哲学と冒険

技術としての素直

行動、思考、遭遇、あらゆる僕自身にまつわる、その日常のこと、毎日接する物事、それがすべて僕の思想であり、それが僕の哲学であり、それは言語よりも前にある。先にある。先にあるものを僕は毎日生きている。息を吸いながら、それらを見ている。食べている。食べながら、何かをつくろうとしているわけではない。それによって何かをつくりたいわけではない。僕はただそうやって生きたいだけだ。僕は毎日、原稿を書き、絵を描き、歌をうたい、人々と出会い、本をつまみ食いし、画集をつまみぐいする。だいたい毎朝8時更新。お休みすることもあり。


2018年4月12日

 朝から起きて、すぐに依頼されているCMソングに合いそうなメロディーが浮かんできて、それをスケッチする。スケッチしながら、スケッチについて考える。僕はいつもこうなる。自分がやっていることを、やりながら、そのやっている行為のことをつい考えてしまう。スケッチ。手を動かして鉛筆でスケッチする。頭の中にあるものを。もしくは現実の目で見たものを紙の上に置き換える。これはどちらも同じ作業というか、それはトンネルを掘る作業に近い。頭の中、夢で浮かんでいることをスケッチする、まだこの目では見ていないものを、それでも目の裏側でははっきりと見えているものを、現実で観察できるものにする。一方、現実の風景をスケッチすると、現実のその三次元の物体や植物や人が、紙の二次元に移行していくときに抽象化していく。もしくは自分の中の具体的な感覚はくっきりと表される。そうやって、双方向に作業をすることで、少しずつトンネルができていくのだが、それはどんなトンネルか。そのことを何かの言葉で表してみたいという感情をもった。僕はいつも表してみたい。つい表してみたい。しかし、人間というもの、言葉を見つけたのはそういう気持ちからだったはずだ。だからいつも、僕は言葉を何気なく使うよりも、その使っている言葉がどうやってできてきたか、もしくは新しい言葉をつくってみたい、でも、それをこれまでの言葉の組み合わせでやってみたい。独自の言語というわけではなく、今すでにそこにある言葉を使って、それでもまだ表せていない感情を、感覚を、その抽象を表してみたいと思う。その言葉にならないもの、それ自体がトンネルであり、スケッチはそのためのハツる道具である。土を掘ることをハツると労働現場では言っていた。あのハツる感じで、ギターを弾いた。今はギターでスケッチしている。気づいたら、三曲もできていた。それをすぐプロデューサーに送った。とりあえずは返事を待とう。

 ああ、僕は本当に人に歌をつくって送ることが好きなんだと思った。CMだろうが、いのっちの電話だろうが、幼稚園だろうが、関係なく、ただ僕は歌をつくって人に贈るのが好きなのだ。そういう毎日を過ごしたい、と思いつつ、そういう毎日を過ごしているのかもしれない。こう感じたときは素敵だ。素直に喜びを感じる。そのままCMソングだけでおさまらずに、音日記、歌日記のように、新しい歌がどんどんできた。とりあえずiPhoneボイスメモに残しておくことに。その後、橙書店へ。店主の久子に『哲学と冒険』を朗読して読み聞かせた。久子は僕の小説担当なので、今回の不思議な文はどういう反応をするのか少し緊張をした。久子は今、僕の書いた原稿すべてを読んでくれている、編集者ならぬ<読者>である。僕には編集者も必要だが、いつもただフラットに読んでくれる読者が必要である。久子がその役目を担ってくれている。そして、僕の文を毎日、読んでくれている人がもう一人いる。彼女は僕の大事な人だ。彼女は、すべての文を読み、絵を見て、歌を聴いてくれている。感想も少しだけだが、それでもすべてにわたって、常に感じ取ってくれる。作品として、世に出す前に、通過させる大事な二人の読者である。今回の『哲学と冒険』はまさに今までは、出す前に読んでもらっていた、この二人に渡していたような感覚で、書いている。僕の脳みそと直接接続させるような試みのつもりだ。読んでくれた久子は開口一番「面白い。そして、これも小説としても読めるね」と言ってくれた。ちょっとほっとして、さらに加速させていこうと思った。

 その後「『09081064666』は書かないの?」と聞かれた。この僕の携帯番号がタイトルの変な本は、「独立国家のつくりかた」「現実脱出論」と続けて書いてきた講談社現代新書の三部作完結編になる予定の本である。書こうと思いつつも、なかなか手が出せていなかった。ふと久子に言われ、僕はその気になって書いてみることにした。僕はいつもすぐその気になる。人が言ってくれたことをただ素直に受け取る。これは僕が素直ってことじゃなく、僕は技術として素直でいるような気がしている。素直さというのは技術であって、性格ではないと思っている。素直でいると、人の意見がそのまま、アイデアとなり、アドバイスとなり、はげましとなり、愛情となる。だから、それは必ず育つ。そして、他者がみると、その当人には決して見つけることができない当人の長所が見つかる。だから、素直さは技術として、ちゃんと磨いていくといいと僕は思っていて、それを実践している。どうするかというと、簡単なことだ。ただ耳をすます。それだけだ。いや、でも、僕は、とか言わずに、ありがと、それやってみる! と言ってみるだけである。結構、簡単で、しかも効果抜群なので、みんなも試してみたらいい。その代わり、僕は人から「それやってもうまくいかないんじゃない?」と言われたら、ほとんどの確率で、聞いたふりをする。「こうやったらいいんじゃない?」と言われたら、すぐやる。自分が行動するためのトリガーとして徹底的に人を信用してみる。僕が持っている技術は、人のよさがすぐにわかる、ということなのだが、僕自身のよさはなかなか見つけることができない。だから、その装置を徹底的に外注している。

