虫歯の特効薬が人を殺す理由

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたい」
世界一売りづらい「殺し」を売るための会社作りに奮闘する女子大生、桐生七海の会社が警備を担当するリサイタルにおいて殺人事件が起こる。七海の最大のピンチにおいて、「最強のマーケティング技巧」を持つ西城は「今がチャンス」と言い切り、次の一手を伝授する。そして物語は次の展開へ――。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第24回。

虫歯の特効薬が見つかっただけで、結果的に多くの人が死ぬことになる。

でも、と桐生は七海の目をまっすぐに見て言う。

「もし、虫歯の特効薬が見つからなかったとしたら、どうなるだろう」

それに対する答えは明確だった。

「結果的に、多くの人の命を、救うことになるってことね。それで、そのくくりこの……」

「ククリコクリコクの粉ね」

「それ! それって、今もあるの? 科学で解明されているの?」

もし実在するとすれば世界が変わる。そして、その効能が科学で解明されてしまえば、人類は虫歯のない世界に向かって歩まざるをえないだろうと七海は思った。その正義の前に、失われる多くの命があることを、おそらく、世間は取り上げない。

「この名前自体が、暗号のようなものになっていたらしいんだ。作るための材料と作るための作業工程が、この言葉に集約されていたらしいんだけれども、その村でも一部の人しかこの暗号を解けなかった—」

ここで桐生は言い淀んだ。言うべきか、言わざるべきか、酩酊しながらも、わずかに残された理性が戦っているようだった。 けれども、やはり、言いたいという衝動には勝てなかったようだ。

「そして、それを知る最後の一人が、まもなく、亡くなろうとしている」

違う、と七海は直感的に思った。 亡くなろうとしているのではない。これから殺されるのだ。だから、罪悪感に苛まれて、父は酒に逃げているのだ。罪悪感が、七海に向かって懺悔させるのだ。

七海は、幼いときからずっと、父桐生譲の「たとえ話」という名の懺悔を聞いてきた。

「たとえば、それが殺されたのだとしたら……。たとえば、その村がダムに沈められたのが、材料や製法を封じるためだったとしたら……」

七海は、決して父を責めることなく、父の正義に沿うように言葉を足して、真実を話しやすいように促した。

「その殺しは巨大なマーケットを救ったことになる。そして、多くの人の命もね」

今にも泣きそうな表情で、桐生は言った。そう思っているというよりも、そう自分自身に信じさせたいように、七海には聞こえた。

「殺し屋のマーケティング、か」

七海はつぶやく。

そう、と桐生は言う。

「もちろん、これは全部たとえ話だけどね」

「うん、わかってる。ただ、一つだけ教えてほしいの。その多くの人を救う殺し屋はなんていう名前なの?」

一瞬、酔いがさめたかのように、桐生の七海を見る視線が鋭くなる。

「どうして、七海はそんなことを聞くんだい?」

「これから、代々、桐生家で語られていくと思うの。桐生家当主の桐生譲は、どうやって日本を救ってきたか。伝説として語り継がれていくと思うの。もちろん、たとえ話としてね」

「なるほど、それはそうだね、たとえ話としてなら、伝えていってもいいね」

「そのとき、物語の登場人物がわからなかったら、伝説にならないでしょう?」

たしかに、と桐生は頷く。

「七海は聞いたことがあるかな? 世界一の殺し屋の話を」

「世界一の殺し屋って……」

七海は胸騒ぎがした。しかし、たいてい、その手の胸騒ぎが外れることはない。

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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marekingu #スマートニュース 2年以上前 replyretweetfavorite