哲学と冒険

1億円を割り算してみたら

行動、思考、遭遇、あらゆる僕自身にまつわる、その日常のこと、毎日接する物事、それがすべて僕の思想であり、それが僕の哲学であり、それは言語よりも前にある。先にある。先にあるものを僕は毎日生きている。息を吸いながら、それらを見ている。食べている。食べながら、何かをつくろうとしているわけではない。それによって何かをつくりたいわけではない。僕はただそうやって生きたいだけだ。僕は毎日、原稿を書き、絵を描き、歌をうたい、人々と出会い、本をつまみ食いし、画集をつまみぐいする。だいたい毎朝8時更新。お休みすることもあり。


2018年4月11日

 朝から思いついたこと。お金の価値なんてどうでもよくなっている。腐ってしまっている世の中なんだから。そこで流通しているものを拾おうとしてもたかがしれてる。それよりも次のこと。次のことを考えたほうがいい。それはこの世にないものではない。どこにでもちらばっているものであり、誰もが放置しているもの。それは人間。僕は次の人間の集まり方をずっと考えている。そのためには酋長がやっぱり必要だと思っている。酋長入門だと思って、僕は勝手に自分の人生を生きることにしている。人に言うと、笑われるかもしれないが、僕はこれを本気で思っているところがある。ところで、本気で思っていない、思っていることなんか一つもない。思っている、感じている、考えていることはどれ一つとして、本気である。だからこそ、面白い。だからこそ、価値がある。もちろん、これは誰かの価値になるか知らない。なんの価値もないものかもしれない。他者の価値ではなく、自分の中でその石ころは宝物なのである。人間は宝物を自分で決める。もともとは自分で決めていた。みんなも宝物をもっていたはずだ。そのままでいいんじゃないかと思っている。そのままに進ませてみるのだ。誰も見てはいない。どうせ一人だ。一人でこそっと進ませてみる。それが生きるってことじゃないかと僕は思うのだ。人の判断、評価は後回し、まずは自分が鉱脈を感じているか。自分の鉱脈はすでにある。それは生まれてからずっとある。だから探す必要はない。

 探さないこと。ただ持っているもので、進ませてみること。装備しないこと。丸腰で進ませてみること。形式が様式となる瞬間。この書き方が、この文章がなにかわからない。日記なのかすらわからない。日々の雑念かもしれないが、僕の中で全体を見通すと感じることのできるタッチ、絵筆の動きがある。それがそのまま創造と結びつくというか、創造となって生まれ変わる。樹木のように伸びきる。伸びきって果実をつける。果実を食べる猿、猿を眺める月、空の色や、それが映り込む水面の波紋が一つ、二つ、少しずつ広がっていくと、一隻の船体にぶつかり消えていった。その船に乗っているやつは僕じゃない。誰か。それが誰かを覗き込むのではなく、葦原のかげからただ呆然と眺めること。フレームから飛び出した状態で、出演している人間か、撮影している人間か、僕はどちらでもなく、ましてや金などもらっていない。ヒッチコックのあの鳥たちのように出演料はもらっていない。それでも鳥は生きている。鳥はどこかから飛んできた。渡ってきたその道のりのことも映像に浮かび上がってくる。その全体、それが僕の動きであり、僕というものはほとんど霧となり、僕はもう粒となって、そこらじゅうに点在している。どこにもいないのではなく、どこにでもいる。どこにでもいるのに、存在していない。存在感がない。存在しているのは、そういったあらゆるすべてのものたちである。気配は僕か。気象は僕か。僕はそういった全体の空気の流れとなっていたい。

