四〇年前の「たとえ話」

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたい」
世界一売りづらい「殺し」を売るための会社作りに奮闘する女子大生、桐生七海の会社が警備を担当するリサイタルにおいて殺人事件が起こる。七海の最大のピンチにおいて、「最強のマーケティング技巧」を持つ西城は「今がチャンス」と言い切り、次の一手を伝授する。そして物語は次の展開へ――。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第23回。

「お嬢様、今回は久しぶりの里帰りになりますな」

 桐生家のお抱え運転手、冴島耕造はルームミラーで、後部座席に座る桐生七海をちらりと見た。

眉が白く、目に垂れ下がるほど長いので、小さなころから七海は「やぎ爺」と呼んでいた。小さなころから「爺」だったので、今はもう八〇歳を超えているはずである。七海の祖父の時代から桐生家に運転手として仕えていて、今も桐生家の湖畔の洋館で現役の運転手として働いている。

「久しぶりって言っても、一ヶ月ぶりじゃない。パパは元気?」

「はい、変わりなく」

よかった、と七海は窓の外を眺める。今日は、父が好きな白のワンピースを着ていた。亡く なった母のものだった。

七海を乗せた、博物館から出てきたようなオールドカーは、丸いヘッドライトで行き先を照 らしながら狭山湖畔の雑木林を走る。林の向こうに湖面があるはずだが、暗く、今は見えない。

左折して門を通り抜け、しばらく車を走らせると、左手の林の中に中世ヨーロッパの城のよ うに巨大な洋館の影が見えてくる。七海が生まれ育った桐生家の洋館に住んでいるのは、今は父と運転手の冴島、そしてお手伝いをしている冴島の妻の三人となった。   やがて、車は雑木林を抜ける。 今日も静かな狭山湖には、少しだけ欠けた月が大きく映し出されていた。

慣れた運転で、冴島は車を車回しに入れると、壮麗なエントランスには、玄関のランプに照 らされた人影が見える。 待ちきれずに、七海の父、桐生譲が迎えに出てきたらしい。

車が止まると、まるでホテルのベルマンのように後部座席のドアを開けて、七海の手を取っ た。

「おかえりなさいませ、マドモアゼル」

ふふ、と七海は笑う。

「ただいま、パパ」

桐生譲は、嬉しそうに顔を綻ばせて、二度、うんうん、と頷く。

「今、パパはね、人に言えないような重要な仕事を任せられているんだよ」

応接間のレザーチェアーに腰掛けた桐生譲は、年代物のブランデーをお気に入りのグラスに 注ぎながら、いつものように言った。 桐生の背後、暖炉の上の壁には、巨大な肖像画が掛けられていた。桐生家を一代で隆盛に導 いた、七海の曽祖父を描いたものだった。

口調と表情からして、すでに酩酊しているらしい。 きっと、今日も嫌な仕事を押し付けられたのだろうと七海は思った。

「言えないことなら、言わないほうがよくない?」

七海はそっけなく答える。これもいつものことで、二人の間では儀式のようなものだった。

「いいんだよ、七海だけはいいんだ、私が唯一信じられる存在だからね。それに、これはたとえ話だしね、あくまで」

ふ、と鼻で笑って、七海は言う。

「また、始まった、たとえ話」

「七海は、好きだろう、たとえ話」

「まあね、嫌いじゃないけど。この前のフィクサーの話、とっても面白かった」

「そうだろ、とっておきのたとえ話だったからね、あれは。そうだな、今日はこんなたとえ話はどうだろう?」

「あくまで、たとえ話ね」

「そう。座るかい?」

桐生はグラスを持って立ち上がり、七海に自分の椅子を勧める。 七海は素直に座って、白いワンピースの裾を翻すように脚を組む。

「もう四〇年も昔の話さ」

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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