先日、チェーン系の牛丼屋で食事をしていたときのこと。私は一人でカウンター席に座っていた。隣にはサラリーマンの男が一人で座っていた。しばらくすると、男が私の前のポットを取ろうとした。水をいれたかったんだろう。
「フスッ」
男は、鼻からそんな音を出した。これは単なる息の荒い中年ではなく、意味のある吐息である。牛丼屋のカウンターで人の前にあるポットを取る場合、「フスッ」と言ってから取ることがあるのだ。要するに、この鼻息は「すみません」を意味している。
事実、男が水のポットを取りながら「フスッ」と息を出したとき、私も反射的に「フスッ」と息を出していた。これは、日本語で丁寧に表現するならば、
「すみません、あなたの前のポットを取らせていただきます」 「ええ、どうぞどうぞ」
ということである。それが鼻息と鼻息にまで簡略化されている。そして別にそれを失礼だとは感じない。「フスッ」をそのまま受け入れている。「あなたがいることは認識していますよ」と伝えるための最低限の挨拶になっているんだろう。
たまに丁寧な人がいる。鼻息ですませず、「ちょっとすみません」と言ってくる。牛丼屋のような場所では、これだけでも結構珍しい。手をチョップのように動かしてから取る人もいる。これも鼻息よりは丁寧である。ただ、それでいちいち感心することもない。牛丼屋で男が黙々と牛丼を食べているとき、だれも丁寧さなんかを求めていないからだろう。
もしも隣の席の男にこう言われたら
こうした状況では、むしろ丁寧な言葉で言われたほうが違和感が生まれる。たとえば隣の席の男が私の肩をぽんぽんと叩き、
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