 これは散歩している道筋である。曇ったり、小雨が降った。僕は橋の下で雨宿りをした。僕は雨宿りが好きで傘が好きでない。雨宿りをすれば、目の前にもう一人の男。足袋をはいた男がいて、ストロングゼロを飲んでいた。
「寝てたでやんすよ」
 男は僕の顔を見て言った。それはリョウだった。リョウは路上生活者なのか、音楽家なのか、鳶なのかわからない。金がないからなんでもするらしい。僕はときどき、リョウに頼む。リョウはなんでもやってくれる。車のペンキ塗り、外壁修理、ライブをするときのPA、ベース弾き、そして、いつも料理をつくってくれる。今日も僕は腹が減っていた。リョウはいつでも既製の食品をつくる。チョコクロ、吉野家、ロッテリアのフレンチフライ、リョウは自分が好きな食べ物をすべて自分で作り直す達人で、うまい棒も一本一本手作りだ。そういう店を出せばいいのに、と僕はいつも提案するのに、彼はそんなことしない。
「金なんてあってもしゃーがない」
 リョウはいつもしゃーがないと言う。それが未知の言語のように聞こえる。
「ところが、あんたは金がいりますぜ」
 リョウは言った。
「金?」
「そうでやす。公的資金でも流れてきたら楽しくなりまっせ。新政府ですか? あれをやればいいんじゃないですか? ビットコインとかリップルなんて、どうせ投機目的ですし、あんなん資本主義となんもかわらんでしょ。あんたなら、あれですか」とリョウはスマホを取り出し、「アプリかなんかつくりゃいいんですぜ」と言った。見せてくれたのは、村八分というゲームアプリだった。
「まず、なんもないんですよ。ここには。ただの土。まずわっしたちはミミズになっとるんです。ミミズは土を食べて土のうんこをする。これどういうことかわかりますやろ? うんこを食べてうんこをする。そのうんこはとても栄養があって、うんこじゃなくなる。土は不思議な通貨なんですな」
 リョウは僕にその村八分というゲームのルールを教えてくれているが、僕にはさっぱりわからなかった。
「恭平は1億円くらいいりますなあ」
「ほう、1億円」
「税金が1億円お前さんに支払われたら、面白い動きするとおれは思うんだけんどな」
「へえ。でも、すぐスキャンダルとか出て潰されそうだから、日本ではささやかに生きていくってことでいいよ。変に目立つより潜んでハリウッドあたりでドンと行きたい」
「でも、お前さんなら税金だってDIYできるはず。それを新政府国家予算にして村八分みたいな新政府ゲームアプリをつくるってのはどうだい」
 リョウはそう言いながら、橋の下にある自宅代わりのテントの中からなにやら計算書を持ってきた。
「なんだい、それは」
「ああ、これかい。これは1億円の割り算」
「割り算?」
「ああ、500円だったら20万回売って1億円、1000円だと10万回売って1億円ってやつよ。そうやって計算したことあるか?」
「ないよ」
「だからダメなんだ。まずは割り算するんだよ。それが人生だ。段取りってやつだな」
「お前さん500円で売れるものあるか?」
「文庫本だったらそれくらいかな」
「それじゃだめだ。お前さんにちゃんと500円入らないと1億円にならない」
「それなら最近、つくってるカルタかな? 消しゴムハンコでつくってる」
「それを20万枚売れば1億円」
「いや、それは不可能かな」
「1000円だったらなにを売る?」
「1000円なら電話越しに1曲歌うってのかな」
「それを10万回やれるか?」
「一日10人でも3650人だからたぶん無理だな」
「じゃあ1万円だったらなにを売る?」
「歌を即興でつくってあげるってのはどうかな? 」
「それを1万回できるか?」
「それだと一日に27人やる必要があるけど、それだったら一ヶ月でパンクしそう」
「そもそもお前がやろうとしている経済のシステムがおかしいんだよ。そりゃ1億円は稼げない」
「でもそれくらいの時価総額はあるつもりの仕事しているつもりだけどなあ。おかしいなあ」
「5万円だったらどうする?」
「5万円は僕の絵の卸価格だね。それだと2000枚で1億円か。一日6枚書いて1年で1億円いくか。あ、それだったらいけるかも。たいてい一日4枚描いているし。もう少しがんばれば。でも、それが毎日売れるはずはないけど」
「10万円だったらどうする?」
「僕が人を訪ねて、その人の前で歌を1曲つくって、いのっちの電話一生保証つきとかかな? でもそれ1000回やらないといけないから無理だな」
「100万円だったら?」
「その人のところにいって、ライブをして、絵を描いてあげて、料理をつくってあげて、一週間そこにいて、そのまわりの人の困ったことにも対応して、語らって帰ってくるとかどうかな?」
「それだと100回だぞ、いけるか?」
「うーん」
 リョウはノリノリでその計算書を見ながら話していた。
「しかし、どれか一つでやるってわけでじゃない。それらをがんがん混ぜて、なんでもやるんだよ。それで税金1億円をDIYすることができる。じゃな」
 そう言うと、リョウは現場で仕事があると言って、いなくなった。計算書だけはもらったので、手元に残っている。一体、どういうこっちゃ。しかし、今年はちゃんと自分で攻めて稼いで、それで0円行動をもっと先鋭化させるべきである、というのが初夢だった。というわけで、やってみようか。僕はいつもこうやってリョウみたいな変な知り合いが勝手に考えた話を、おそらくただの馬鹿話をついまじめに聞いて、それを実行してしまう癖がある。人がせっかく考えてくれたもの。粗末にするわけにはいかないのだ。というわけで、近日中にトライしてみることにしよう。もしも1億円が入ったら、僕はなにもいらず、0円でみんなに使い回していただけるし、いのっちの電話も雇用することができる。僕は今、いのっちの電話を、もっと拡張させたいと思っている。雇用をつくりだしたい。

