「私、ちょっとタイに住むから」
「海外で働きませんか? 語学力不問、誰でもOK」
そんな広告をネットで見たことがきっかけだった、というM子さん。20代半ばの頃だった。日本で働いていた小さなデザイン事務所は、給料の遅配がはじまり、これは長くないと思っていた。
「一度くらいは海外で暮らしたいと思ってはいたんです。でも具体的な目的地もわからなかったし、とくにスキルもありませんでした」
そんなときに、この広告が飛び込んできたのだ。
「勤務地はインド、中国、タイとありました。あまり深くは考えず、まあタイかなあと思って面接に行ってみたんですが、試験も何もないんです。応募の時点ですでに就職決定で、説明会なんですよ(笑)」
そのノリのままにタイ行きを決め、母親に電話をした。「お母さん? 私、ちょっとタイに行ってくる。向こうでしばらく住むから」
タイ語も英語もわからないけど
「ひとりでいきなりタイで仕事探しだったら、たぶん無理だったと思うんです」
しかしタイに着いた当日、日本語堪能なタイ人スタッフが出迎えてくれた。今日から住むというアパートに送ってくれて、近所の食堂なども案内してくれた。
「翌日も迎えに来てくれて、一緒に会社に行きましょう、それからスマホも買いましょうねって、つきっきりで。本当に楽でした」
M子さんの仕事はコールセンターだった。委託元は通信販売などの日本の会社。客からかかってくる注文や苦情、質問などに応対していく。なるほど日本語しか使わない。格安のIP電話の普及に加えて、若い日本人を、安い賃金でインターンとして大量に雇用して海外に派遣したほうが、コストが抑えられるのだ。
「勤務は1日6時間、給料は月5000バーツ(約1万6000円)でした。でも行きの航空券と、アパートの家賃はタダ。それと英語の学校には行き放題で、語学も学べます、って売りでも募集をしていました」
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。