哲学と冒険

内側と外側をひっくり返すための方法

行動、思考、遭遇、あらゆる僕自身にまつわる、その日常のこと、毎日接する物事、それがすべて僕の思想であり、それが僕の哲学であり、それは言語よりも前にある。先にある。先にあるものを僕は毎日生きている。息を吸いながら、それらを見ている。食べている。食べながら、何かをつくろうとしているわけではない。それによって何かをつくりたいわけではない。僕はただそうやって生きたいだけだ。僕は毎日、原稿を書き、絵を描き、歌をうたい、人々と出会い、本をつまみ食いし、画集をつまみぐいする。だいたい毎朝8時更新。お休みすることもあり。


2018年4月14日

 朝から、原稿を書く。10枚書き上げる。それで、頭に聞く。体に聞く。躁鬱の波は穏やか。そういえば、今日は16年の熊本での大地震の日だ。なんでこうも地震にばっかり遭うのか。16年の地震では僕はすぐに熊本から逃げて横浜へ行った。逃げたことで揶揄されたりもした。しかし、かまうもんか。逃げるが勝ち、勝手に逃げろ。とにかく僕はすぐに逃げる。自分が落ち着かない場所にいると、どうも体がおかしくなるからだ。おかしいと感じた時点ですぐに逃げる。3月11日のときもそうだった。あのときもまたそうだった。体が感じたことに素直に動く。素直に逃げる。まず発端は零塾という僕がはじめた無償の学校からだった。零塾をはじめたときもお前は何をやっているのかとまわりにいろいろと言われた。でも、体がそう動いたから仕方がない。とくに理由はない。体が動いていた。体のほうが知っていることもある。僕が考えることができることには限界がある。自分が賢いなんか思ったら、もう終わりだ。でも体は賢い。なぜなら体は体にとって素直に重要なことしか要求してこないし、行動もしないからだ。だから、困ったときは自分の体に聞く。僕はいつもそうしてきた。零塾にきた人が山口の上関原発建設について調べていて、それを聞いて原発など知らなかった僕が現地に行ってみようと体が反応した。そのときの異常な戦いが僕にどんどん違和感を感じさせ、それでDOMMUNEで原発の番組をやろうということになった。この間、一週間も経っていないと思う。そのまま鎌仲さんと飯田さんを呼んで、番組をしたが、そのとき、飯田さんが「福島双葉町の原発が危ない。あれはもう古い建築で、地震が起き、それで津波がきたら30分で電源停止してしまう」と言った。「そのときどうすればいいんですか?」「その途端に、セシウムとプルトニウムとヨウ素がばら撒かれるの直径300キロの円の外にはいたほうがいい」という言葉を聞いたのが2011年の3月4日。本当に嘘みたいな話なのだが、その一週間後に本当に双葉町が爆発してしまったのである。

 だから逃げた。僕はもともと現実と夢が混ざっている。すぐに逃げた。妻はわかっていなかったが、僕が映画『ヒバクシャ』を見せて、それで納得してくれたのか、すぐに一緒に逃げた。あのときも妄想野郎だと笑われたなあ。それでもかまわない。逃げることを忘れたら人間終わりだ。それは動物本能である。逃げるのは、ただ生きることに近い。その場にいて、仕事? バイト? 学校? そんなことしてどうする。いつでも逃げるいつでもどうなってもいいように動く。僕は自分の生き方をそうすることにしている。だからこその貯蓄。だからこその仕事のつくりかた。だからこそ依頼を受けない。そうやるしかない。それはただ本能のままに動けるようにするための方法。動物が死んだら、自分の体のけものが死んだら、生きていても面白くない。面白いから生きる。僕はそれだけだ。ルー・リードは「人生は遊園地だ。遊具にはぜんぶ乗れ」と言った。言っちゃいけないことを平気で言う。人が危険を感じて、身を引き締めて硬く止まっているときに、恐怖心なく、平気な顔で歩く。そのイメージ。それをするための日常。いつかのクライシスのための日常。毎日をクライシス状態で生きる。そうやって練習していくしかない。

