哲学と冒険

自分に聞いた。「いま何がしたい?」

行動、思考、遭遇、あらゆる僕自身にまつわる、その日常のこと、毎日接する物事、それがすべて僕の思想であり、それが僕の哲学であり、それは言語よりも前にある。先にある。先にあるものを僕は毎日生きている。息を吸いながら、それらを見ている。食べている。食べながら、何かをつくろうとしているわけではない。それによって何かをつくりたいわけではない。僕はただそうやって生きたいだけだ。僕は毎日、原稿を書き、絵を描き、歌をうたい、人々と出会い、本をつまみ食いし、画集をつまみぐいする。だいたい毎朝8時更新。お休みすることもあり。


2018年4月5日

 古本屋で買った『三四郎の椅子』(文化出版局)という本があって、それを読んでいたら無性に椅子がつくりたくなった。三四郎は長野・松本の木工家で柳宗悦に師事し民藝運動に参加した人。その人のコレクションした椅子がたくさん掲載されているのだが、どれも心地よい。僕の行動は民藝ともつながると高校の同級生であり現在、東京大学病院で心臓医をしている稲葉俊朗くんがそう言っていたのを思い出す。そういえば、僕の家には北海道家具の書棚とビューローがあり、北海道家具のロゴは芹沢銈介がつくっていたり、僕の家には母がコレクションした古伊万里や沖縄のガラスなどがたくさんあった。そういう影響を受けているということを、最近ひしひし感じている。ウィリアム・モリスのアーツ&クラフト運動も僕の師匠石山修武から教えてもらって影響を受けているし、最近は編み物もしているし、僕の中で手仕事がとても大きな力になっているのを感じている。

 こうやって刺激を受けているときは、すぐさまそれにとりかかったほうがいい。僕には多様な刺激が必要で、常に多様な刺激で脳みそが楽しくなっていると、体調もいいし、精神状態も心地よくなる。心地よい。それが最近の僕の生き方でもある。というわけで、思いつきだが、すぐに椅子がつくりたくなった。僕のまわりにはそういうときにすぐに動ける人たちがいて、そのおかげで僕のこの多様な刺激を求めすぎる性格は破綻せずに、創造と結び付いている。すぐにサンワ工務店の山野社長に電話をする。山野さんは店舗設計をやっていて、僕が17歳のときに好きだった店舗はすべて山野さんの設計だったことから、会いに行って弟子入りしたこともある。なんでも彼に聞けば、どうやればいいかわかる。山野さんはどんな木でも見せたら、それがなんの木か教えてくれる名人である。僕のまわりの名人はみんな本当にすごい。山野さんも話しが早く、椅子がつくりたいのなら、今すぐ来なさいと言ってくれて、原稿書くのを止めて、山野さんの事務所へ。この事務所がまた楽しくているだけでわくわくするのだ。社長に椅子つくりの手ほどきを受ける。

 三四郎の本を見せると、山野さんも楽しくなってくれて、熊本在住の家具職人を紹介してもらう。木庭さんという人で、僕と同年だった。彼は座面を和紙で編む特殊な技術を持っていて、なにかインスピレーションになるんじゃないかと紹介してくれたのだ。すぐに木庭さんの工房へ。編む技術を教えてもらおうと思ったが、あまりにも職人技術の高さにへこたれる。僕の場合、素人に毛が生えたくらいの感じで、直感のままつくるのがちょうどいいので、あまりにも高い技術だとうろたえてしまう。というわけで、早々に工房を出ることになったのだが、熊本にいる職人たちをなんとか結びつける方法がないかと思案する。5年ほど前にドイツのワイマールで見たバウハウスの初期の工房、これは農機具小屋を工房に改装していたのだが、バウハウスをいまこそやるべきだと僕は思っている。熊本城の近くに旧NHK社屋があるのだが、いまは空き家になっていて、そこが僕が妄想するバウハウス熊本校の工房になる予定である。これは熊本市長にも直談判したのだが、もちろんそんなにすぐにうまくいくわけはない。それでも僕は自分が感じていることを、そのままに生の状態で保つことが得意なので、この思考もずっと生のまま僕の中にある。体の中にある。それは少しずつ芽を伸ばし、いつかきっと実現するはずだ。

 そうやって実現しなかったことがない。いのっちの電話も日本の自殺者を0にするという目標ではじめたのだが、はじめた2012年は31000人いたのが、昨年は自殺者は23000人くらいになっている。それでもそれだけの方が亡くなっているわけで、現政府はもう終わりだと思うのだが、僕はいま毎年2000人ずつ電話に出ていて、それだとあと11年くらいで自殺者が0になる。僕の計算だとそうなる。きっと11年後は実現すると思っている。だから今日も電話に出続ける。僕はドンキホーテかもしれないが、ドンキホーテはいまも生き残っている。あれは妄想ではないのだ。あれは物語を超越し、いまでは現実とまじりあっている。だから、やり続けることが重要なのである。僕はそう思っている。なぜか知らないが、確信があるのだ。いつかきっとどうせうまくいく、と。

