テレビ番組は離乳食」浅く、広くで良いー浅生鴨×小野美由紀対談

3/7(水)、歌舞伎町ブックセンターにて 「みんなちがって、みんないい?多様性をテーマに語る日本のいま」と題し、小説家の浅生鴨さんと小野美由紀さんの出版記念トークイベントが行われました。
NHKにてオリンピック・パラリンピックの担当ディレクターを務め、障害者スポーツを題材にした小説『伴走者』(講談社)を2月に上梓された浅生さんと、銭湯を舞台にハーフ、障害者、LGBTなど様々なバックグラウンドに持つシェアハウス住人たちの群像劇『メゾン刻の湯』(ポプラ社)を上梓した小野さん。現代のホットな話題を二人の小説家はどう描いたのか? 二人が考える「多様性」とは? イベントの内容を三回に分けてお届けします。

宙ぶらりんが我慢できない人は多様性に耐えられない

浅生鴨(以下、浅生) 『メゾン刻の湯』はどこにもうまく居場所が見られなかった人たちが居場所を見つけ、そしてその場所を手放すわけですよね。

小野美由紀(以下、小野) 浅生さんはそう読まれたんですね。

浅生 手放すと言うか、そこを維持し続けない。「あ、固定しないんだ」とそこがすごく面白いなって思ったんですよ。つまり、ある種、せっかく手に入れた理想郷・自分の居場所を維持するのか手放すのかっていった時にどちらかというと手放して次へ行こうとする。それはなぜそうしたのか知りたいなぁと思って。

小野 そうですね。それには二つ明確な理由があります。
 一つは、彼らはもうそのユートピアを必要としなくなったから。全然バラバラな人たちがその場所に来て、一年過ごして、彼ら同士の強い人間関係っていうか結びつきができたから、もうそれを維持するための場所が必要なくなったっていうことがありますね。それに「ほっこりコミュニティ」を維持する話には絶対したくなかったんですよ。
 編集者さんとも第一稿ができた時に「ちょっと長いから、これはクラウドファンディングで成功して、銭湯にそれがキッカケで人がいっぱい集まるようになって、経営が持ち直して、で、それでアキラさんが居づらくなって出ていこうとするのをマヒコが止める、みたいな話でいいじゃん」って言われたんですけど、「そんなクソダサい話書きたくねーよ」って。私の中の何かが、それだけは絶対に阻止しなければならないと(笑)。

浅生 なんだろうなあ、その、物事って結局、人と人っていうか。多様性ということを考えた時にも、自分が相手をどう思うかと相手が自分をどう思うかが変化する以外のことはないなって気はしているんですよ。 
 もうひとつ言うと、人は絶対に、100%分かり合うことはないので、だから常に宙ぶらりんというか。その宙ぶらりんにどれだけ耐えられるかが、我慢できるかが、多分その多様性っていうものをちゃんと引き受けられるかどうかっていうことだと思うんです。

小野 そうですね。

浅生 宙ぶらりんが我慢できない人はたぶん多様性に耐えられないと思うんです。

小野 宙ぶらりんというのは分かりあえたよっていう実感がない状態のことですか?

浅生 結局、最後の最後はわかってもらえない部分が残ってるっていう状態です。白か黒かって言われたときに、世の中はほぼグレーのはずなのに、「黒じゃないとやだ」っていう人とか「白じゃなきゃ困る」っていう人は多様性というものがどこかで受け入れがたいような気がするんですよね。

小野 その宙ぶらりんの感じって孤独とも言い換えられるなと私は思いました。人はどこかで孤独と付き合っていかないといけなくて、で、他人の孤独も引き受けないと。引き受けるというか、孤独があるって事を知らないと、その人ともつながりあえないなっていう感じがしています。
 小説の中でまっつんっていう男の子がネットワークビジネスにハマって家を出て行ってしまうのですが、彼と同じように、その孤独に耐えられない人は「仲間」とか「繋がり」みたいな言葉として強さのあるものにくっついていくんだろうなっていう感じはしますね。
 震災の話に戻ると、震災の時に「絆」とか「繋がり」ってすごい言われていたと思うんですけど、私はあの状況にすごくモニョモニョしていました。本当に人と人とが繋がりあえていたら、被災地の中で罪悪感を覚えたりとかする人は出てこないだろうなって思っていましたね。

浅生 僕もやっぱりあんまり絆って言われても困ると言うか。そこまでのこともできないしっていうのもある。例えば、絆っていう言葉もそうですけど、物事を単純化してわかりやすくすればするほどこぼれ落ちるものはたくさんあるんですが、でも簡単にしないと済まない人達っていうのもやっぱり一定数はいると思うんです。

「テレビ番組は離乳食」浅く、広くで良い

小野 浅生さんはもともと、NHKで番組制作をやられていたじゃないですか。番組を作ったりしていると、どうしても尺に収まりきらないとか、マスに向けて伝わるものにしなければいけないとか、様々な制約があって、どんな物事を伝えるのであれ、少なからず単純化しないといけないじゃないですか。全部は伝えきれず、その時に、どうしてもこぼれ落ちてゆくものがある。その事について葛藤することはないですか?

浅生 言い方を間違うとすごい多くの人が怒りそうなんですが、少なくともテレビ番組ってのは「離乳食」みたいなものだと僕は思っています。

小野 そう表現するんですね!

浅生 どんな人でもすぐ食べられるように柔らかく砕いてあげていて。テレビ番組って、そもそもが歯ごたえのないものなんですよ。
 多くの人がテレビを見て、文句を言ったり意見を言ったりするっていうのは、どんな人でも咀嚼できるという前提条件があるからであって。本当に一流の専門家が難しい議論やってるのをテレビで流したら、誰も意見を言えないんですよね、何言ってるかわかんないから。
 それを嚙み砕いて嚙み砕いて、一番分かりやすい初歩の初歩まで落としてあげているのがテレビなので。そういう意味ではテレビはきっかけに過ぎない。基本的に最初の一口以上のことはテレビはやらないしできない。番組をきっかけに「こっちの方向に進むといいよ」とか、「こういうものの流れがあるからもし興味があればこっからこっちに行ってごらん」みたいなベクトルは示すんですけど。
 だから、僕は「わかりやすくしないといけない」ことに対してはあんまりジレンマがない。

小野 なるほど。小説を書かれているのは、そこに理由があるのですか?

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メゾン刻の湯

小野 美由紀
ポプラ社
2018-02-09

この連載について

初回を読む
浅生鴨×小野美由紀「みんなちがって、みんないい?多様性をテーマに語る日本のいま」

浅生鴨 /小野美由紀

3/7(水)、歌舞伎町ブックセンターにて 「みんなちがって、みんないい?多様性をテーマに語る日本のいま」と題し、小説家の浅生鴨さんと小野美由紀さんの出版記念トークイベントが行われました。NHKにてオリンピック・パラリンピックの担当ディ...もっと読む

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