身内で性的な話をするのは、とても難しい

小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する日々を綴るこの連載。今回は子供の性教育について考えます。森さんが自らの思春期の記憶をふまえて指摘する、性を抑圧することの危うさとは?

先日、子持ちの友人達とお茶していたら、話題が「子供への性教育」になった。性についてオープンに語り合える家庭にするべきか、それとも隠したほうがいいのか。子供を持つ親なら、誰もが直面する悩みだろう。

私には子供がいないから、子供を交えての性教育を説く資格はない。私にできるのは、過去、私の家庭がどうだったかを暴露するくらいだ。これはあくまで推測だが、基本的に昭和と平成の「家族における性教育」はそう変わっていない気がするのだ。

2時間サスペンスドラマが始まった途端に……

昭和を代表して、私の生い立ちを綴ってみよう。私の亡き父は国家公務員(自衛官)、生みの母は専業主婦、育ての母は着物の先生という、かなりかたい家庭環境だった。起床時は敬語で父に挨拶し、一礼しないと激怒された。食事は、父が箸をつけるまでおあずけである。お正月はもっとすごい。まず家族全員横並びになって神棚に最敬礼し、母、姉、私の順で父がお年玉を渡していくのだ。この慣わしは父が亡くなる寸前まで続き、私は三十路を過ぎても父からお年玉をもらっていた。

家族の団欒はどうかというと、2時間サスペンスドラマが始まった途端に、私は固唾を飲む羽目になる。視聴者が期待するのは殺人ではなく殺人の動機、すなわち強姦シーンだが(現場には都合よくガラスの灰皿とか銅像などが設置してある)、私は一度もその見せ場に遭遇できなかった。強姦の3歩手前だと思われる男と女の視線の絡み(まだ手も絡んでいない)が映されると、父はけんもほろろにチャンネルを変えてしまう。

私は唇を噛み、寝室に引っ込む、ふりをして、階段の踊り場でたたずみ、父がチャンネルを戻すのを待った。固唾を飲んで数分後、テレビ画面が切り替わってみれば、服ビリビリで震え慄く主演女優とパンツ一丁で死んでいる脇役俳優、転がったガラスの灰皿(または銅像)、という、すっかり乾いたシーンになっている。まあ、そのおかげで想像力がたくましくなったともいえるのだが。

男子から私あてに電話があったら、父は私に変わる直前に受話器に向かって「早く切れよ」とドス声で言う。

欲を強引におさえつけてしまうのは危険
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アラフィフ作家の迷走性活

森美樹

小説家の森美樹さんは、取材や趣味の場で、性のプロフェッショナルや性への探究心が強い方からさまざまな話を聞くのだそう。森さん自身も20代の頃から性的な縁に事欠かない人生でした。47歳の今、自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する...もっと読む

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marekingu #スマートニュース 2年以上前 replyretweetfavorite