哲学と冒険

懐かしさを感じるかどうか、が重要

行動、思考、遭遇、あらゆる僕自身にまつわる、その日常のこと、毎日接する物事、それがすべて僕の思想であり、それが僕の哲学であり、それは言語よりも前にある。先にある。先にあるものを僕は毎日生きている。息を吸いながら、それらを見ている。食べている。食べながら、何かをつくろうとしているわけではない。それによって何かをつくりたいわけではない。僕はただそうやって生きたいだけだ。僕は毎日、原稿を書き、絵を描き、歌をうたい、人々と出会い、本をつまみ食いし、画集をつまみぐいする。だいたい毎朝8時更新。お休みすることもあり。


2018年4月6日

 朝から、自分に聞く。「きょうは何がしたい?」きょうも朝から椅子をつくる気満々だった。本能を満足させる。とにかく僕がやるのは、自分が感じている本能、自然な意欲をしっかり発動させること。本能を、現実の世界で目に見えるような形にあぶりだしてあげること。この自分の本能こそ、自分にある、それだけの生き方。ここにしか、自分にしかできないオリジナルな創造は存在しない。最近、気づいたのはそういうことだ。本能をちゃんと具現化すること。本能とだけちゃんと対話すること。それ以外のことはできるだけほうっておくこと。やっぱり朝から椅子のことだけ考えている。というわけで、またヒロシに電話。外は雨。ちょうどいい。雨が降れば、現場仕事はおやすみになる。ヒロシの現場仕事も休みだった。

 10時にヒロシの仕事場へ。昨日、直感に従って、つくっといてよかった。今日は、それをさらに手を加えてつくってみよう。とにかく手を動かすことを、継続していく。そうすると、勘だけで動いているように見えて、実は手が思考しはじめている。頭で考えない。思考も、頭の中ではなく、手や足など外部装置に任せたほうが、うまく本能を形にすることができる。それが素直な創造であり、素直な自分自身である。まずは、昨日取り掛かった、ヒノキとオークと流木をつかった椅子をつくってみることに。つかったのは、丸ノコ、ノミ、斧、ドリル。鉄の釘は一本も使いたくないので、すべて、楔と木釘だけで行くことにした。

 僕もヒロシも椅子のつくりかたは何も知らなかったが、何か覚えている感覚がある。こういうときはうまくいく。僕は自分の記憶ではない、懐かしい感情を感じるかどうかが、自分の仕事をする上で一番重要だと思っている。この感覚があれば、自分だけのものではなくなる、それは人間の記憶とつながる。もちろん、僕の原初の記憶ともつながる。そういうトンネル堀りみたいなことをやっている気がする。経験してはいないけど、記憶はある。そんな感覚になると、手が動く。迷いなく動く。斧を使うことがこんなに得意だとは思わなかった。斧が好きになった。斧一本だけで椅子をつくってみたいと思った。こうして次が生まれる。次の課題というか、乗り越えたいもの。こうして自然と次につくるものが生まれる瞬間、喜びを感じる。

 椅子の第一号はなんと一時間くらいでできあがった。かなりいい感じに仕上がったのではないか。すぐに旅人に写真を送った。旅人とは、新橋にあるキュレイターズキューブというギャラリーのギャラリスト。もともとは熊本でギャラリーをやっていた僕の古くからの友人だ。彼は僕にとって千利休みたいな存在で、僕は自分でつくったものがよくわからない。よくみることができないので、目利きとして旅人に見てもらって意見をもらう。旅人は絵画や彫刻など美術担当である。文だと久子。歌だと前野健太。こうやって、自分がつくるものは僕はすぐに人に見せる。人に見せないと次が見えなくなる。僕は自分の判断は超適当なんだと思う。判断したくない。それは退屈なのだ。どこか根源的には人を喜ばせたい。人を鼓舞したい、ってのがあるんだと思う。それが生きがいなのだ。そういう意味では真の芸術ともまた違うのかもしれない、とも考える。僕は芸術家ではないのだと思う。やっぱりレヴィ=ストロースによると、酋長なのである。僕の職業は酋長。それだとなんとなく納得できる。

 椅子はいい調子で、さらに二つ目にすぐ取り掛かった。僕はとにかく一日が大事で、何日もかけてつくることはなかなかできない。この一瞬、本能が動いたときに、どうやって瞬時に捕まえるかが肝である。二つ目はセンダンの木を座面にして、足は椿の木にした。植物と一緒につくっている。この感覚は心地よい。今、頭が建築に向かっているのだろう。そして、植物や、毛糸、こういうものたちと協働して行動を起こそうとしている。人間とだけではない。僕がやりたいのはあらゆる協働である。背もたれには桜の木をつかった。僕の直感とこの工房とヒロシの技術と僕の技術と、僕の直感と僕の手と椅子をつくるこの手軽でありながら、少し技術が必要な、微妙な塩梅がうまく噛み合っているような気がする。何よりも楽しい。何よりも自由に即興でつくることができる。誰も参考にしないでいい、それでいて、椅子の名作はたくさんある。豊かな先人と自由に子供のようにつくること。このミックスが僕の仕事とつながるとうまくいく。うまくいくときの感じである。

 二つ目も速攻で完成し、三つ目にも取り組む。とにかく夕方前につくりあげたい。夕方に入ると、僕の創造時間は直感があまり働かなくなる。3時まで、と僕はヒロシに時間を伝え、それまでは休憩なしで飛ばすことに。三つ目は杉の廃材と、金木犀の枝を足にした。今度は肘掛け椅子をつくった。池田三四郎の本のおかげで、つくりかたは頭に入っている。楔の打ち方もさまになってきた。なによりも楽しい。旅人に見せると「椅子、いけてるじゃん」とのこと。年内に新橋で椅子の展覧会をやることも決定した。こういうところ、旅人は話が早い。これで4月21日からのギャラリーTRAXで展示する分の椅子は完成。大事な一日だった。大事な一日を逃さないこと。それが僕が毎日、心地よくやっていく上で大切なこと。とにかく、その日、やりたいことがやるべきことでやったらどんどん面白くなること、だから、その瞬間にやる。その訓練、その方法をもっと徹底していきたい。

 夜は、アオの友人がミュージカルをやっているとのことで、子供たちだけで演じるミュージカルを観にいった。

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坂口 恭平
エランド・プレス
2015-07-31

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坂口恭平

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