みんな違ってみんないい?浅生鴨と小野美由紀が語る現代の"多様性"

3/7(水)、歌舞伎町ブックセンターにて 「みんなちがって、みんないい?多様性をテーマに語る日本のいま」と題し、小説家の浅生鴨さんと小野美由紀さんの出版記念トークイベントが行われました。
NHKにてオリンピック・パラリンピックの担当ディレクターを務め、障害者スポーツを題材にした小説『伴走者』(講談社)を2月に上梓された浅生さんと、銭湯を舞台にハーフ、障害者、LGBTなど様々なバックグラウンドに持つシェアハウス住人たちの群像劇『メゾン刻の湯』(ポプラ社)を上梓した小野さん。現代のホットな話題を二人の小説家はどう描いたのか?二人が考える「多様性」とは?イベントの内容を三回に分けてお届けします。

「多様性」っていう言うけれど……

浅生鴨(以下、浅生) よろしくお願いします。まず、主語の大きい話を最初にしておこうと思うんですけど。小野さんの『メゾン刻の湯』、これは多様性がテーマなんですか?

小野美由紀(以下、小野) 答えとしては YES なんですけど。でも、大きいカギカッコで括られた多様性を語るのってすごい難しいっていうか、それはできないなと私は思っています。
 最初に、この小説(『メゾン刻の湯』)のあらましから話すと、3年くらい前に前作のエッセイの担当編集者の方から「小説、書かない?」って言われ、「美由紀ちゃん、シェアハウスに住んでいたんだから、シェアハウスものを書いてよ」って言われたんです。で、一回、12万字くらいのものを書いたんですね。それが自分の中でしっくりこなくて。そんな時に、相模原の障害者施設の殺傷事件が起きて。自分の中でそれはすごく大きな出来事だったんです。

浅生 それはなんでですか? そういう施設で小野さんが何かやってたとか、知り合いに障害者がいるとか?

小野 全然なかったんですよね。ないんだけど、あのニュースをテレビで見た瞬間にやっぱりなんかこう体が震える感じがしたというか、全然、他人ごとじゃないなっていう気持ちになりました。自分がその事件と身体的に紐付いてる感じがして。その時、この社会でどうやって生きていったらいいのかという問いがすごく大きいものとして自分の中に浮かんだんですね。
 その問いに関する自分の暫定的な答えのようなものと、あと、二十代のうちにずっとシェアハウスに住んでいたので、そこで感じた自分のリアルとしての多様性を書いたらこうなったという感じです。
 社会で言われる「マイノリティの人権を大事に」とか、そういうものとは全く関係なく、自分がシェアハウスの中で感じていた、分かり合えない人と一緒にそれでも住むとか暮らすってどういう事だろうみたいなことですね。

浅生 なんでシェアハウスに住んでいたんですか?

小野 私も主人公のマヒコくんと同じように大学卒業したばかりの時に内定が取れなくて就職しないで社会に出たんですね。本当に惨めな気分で大学を卒業して。
 その当時の友達に、すごく変わった子がいました。学生の間はずっと会社をやっていて、卒業してからは一回も働いてないっていう男の子で、その子が当時、たまたまシェアハウスをつくったんです。それで、そのシェアハウスに集まっていたメンバーが、例えば就職せずにNPOを立ち上げるとか、ベンチャー企業を立ち上げたばかりとか言う子たちばかりで。シナプスを売却した田村健太郎くんとか、nanaのCEOの文原くんとか、今はけっこううまく行っている子もいるけど、当時は誰もお金を持ってなかった。そこで、ワークショップやったりイベントやったり飲み会やったりして、その収益だけで生活するってことを実験的に2年間ぐらいやっていたんですね。