 と、いろいろ考えていたら原稿どころじゃなかった。少し躁状態がはじまっているのかもしれない。担当編集者の梅山と電話で話す。
「ちょっと、お前上がってきてるから、とにかく今は抑制きかせとけよ。ツイッターはやめとこう。そのためのこの『哲学と冒険』だ。ここで暴れてくれよ。ここはただの自由な場所だ。ツイッターだとすぐ炎上するけど、ここは長い文章読まないとわからないから、こっちのほうがいい。ここでやれ、いいな?」
 梅山は僕という猛獣の猛獣使いである。ちゃんと頷き、言われた通り動くことにした。
「でも、何かきてるね。いい空気、風を感じるよ、この調子この調子」
 梅山は早々に電話を切った。そして、また電話。散歩しながらずっと今日は電話をしている。
「あのー、昨日電話しましたものですが」
 電話主は昨日の謎の電話をしてきた女性だった。
「あのークライアントが来てまして、電話で会議をしたいとおっしゃってます。いいですか?」

 僕は言われた電話番号をダイアルした。すると、すぐにパスワードを入力せよと英語の声が。メッセージで送られてきたパスワードを打ち込むと、英語を話す男性の声。英語で話している。そして、さっきの女性が翻訳してくれている。三者違う場所にいるようで、電話で三者会議がはじまった。彼は僕のことをウェブで知ったようで、とにかく新政府のこと、いのっちの電話のこと、モバイルハウスのこと、絵のこと、小説のこと、どこでそんなリサーチしてきたのか、僕のことを詳しく知っている。話によると、何かの映画に出演してほしいとか、そういうことのようだが、ただ出演、演じるってわけではなさそうで、お前のその新政府の世界観をそのまま具現化してみたい、『ファイト・クラブ』みたいに、しかも、これは世界で同時に参加できるゲームにもなっていて、アメリカのドラマシリーズとも関連している、トランプがどうのこうの、安倍晋三がどうのこうの、僕はまったく関心のない話が続いたが、彼は熱く、「お前みたいなやつは生まれて初めてみた!」と英語で言っていた。興奮していた。それで僕も面白くなって、つい自分の考えていることを英語で伝えた。彼はもっと興奮した。
「この企画はどうなるかわからない。それでもおれはお前にとにかく会いたい。来週会うぞ!」
 最後に僕は、彼に名前を教えてくれと言った。名前を聞いて、びっくりしてしまった。僕が一番好きな映画を撮った監督の名前だった。声の感じからすると、ひょっとするけど、これは本当か、本当だったらまじやばいんだけど、と思いながら、恐る恐る聞いたら、本当にその名前で、びっくりしたというか、夢のような瞬間って僕にはほとんどないけど、これはまさに夢のような瞬間で、現実とは思えなかった。

 家族に伝えたら、誰も信じなかった。

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坂口 恭平
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2015-07-31

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坂口恭平

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