 その後、橙書店へ。とにかく多様な刺激なのだ。久子に考えていることを話す。久子はやさしい。いつも僕の話を聞いてくれる。つきあってはいないが、僕の中では村上春樹の陽子夫人と同じ立ち位置だ。僕の原稿もすべて読んでくれる。絵もすべて見てくれる。そして、僕が夢想しているあらゆる想念をバカにせず聞いてくれる。いのっちの電話でもそうだが、人は自分が考えていることを妄想だと言われすぎである。僕は言いたくない。感じていること、考えていることは体から出てきている。だから、それは実現していなかろうが、やはり現実なのである。それは体であり、言葉であり、自分から浮かんでいるのだから、それは思想なのだ。思想は生のまま保つ、生のまま、それを育てる。どうすれば育つのか。この哲学と冒険ではそれを身を以て表してみたいと思っている。これが僕の生活であり、思想なのである。ゴダールの言葉に背中を押され、そう強く口にしてみる。橙書店でガトーショコラを食べながら(ここのガトーショコラは僕が食べてきたどこのガトーショコラよりも美味しい。ぜひ食べてみてほしい)椅子の設計。今日は原稿じゃないようだ。僕の場合、自分がやりたいことをやりたいときにやりたいだけやるのが一番の健康法である。だから、いま、なにをしたいのか、どこに行きたいのか、僕は自分に問いかける。そして、答えた自分に対して、なんでもしてあげる。まるで自分の息子のようになんでも聞いてあげて、実現しやすい環境をつくってあげる。

 椅子の設計はがんがん進んだ。そして、家に帰って、椅子の絵も描いた。図面を描いて、絵を描く。この連続する下書きが、どんどん形を生み出していく。水のようなイメージ。湧き水のようなイメージ。水が変質しているイメージ。すべてはイメージである。イメージは現実よりも少し先にある。そして、現実の3次元の姿とは少し違う。4次元というわけでもない。5次元、6次元の予感もある。すべては予感だ。でも、その予感を感じることが現実の僕たちには重要で、予感はすでにそこにあるということだと僕は思っている。予感が次のものを見せてくれる。だから、僕は文を書き、絵を描き、歌をうたう。この哲学と冒険はゲームブックのような匂いがしている。あらゆる僕のテキスト、そして写真、さらに聞いている音楽、読んでいる本、松岡正剛先生の千夜千冊のようなイメージ、生きている本のような、僕のすべてのインデックスをみんなが手で触れられるようなそんな立体的な読み物、見物、聞物にしたい。そんな話を担当編集者・梅山と話す。

 椅子のイメージが高まり、僕は自分に聞いた。「いま、何がしたい?」即答が。「いま、いますぐに椅子をつくりたい!」というわけで、こういうときはヒロシに電話。ヒロシはフリーの大工で、彼は工房も持っていて、彼は僕のわがまま、僕の直感、僕の思う通りにつくるのを手伝ってくれる。彼もそれで刺激を受けるのか、楽しんでいつもやってくれる。というわけでヒロシに電話すると、ヒロシは仕事が終わってからだったら、なんでもやりますよーとのこと。夕方からヒロシの工房へ。ヒロシのところには古材がたくさんあるので、それを使って椅子をつくってみることに。思いつきだが、頭にイメージがある。イメージは図面よりも強し、寸法はなんとなく頭に残っていたので、直感で、即興的にやっていく。僕はいつもジャズだ。黒人の音楽だ。ちゃっちゃっとなんでもやってみる。できるかできないか考えず、失敗とかどうでもいいし、やるだけやってみる。いまの力が重要で、いまのこの瞬間、手を動かすと、そのときにしか生まれない、次の創造が生まれる。だから、好き。体を動かすことが好き、体を動かして、瞬間瞬間を生み出すことが生きる喜び、生きる喜びといえば、僕はすぐにマティスに傑作「生きる喜び」を見る。

 先人の傑作たちもまた、しっかりと吸収する。ひとりよがりじゃつまらない。天才の仕事を体にしみこませる。それでちゃんと落ち込んだり、自分には無理だと凹むことも大事。それでもやめない。行動をやめない。どこからそんな前向きな力が、と聞かれることもあるが、僕は前向きにやっているのかわからない。それでも季節がかわればまた花が咲くみたいなイメージ。前やったから、前の人が傑作だから、僕がつくらなくていいわけじゃない。また季節は巡る。オフコースの歌だ。歌は教えてくれる。椅子はできた。でもすぐに壊れた。でも、気にしない。いや、次の椅子に向けて、研究を重ねる。ヒロシも楽しそうだ。明日またやることに。4月21日のギャラリーTRAXで展示するための椅子をいくつかつくりたい。できるかわからない。でも、やりたい。できるかできないかよりも、やりたいほうが勝っちゃう。やればわかるさ、踏みとどまらぬように。

 家族みんなで椅子つくりした。アオはオークの木にずっとカンナをかけてた。楽しいみたいだ。みんなでつくろうじゃないか。みんなで家までつくっちゃおうじゃないか。ポパイ編集部に電話。次の連載は、家をつくること、実際に熊本の町の真ん中に家をつくってみる。

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坂口 恭平
エランド・プレス
2015-07-31

この連載について

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哲学と冒険

坂口恭平

行動、思考、遭遇、あらゆる僕自身にまつわる、その日常のこと、毎日接する物事、それがすべて僕の思想であり、それが僕の哲学であり、それは言語よりも前にある。先にある。先にあるものを僕は毎日生きている。息を吸いながら、それらを見ている。食べ...もっと読む

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