浅生 なるほど。

小野 で、男女7人で住んでいると本当に価値観が違わないことがないんですよ。
 例えば、ちょっと聞く人によってはゲッて思うかもしれないですけど、洗面所に、歯磨きした後にゆすぐコップ、置くじゃないですか。そのシェアハウスには誰が置いたか分からないコップひとつしか置いてなかったんですよ。ある時、その持ち主かどうか分からないですけど、同居していた女の子のAちゃんがそのコップの中に洗面所のシンクの栓を入れて殺菌剤で洗浄していたんですよ。私の感覚だと超汚い!って思っちゃうんですよ。で、その子に「え、それ使うの?」って聞いたら「え、どうせ綺麗になるんだからいいじゃん」って。そうなんだ……と思って、リビングに行って「Aちゃんがあのコップで栓をね……」って話したら、そこにいたモリジュンヤくんって、今編集者やってる男の子が、突然オエッてえずき出して。「お前、あのコップ使ってたんかい」みたいな。

小野 そういう衛生感ひとつとってもめちゃめちゃ差異があるわけですよ。その差異を常に全方位から毎日のようにビンビンに感じさせられている環境で4年間くらい過ごしていたんですね。
 毎日のように人との違いのを感じて、しかもそれを一致させようと思ったらとにかく話し合わないといけないんですね。そういう感じが自分の中に蓄積していて……あれ、なんの質問でしたっけ?すみません、ヒートアップして最初の質問忘れちゃいました(笑)

浅生 多様性って大きい言葉で括っちゃうと良く分からなくなるんだけど、日常の中で「私のやり方とあなたのやり方は違うよね」っていうことがたくさんあるということですよね。それが小野さんにとっての実感としての多様性なのかな。僕はニュースで見る言葉としての多様性って何かしっくりこなくて。「多様」っていろいろあっていいよねって話なのに、多様性であるべきっていうひとつのステレオタイプを押し付けられているような気がしていつも気持ちが悪い思いをしているんですよ。

小野 多様性って言葉が「配慮」と強く結びつきがちだなと思いますね。
 浅生さんはご自身の小説に関してはどうですか? 多様性を描いたなっていう感じはします?

浅生 いや全く描いていないかな。もともと僕はデビューの時からずっと同じことを書いてるだけで、いつも、「他者」つまり自分と考え方だったり見た目だったり、あるいは感じ方だったり境遇だったり。何かしら違う他者とどう一緒に生きていくかだけをどうもずっと書いているみたいなんです。ただ、その他者っていうのは自分の外にいる他者だけじゃなくて、自分の中にいる他者も含んでいて。つまり、自分が本来認めたくない悪意だったり狡さだったりっていうもの。あるいは自分自身が受け入れがたい環境だったりとか突飛な出来事だったりとか。そういうものを含めての他者というもの。つまり、自分のルールとは違う何かをどう受け入れるか、ということだと思っていて。
 実はそれがないと世界は完成しないと思っているところもあるんですよ。だから、ぼくは自分の中に悪意がときどき芽生えるのがなくなればいいとは思っているんですけど、この悪意がなくなったら自分は自分じゃなくなるなっていう感覚もあって。
 社会一般を見たときにそこにいる人全部がパズルのピースで、いろんな形の人がいて、いろんな考え方の人がいて、その全部をはめると一枚の世界のジグソーパズルが完成するんじゃないか、みたいなことをたまに考えて熱が出たりするわけです。あんまり普段考えていないので、少し考えるだけで熱が出るんですけど。

小野 知恵熱が(笑)

浅生 そういう意味では多様っていう言葉の狭さにちょっとうんざりしているというか。多様って言っている割には指しているものが狭い気がする。

小野 浅生さんの場合は、狭くなっているイメージをお持ちなんですね。

難病から回復した時に味わった「自分だけは違う」という罪悪感

小野 『伴走者』を読ませていただいて、この中で私が感じてる多様性と、浅生さんが描いた多様性の中で、「この感覚はすごくリンクしてるな」って思う箇所がありました。
 前編の競技のところの話でドキッとしたところがあって、淡島(夏・マラソン編の主人公。視覚障害のあるランナー・内田の伴走者)が「目が見えることが悪いことのように感じられる」って言うセリフがあるじゃないですか。そこがすごくグッと来たんですよ。
 何でかっていうと、他者、特にこれまで関わったことのないような相手と深く関わると、自分の持っていた世界の見方の軸が、ゴソって移動しちゃう瞬間があると思うんですよね。その瞬間の気持ちを、この箇所だけじゃなくて、この小説全部を通して多く味わさせていただいたなって。

