哲学と冒険

アリとキリギリスの疑問

行動、思考、遭遇、あらゆる僕自身にまつわる、その日常のこと、毎日接する物事、それがすべて僕の思想であり、それが僕の哲学であり、それは言語よりも前にある。先にある。先にあるものを僕は毎日生きている。息を吸いながら、それらを見ている。食べている。食べながら、何かをつくろうとしているわけではない。それによって何かをつくりたいわけではない。僕はただそうやって生きたいだけだ。僕は毎日、原稿を書き、絵を描き、歌をうたい、人々と出会い、本をつまみ食いし、画集をつまみぐいする。だいたい毎朝8時更新。お休みすることもあり。


2018年4月9日

 今日から子供たちは小学校と幼稚園へ行きはじめた。僕も平常運転に戻したいところ。渡辺京二さんに電話。京二さんから「石牟礼道子さんについてみんな集まって話したいみたいだから、偲ぶ会をやるから参加しなさい」と言われ、快諾した。僕の体はどちらにも動く。一人で家の中で岩みたいにじっとしているときもあれば、どんなところでも動く。先週までは25000キロ移動していた。そのときは孫悟空の気分で、どんなところにも自分の直感とつながる扉があるし、動物みたいにどの扉もとりあえず開けてみる。僕は手の先、足の先が気になるというか、外と自分の体の接触点が気になる。それと僕の直感、感情、感触みたいなものと、自分の体の接触点。どんなときも接触点が気になっている。そこが僕にとっては創造的に映る。接触点といっても直接触れてなくてもいい。ずれていてもいい。そのずれを比較すること、もしくはずれていてもそのまま自分の中では接触していると感じること。そうやって自分の感覚や体を拡張すること。そうやって人とのつながり、ものとのつながり、言葉が歌になったり、音楽論理的なものを現実で感じるとき、ふっと体が楽になる。それでどうしようというわけではない。その体がふっと楽になった瞬間を採集していくこと。よくわからないが、そういうことばかりやっている。それを、稼ぎと結びつけることはとても難しい。難しいけど、子供二人もいるし、フーちゃんはまったく働く気がないらしく、聞くと、働く気がないわけではないが、僕をみてたら、満足してしまうのだという。

 そういうわけで、僕は稼がなくちゃいけない。ということも、ときどき考える。そんなときにCMソングの依頼がきた。とりあえずやったことがない仕事はやってみる。自分に合うかどうかわからないから、とりあえずやってみる。今までもいろんな仕事をやってきたなあ。CMソングは初めての仕事だ。歌を出してからまた変化してくるのだろうか。僕としては歌はいつも無償であるべきだとも思っている。だからサウンドクラウドでいつもただで聴けるので、みんな聴いてね。僕の歌はたいして売れませんが、それはいいとして、僕の歌はなんと眠れるというのである。これはある社会福祉士の発言で、ある日、彼が電話してきて、坂口さんの歌を聴いていると眠れるんです。これは睡眠薬よりも効くんです。睡眠薬じゃ結局眠れなくなるから、みんなに勝手に配ってます、と言っていた。どうぞ、どうぞ。僕の歌がそんなに安眠に効くならどんどん配ってください、と僕は言った。今も彼は僕の歌を三曲選んで、CDに焼いて、眠れなくて困っている人を訪問しては僕の歌を配ってくれているらしい。彼によると「春のせい」って歌が一番眠れるらしい。これはまわりの人に配って試してみて、確かめた結果だとのこと。そんなことなら僕は人の家を訪ねて、歌をうたう仕事がしたい。しかし、それでどうやってやっていけるのだろうか。別に妻は何も文句を言わないが、それはフーが天真爛漫の幸福な人間だからだ。結局、収支のことを考えながら貯蓄するのは僕の仕事である。僕は心配性だからだ。ところが、からだはどんどん無償でもいいから面白い仕事をやってみたいという方向へぐんぐんと動いていく。僕の歌は今の音楽世界の売られ方とまったく別の方向に希望を見出して、ぐんぐん突き進んでくれたらいいと思う。

 あー、僕は商品などつくらずに無償で歌をうたってあげたり、人のところに訪問して話を聞いたり、マッサージをしたり、なんなら性感マッサージもして、人々に心地よさを提供するサービスマンになりたい。よくわからないけどこんな欲望がある。そのためにどうするか一人で試算していた。そのために1000万円稼ぐには。一人一人からもらわずにどうにか税金みたいな制度をつくったらどうか。これは新政府を立ち上げたときからずっと考えている方法だ。僕の絵が現在、一枚5万円。200枚売れば1000万円である。不可能な数字ではない。一度、それをやってみようかと思う。僕は1日に4枚の絵を描いているので、200枚は50日で描きあげられる。それがクリアできたら、もうお金を取る仕事をせずに、ただただ無償で働くみたいな方法はどうだろうか。僕は会社をやっていて、その会社の決算は5月なので、今年の6月からやってみようか。などと考える。前回、新橋キュレイターズキューブでやった個展では100枚近く売れたので、これは本腰入れればできるかもしれない。これで200枚完売すれば、今年の収入完了ですので、あとは無償で僕に仕事を依頼することができる、ということを伝えればいいのだろうか。まだ詳細はうまくいかないが、なんかやってみたいと思う今日この頃。