 久子が「朗読聴いてたら、なんか講談を聴いているみたいな感じがするよ。文章もいいけど、落語のCDみたいに音源にしたらいいのに」と提案してくれた。ナイスアイデア。素直に受け取る。一週間ごとに通しで朗読して音源化してみることにした。すぐに担当編集者の梅山に電話し、その旨を伝えると「おー、いいねえ。冴えてるねえ。じゃあ、一週間ごとにその音源をアップしてみよう。文章は無料なんだから、音源は有料にしてもいいんじゃない」とさらにトリートメント。なるほど。それでいってみよう。時間にして3分。こうして、次の方法論が決まった。これでこそ僕の仕事である。しかし、冴えてるのは、僕ではなく久子であった。今回は。そして、さっきその気になった「09081064666」の冒頭を書いてみることにした。1時間で4000字が完成した。「あんた、よく毎日、毎日、原稿10枚書き続けられるよねえ。ずっと横で見てるけど、ありえないよ……」と久子。その言葉を聞いて、嬉しくなった。僕は人に話をし続けてばかりで、おしゃべりで、思いつくことをすぐに話していたときはよく「お前、うるさいよ」と言われていたが、それを書くようになって、丸10年目がたったが、書いていたら「うるさい」とは言われない。これは嬉しい変化である。しかも、残る。それをどうにか自分の仕事にする実験をし続けている。しかも、おしゃべりのほうも止めることができない。それは「いのっちの電話」に変換させている。僕がいのっちの電話をやっているのは「とにかくいつでもしゃべりまくりたい」という僕の強い力が原動力となっている。それもうまく変換できてよかったと思う。とにかく人間には力がある。しかし適材適所させるためには変換が必要であり、いのっちの電話でいつも感じるのは死にたい人というのは、その変換がうまくいっていない状況に陥っていることが多いため、うまく変換する「他者の意見」を少しだけ提供するだけで、ちゃんと生まれ変わったかのようにその力を転用させることができるし、その力は、つまり死にたいほど悩んでしまう力は、尽きない力でもあるので、うまく変換できると永遠に継続させることができる。

 09081064666の原稿をすぐに講談社の担当川治くんに送信。川治くんからすぐに電話が「明日、坂口くん40歳でしょ? 誕生日だったよねえ。なんかそろそろ原稿くるかなあと思っていたところだったからびっくりした」とのこと。「原稿ばっちり、これで行ってみようよ」と言われた。僕はすぐ本を書きはじめると頭に浮かんでいるイメージを伝える。これもまたスケッチ。「今回は8~9万字。原稿用紙200枚強くらいのイメージ。8章ぐらいあって、ゲームブックみたいな感じ、死にたい人が冒険をして、読了後には死にたくなくなっているような本、死ねない本」とイメージスケッチを伝えた。書き始めたときにまず分量と本の形が見える。それが見えたときは大抵うまくいく。今回も帯文あたりまで見えたので、いけるような気がする。ようやく「09081064666」がスタートしそうだ。毎日10枚書くと、二十日で仕上がる。僕の場合はいつもこうやって単純な計算である。今年は年明けから500枚の書き下ろし新作小説、さらに次の新作小説も150枚書いていて、この調子でいくと4ヶ月で800枚ペース。編み物のおかげで体が本当に変わった。下半身が鍛えられている感じがする。書くという仕事の筋トレは編み物である。また新しい本が誕生すると思うと、嬉しくなった。さらにこの『哲学と冒険』について、これは毎日10枚書き続けているので、一ヶ月で300枚になる。これは毎日日々は続いていくので、必然的にそうなる。というわけで、一冊の本が大体300枚くらいなので、毎月一冊書き下ろししていることになる。これをそのまま文庫本にしたらどうか? と考えついた。とにかく、実行する前に相談する。これが僕の仕事の鉄則なので、相談役デザインチームのミネちゃんに電話をする。ミネちゃんはスペクテイターのADをしている。僕の本だと思考都市を担当してくれた。ミネちゃんはいいね、面白そうだね、見積もり出したいときは言ってね、印刷所あたってみるよ、文字データーをつくるのも手伝ってあげるよ、と言ってくれた。方法として考えたのは、フリーペーパーにするってこと。3000部くらい刷ったらどれくらいの金額になるのだろうか。『哲学と冒険』がそのまま無料の雑誌になったら、手で持って読めるようになったら面白いと思う。その金額を、僕の絵を売って集めて、それで印刷して、本自体はフリーペーパーにしてばらまくというのはギャグみたいで楽しいかもしれない。損しなければ、得しなくてもいいかなと思った。ま、やっていくうちに見えてくるだろう。そんなこと考えていたら、頭にリョウのあの1億円税金DIY獲得計画がぽんと頭に浮かび、そのまま僕のネットショップでいろいろ売ってみることにした。僕の仕事は子供のお店屋さんごっこの延長である。あのときに感じた興奮、高揚が今もぼくを掴んで離さない。というわけで、お店もオープンした

 仕事はちょっとこれくらいにして、次は散歩に出かけた。

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坂口 恭平
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哲学と冒険

坂口恭平

行動、思考、遭遇、あらゆる僕自身にまつわる、その日常のこと、毎日接する物事、それがすべて僕の思想であり、それが僕の哲学であり、それは言語よりも前にある。先にある。先にあるものを僕は毎日生きている。息を吸いながら、それらを見ている。食べ...もっと読む

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