような足取りで店内を歩き、コーギーと山崎の前まで移動した。
「おはようございます、山崎さん。ちょいと野暮用があって遅くなりました」
 努めて明るく灰江田は言う。
「もしかして、いま起きたの灰江田ちゃん。おはようございますって、もうお昼を回っているから、こんにちは、だよね」
 いやいや業界的には、この時間なら平気で「おはようございます」でしょう。山崎の嫌みに卑屈な笑みを返して、灰江田は椅子を引いて腰を下ろした。
「それで山崎さん。どういったご用件ですか」
 窓際で聞いていたので知っているが、あえて尋ねる。
「先月、お宅から納品してもらったゲームなんだけどね」
 先ほどの話を山崎は繰り返す。同じテーブルを囲んでいるコーギーは、おろおろしながら灰江田の言葉を待っている。落ち着けコーギー。そんなことだから、交渉事が上手くならないんだぞ。灰江田は突っ込みたくなるのを我慢する。
「山崎さん。その件については、俺はきちんと警告しました。ゲームと関係のない権限をたくさん要求すると、ユーザーからクレームが来ますよと。きちんと、やり取りのログも残っています。うちとしては反対した。しかし、白鳳アミューズメントさんの強い意向で実装した。それがこの件の経緯です。うちに落ち度はなにもないですよ」
 きっぱりとした灰江田の台詞に山崎はうろたえる。

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新潮社
2018-03-16

この連載について

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柳井政和「レトロゲームファクトリー」

柳井政和 /新潮社yom yom編集部

失踪した伝説的ゲームクリエイターの謎を追え――。 『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』で小説家デビューを果たした プログラマー・ゲーム開発者が贈る、本格ゲーム業界小説! 電子書籍文芸誌「yom yom」に...もっと読む

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ruten 小説『レトロゲームファクトリー』のcakes連載第7回が、金曜日に公開されました。ゲーム好きの人も小説好きの人も是非。 https://t.co/Y9MP5LiiEg #cakes #小説 #ゲーム #レトロゲーム https://t.co/pAcrK43748 4ヶ月前 replyretweetfavorite