 これは僕がやりたいと思っている病院ともつながってくると思う。先人のパッチアダムスもずっと0円診療所をやっていて、今は全世界からの寄付金だけで運営しているとのこと。0円の病院。ところが、僕は医師の免許を持っていないので、病院と銘打つことはできないとのこと。治療という言葉も使っちゃいけないという。坂口恭平音楽医院だったらよさそうだ。医院という言葉は規制されていないという。中国語であれば、病院というのは医院という漢字を使うのだが、不思議なものだ。ということで、僕はこうやってときどき法律を見ながら、自分がやってみたいお店の名前を考えるのが趣味である。あくまでも趣味。実際に起業しないというのは我が家での約束である。でも、やりたい。僕は人に触れずに(本当はつまようじで針治療したいところだが)、話を聴いてあげて、それで歌を一曲うたってあげるという音楽治療をやってみたい。これは夢だ。しかも、もしかしたらお金を1円も受け取らなかったら、できるのではないか。そんなことを考えたりする。できたら、やってみたい。月3万円くらいの家賃のところなら、熊本市内にはどこにでもある。それで病院を、いや、音楽医院をやってみたい。笑ってやってみたい。まじめにはやりたくない。冗談のようにやらないと治るものも治らない。病院は少しまじめすぎる。病気を病気と認めて、それを治す、つまり、そうじゃない自分にする、なんて窮屈できつい。それよりも、今のままでいいじゃん、調子が悪くなったら歌でも聴いて、直感、感受性をちゃんと高めたら治るどころか、今のその自分の特徴のおかげでまわりの人の助けになるかもしれないのである。

 今、ときどき高校生の躁鬱だと診断されている男の子が電話をしてくる。よく動機が激しくなっている。心配だが、彼は今、小説を書いているらしい。そうこなくっちゃ。だから、僕は伝える。とにかく今、そのあまりにも強すぎる感受性は、きっと武器になる。自殺したらおれが辛いからできるだけ粘ろう。きつくなったらすぐ電話。おれはそういう動機が激しいときじゃないといい文書けないから、きっと君も今いいの書けるよ。でも高校生でデビューなんかしたらすぐつまらなくなるから十年くらい修行しようぜ、と。僕も10年以上は生きてると思うから、きつくなったらすぐ電話、そうやって併走していこうと伝える。それしかできないが、そういうやつがいるならいいじゃないかと僕は思う。僕はそういう人がいなかった。僕は自分がきついことを人にあんまり伝えることができなかった。それでも僕は好きになった女性がみんな助けてくれたので、それは今でも感謝している。だから好きになった人は別れた今でも大好きだ。でも、それをいうと、また問題になるので、静かにしている。まじめな精神をあからさまに拒否すること。今読んでいるゴダールの本にはこう書いてある。

「現代では何もかもが真面目だってこと、それが悲劇なんだって。町で口笛を吹く人もいないわ」(『氷の物語』)

 ああそうだ。僕はそれで「アリとキリギリス」の中でなんでキリギリスが痛い目にあわないといけないのかわからないって先生に言った。小学生のとき。先生は意味がわかっていなかった。だって、キリギリスは音楽家で、人々に音楽の喜びを、そして、まじめに働きすぎているアリたちにしばしの自由を、忘却を、至福の空間を提供していたはずだ。というわけで、僕はキリギリスを主人公にしたキャラクター商品をつくって女の子たちに数十円で売った。便箋など罫線を色鉛筆で引けばすぐにできあがる。大事なことは「透明のプラ袋に入れること」! これで商品になる。額装も同じ。僕はこういう「幕」や「膜」が大好きだ。膜で包めば、まったく違って見える。新政府もいのっちの電話も坂口恭平音楽医院もすべてその「膜」である。膜を破れば、また不確かな世界があらわれる。僕は喜劇も悲劇もどちらも区別しない。どちらも好きどころか、毎日ぐちゃぐちゃに混ざっている。それでこそ、面白いし、別に素敵な人生なんて関心がない。

 それよりもきついときに、どうやったら笑えるか、いのっちの電話ではいつもそれがテーマだ。その人をどうやったら笑わせられるか。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

FURUMAI (Errand Press Postcard Book)

坂口 恭平
エランド・プレス
2015-07-31

この連載について

初回を読む
哲学と冒険

坂口恭平

行動、思考、遭遇、あらゆる僕自身にまつわる、その日常のこと、毎日接する物事、それがすべて僕の思想であり、それが僕の哲学であり、それは言語よりも前にある。先にある。先にあるものを僕は毎日生きている。息を吸いながら、それらを見ている。食べ...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード