第221回 瞬間の速度(前編)

《微分》について、わかっていたはずなのにわからなくなったユーリが考えたことは……「関数を組み立てよう」シーズン第1章前編。
登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

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の部屋

ユーリ「お兄ちゃん、ビブンって何?」

「え?」

いとこのユーリは中学生、 しょっちゅうの部屋にいりびたっている。 今日はいきなり質問だ。

ユーリ「だから、ビブンって何?」

「微分? ねえユーリ、これと同じ会話したことない?」

ユーリ「タイムループ」

「微分だったら、何回か説明したことあるよね」

ユーリ「お兄ちゃん、いつも《わからなくなったら、何度でも聞き直していいんだよ、かわいいユーリ》っていうじゃん。だから聞いてるの」

「ちょっと質問いいかな。また、例の友達と数学クイズでバトってるんだね?」

ユーリには数学好きの友達がいて、いっしょに問題を解き合ったりしているらしい。

ユーリ「ふっ……勘がいいお兄ちゃんはキライだよ。あのね、微分のこと《瞬間の変化率》だって教えてくれたじゃん?」

「強いて一言でいうならそうなるよ。点が動く速度を例にして計算したよね。《位置のグラフ》から《速度のグラフ》を作ったりして」

ユーリ「でもね、ユーリわかんなくなっちゃったの! 問題はこれ!」

ユーリのグラフ

「なるほど?」

ユーリ「ね?」

「いやいや、『ね?』じゃないよ。このユーリのグラフが何なのか、説明してくれなきゃわからないよ」

ユーリ「だからさー、ここの折れてるところの瞬間はどーするかって問題」

「いやいや、『だからさー』じゃないよ。このユーリのグラフはどんなもののどんな状況を表していて、何が問題になっていて、ユーリが疑問に思っていることは何かを順序立てて説明してくれなくちゃ。そうしないと、さっぱりわからない」