 今日は疲れた。風呂に入りたい。僕は家を出ると、裏道を歩いていった。料亭瓢箪へ。料亭といっても、別に看板も何もない。感じのいい家だが、平家の小さな一軒家である。朝顔のつるの塀が心地よい。いい緑。がらっと扉を開けると、カジ子さんがいた。ここはカジ子さんの家。自分の家。ところが、ここが僕たちの仲間にとっては料亭であり、ここは休憩所、治療所、ドラクエの宿屋、薬屋、カジ子さんは代々、忍者たちの薬をつくっていた漢方屋、もちろん、忍者につくっているなんていっても誰も信じないから、普段は誰もが愛用する薬屋。ここの薬は、万能薬なので、僕も毎日飲んでいる。厚労省はほとんどのこういった昔からずっと続いてきた和漢薬を根絶やしにしてしまった。今も残っている和漢薬は少なくなってしまった。僕はいつも電話もかけずに訪ねる。カジ子さんはそれでも優しく受け入れてくる。縁側が気持ちいいから、ここで横になるだけで、楽になるのだ。カジ子さんは生きている心臓の研究者でもある。僕はカジ子さんから心臓について本当たくさんのことについて学んだ。カジ子さんとの付き合いは僕が15歳のときからである。家に入ると、すぐに太刀魚のホイル焼きとヒラメの刺身を出してくれた。カジ子さんは砂糖も酢も一切使わない。砂糖の代わりにかぼちゃの煮汁を使う。酢は三種類の柑橘の汁を使う。カジ子さんから食べ物についてもたくさん学んだ。

 昼飯を食べたあと、横になり、カジ子さんにつまようじ針の治療を受け、そのまま小さな風呂場へ。ここは実は安土の時代からずっつ湧き続けている温泉なのだ。誰も知らない街のど真ん中の温泉。そこで体を癒す。休む場所をつくること。かつ体を本当に最適な状態で動かすこと。僕が関心をもっている次のことは医術だ。病院って名前は使うことができないが、医院という名前は使えるというのが面白い。医者はダメだが、医術家だったらいいのかもしれない。医術は、治すことではない。それは体の動きを知ること。体は自分の中に常に入り込んでくる他者である。一番はじめの外部、外界、知らないものだ。それをどのように知っていくか、つきあうか。いのっちの電話はただ助けるためではない。癒しの電話ではない。それは新しい体の使い方を見つけようとする態度である。一体、何をしようとしているのか。僕は今、熊本だ。明日から東京へ行く。そのための支度。離れた場所からでないと、変革することができない。意識に革命を起こしたい。それはあるかもしれない。みんなの頭をむちゃくちゃに撹乱したい。混乱に巻き込みたい。混沌であることがいかに正常であるかを伝えたい。確かにそういうところがある。そのための離れた土地、熊本。明治維新だって、熊本で何度も密会が行われた。その料亭は今も残っている。瓢箪はそんなまだ残っている不思議な建築なのだ。

「それに言葉だ。いったい言葉はどこからくる?」

カジ子さんが聞いてきた。

「真実を見出すために砂金取りのように喋りまくるだけよ、川の底を漁り続けるだけ。思考の底を。すべての小石をあらいざらいあさるだけよ。値打ちにならない言葉ははねのけていくだけ。嘘や誤りを選り分けるには時間かけることしかできんし」

 本能にしたがって生きること。それを自分で認めること。けものであると認めること。誤ることも認めること。嘘をつくことも認めること。それは砂金取りの作業だ。つねにもう一つ別の、対照的なものが、その存在が必要となる。これは遊びである。それでも失敗すれば窒息し死んでしまうような、そういう類の遊戯である。それでも、遊戯をやらずに、言われた通り、体に嘘ついて生きるよりもましであるばかりか、それらの行為が、いかに人間をあざむいているのか、人間の体に反しているのか、人間の体ってのはそんなもんじゃない、もっと闊歩し、飛び回り、牛若丸などほとんど人間みなのことをさしているだけで、登場人物などもとからいないのだ。あるのは体。お前の体。僕は人々を動物や植物や鉱物や気象の次元に、ひきずりこみたい。人間である前に、体、細胞であることを感じるための、行為。それこそ日常である。それが冒険であり、それをつねに生きること、つまり、自分の頭がつくりだした論理に瞬間的に、つねに一秒一秒ごとにそのまま時間が生まれるままに抗うこと、僕は理屈を言っているわけではない。今日は休めとカジ子さんは言った。だから僕は体を休めている。

 人に会わずにいる。今日は家族からも離れている。

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坂口 恭平
エランド・プレス
2015-07-31

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哲学と冒険

坂口恭平

行動、思考、遭遇、あらゆる僕自身にまつわる、その日常のこと、毎日接する物事、それがすべて僕の思想であり、それが僕の哲学であり、それは言語よりも前にある。先にある。先にあるものを僕は毎日生きている。息を吸いながら、それらを見ている。食べ...もっと読む

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