ユーリ「うー、めんどい」

「よろしく、ユーリ先生」

ユーリ「こんなふうにして、僕たちの旅が始まった。このときには、未来にどんな困難が待ち受けているのか二人とも想像できなかったのだ……」

「ナレーションはいいから」

ユーリの説明

ユーリ「あのね、時刻$t$のとき位置$x$に点$P$があるの」

「なるほど。数直線上に点$P$があると」

ユーリ「そーそー。さっきのユーリのグラフは点$P$の動きを表してるつもり」

「時刻$t$と位置$x$の関係を表した《位置のグラフ》ということだね」

ユーリ「でね、ここの折れてるところがわかんないの」

折れてるところ

「いきなり話を飛ばさないでほしいなあ、ユーリ。そもそも、点$P$がどんなふうに動いているか、ユーリはわかってるの?」

ユーリ「わかってるよん。点$P$はずっと同じ速度で動いているんでしょ。時刻が$1$になるまでは」

「そうだね、この点は等速直線運動をしてる」

ユーリ「点$P$は時刻$1$まで等速直線運動をしてきて、時刻$1$で急ブレーキ掛けて止まったの」

「うんうん、その通りだね。ところでユーリは、どうして《止まった》ってわかったんだろう」

ユーリ「来たな《先生トーク》」

「茶化すなよ」

ユーリ「だってね、時刻$1$からあとはずっと位置が変わらないもん。位置が変わらないってゆーのは《止まった》ってことじゃん」

「そうだね。じゃ、どうして《急ブレーキ掛けた》って言える?」

ユーリ「グラフの通りでしょ?」

「そうなんだけど、グラフのどこをどう見たら《急ブレーキ掛けた》って言えるか、って聞いてるんだけど」

ユーリ「うーん……わかるんだけど、なんて言えばいいかわかんない」

「思った通り言ってみたら」

ユーリ「あのね、かくんってグラフ折れてるから。折れてるから《急ブレーキ》だなってわかる」

「そうだね! もしも、急ブレーキ掛けるんじゃなくて、スピードをゆっくり落として止まったのなら、こんなグラフになるはずだからね」

スピードをゆっくり落として止まった場合のグラフ

ユーリ「それっ! それそれ!」

「びっくりした。何が?」

ユーリ「ユーリがお兄ちゃんに聞きたいことがそれ! いまお兄ちゃんが描いたグラフだと、点$P$が止まるまで時間が掛かってるよね?」

「そうなるね。だんだん遅くなって止まる感じだ」

ユーリ「でも、ユーリのグラフだと《時刻$1$までの速度は$0$ではない》けど《時刻$1$からの速度は$0$である》よね?」

  • 時刻$1$までの速度は$0$ではない
  • 時刻$1$からの速度は$0$である

「うん、それでまちがいないよ」

ユーリ「だったらね、その境目、時刻$1$の《瞬間の速度》はどーなるの?」

ユーリの疑問

「なるほど。ユーリの疑問はすばらしいなあ」

ユーリ「ねーねー、時刻$1$の《瞬間の速度》はどーなるの?」

「ユーリはどう思う?」

ユーリ「ユーリはね、時刻$1$のぎりぎり直前までは速度$0$じゃなくて、 時刻$1$から速度$0$になるんだと思ってる。 だから『時刻$1$の《瞬間の速度》は$0$である』と思ったんだけど……でも」

「でも?」

ユーリ「でも、あんま自信ない」

「いろいろ考えたんだろ?」

ユーリ「うん、あのね、お兄ちゃんから微分の計算って教えてもらったじゃん。ほらほら、$t^2$を微分すると$2t$になるってゆーの(『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』参照)」

「そうだったね」

ユーリ「それを使えばわかる! ……って思ったけど、でも、ユーリのグラフだと、折れてるところはちょうど式の境目になってる! それでわかんなくなった。ビブンって何? 瞬間って何? 動いた点が止まるだけなのに、何でこんなにごちゃごちゃするの?」

「ねえ、ユーリはすごいよ。よくそれだけしっかり考えられるなあ。時刻$1$の《瞬間の速度》を考えるときは『めんどくさいからいいや』って言わないんだね」

ユーリ「だって、気になるし。時刻$1$より前の速度が$0$じゃないのは確実でしょ。だって動いているから。 それから時刻$1$より後の速度が$0$なのも確実。だって止まっているもん。 でも、時刻がちょうど$1$のとき……その瞬間だけ速度がわかんない。 そこだけわかんないって気持ち悪い……そんで、答えは?」

ユーリは目を輝かせてにせまる。

「答えは、決まらないになるね」

ユーリ「決まらない! そんなのアリなの?」

「うん。あくまで点$P$がユーリのグラフの通りに動いた場合だよ。そのときには時刻$1$の《瞬間の速度》は決まらないんだ。だって、点$P$の位置$x$を時刻$t$で微分しようとしても、時刻$1$のところでは微分できないから」

ユーリ「微分できない! 超ショック。そんな答え、あるんだ? うわー、納得できなーい!」

「微分の定義から論理的に説明できるよ」

ユーリ「難しい話で煙に巻かれるのか……」

「そんなことないよ。ユーリにわかるように説明するから大丈夫」

ユーリ「よろしく、お兄ちゃん先生」

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数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の女子高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わってください。本シリーズはすでに何冊も書籍化されている人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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コメント

hyuki 金曜日は『数学ガールの秘密ノート』の日。最新回は今回(作者体調不良で)お休みですが、過去記事の無料リンクを二つツイートします。 公式 6ヶ月前 replyretweetfavorite

chibio6 εとδが出てきた。ところで基本的なx^2の積分の公式を思い出すときにいつも速度と距離のグラフから考えてしまう… https://t.co/z2zytGqpBL 6ヶ月前 replyretweetfavorite

j0hnta0 ユーリの疑問はすばらしいなあ: 6ヶ月前 replyretweetfavorite

inaba_darkfox 中学レベルで微分のさわりをやろうとしてる・・それと唐突のハガレンネタ( 6ヶ月前 replyretweetfavorite