浅生 僕、そのセリフを書いたときにどこかで感じていたのは被災地との付き合い方なんですよ。
 僕は元々、神戸出身で阪神淡路大震災の後もずいぶん見てきたんですけど、東日本大震災のあともちょくちょく東北に遊びに行っているんです。そこで、すごくよく聞いたのが、家を流され、家族を失った人たちがたくさんいる中で、家族は全員無事で家も流されず仕事も失わなかった人たちが感じている罪悪感。その人達は自分は何も失わなかったっていうことにすごく罪悪感を感じていたんです。
 本当はすごくいいことでラッキーだったことなのにもかかわらず、本当に罪悪感を感じていらっしゃる方が多くて、人付き合いがしにくいっていう。それが、視覚障害者に接した時の、晴眼者(目が見える人たち)がどこかで感じる罪悪感のようなものになんとなくリンクしてるなっていう。持てる者の罪悪感というか。そういう感覚をどこかに思い浮かべてそのセリフは書いたと言うような気がします。

小野 浅生さんご自身はそういう罪悪感を感じられたことはあるんですか?

浅生 ありますね。実は僕、子供のころすごい難病の患者で月に1回病院に行っていたんですけど、僕だけどんどん治ったんですよ。同じ病院に同じ病気の子供達が毎月集まっていたのでみんな友達になったんですけど、僕一人が治っていく。でも彼らに毎月会わないといけないんですよね。そうすると、他のみんなはあまり病気が治っていないのに僕ひとりだけ治り続ける状態というのがみんなを裏切っているような気がしていました。そのことは未だに思い出すとちょっと落ち込みます。本当は自分の病気が治っているからいいことなのに、なんかすごい「裏切り者」って言われている気がして。

小野 浅生さんは他の子たちに仲間という結びつきで感じている中で、そこから自分だけが抜けることに関する罪悪感を感じた?

浅生 そうですね。

小野 人間って仲間意識、シンパシーを感じたいという気持ちが根源的にある生き物なのかなと思ったんですね。だから、シンパシーを感じられない状況に陥ったときに、それが罪悪感に結びつくと言うことはあるのかもしれません。

浅生 人間は絶対に1人では生きていけない生物、社会を作らないと存在できない生物だから、どこかに帰属したいとか仲間を作りたいっていう意識は当然あって、それがひっくり返ると仲間以外を攻撃したいって気持ちになるんだと思うんですよね。

小野 そうですね。その先ほどおっしゃられていた他者に対する悪意とかそういうものに変わってきますよね。
 そう言う「分かり合えない」っていう状態に陥った時に、どうするか。そこから人の感情って多分化していっていろんなものが浮かんでくるんだろうなって思っているんですけど……。

次回「『テレビ番組は離乳食』浅く、広くで良い」は、4/13(金)更新予定。

「泣けた、とは言いたくない。それとはちがうのに、涙がでるのだ。」――糸井重里さん 自分ではなく他人のために、勝利を目指す。 熱くてひたむきな戦いを描く、新しいスポーツ小説!

伴走者

浅生 鴨
講談社
2018-03-01

この連載について

浅生鴨×小野美由紀「みんなちがって、みんないい?多様性をテーマに語る日本のいま」

浅生鴨 /小野美由紀

3/7(水)、歌舞伎町ブックセンターにて 「みんなちがって、みんないい?多様性をテーマに語る日本のいま」と題し、小説家の浅生鴨さんと小野美由紀さんの出版記念トークイベントが行われました。NHKにてオリンピック・パラリンピックの担当ディ...もっと読む

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gunzo_henshubu 『メゾン刻の湯』の小野美由紀さん(@Miyki_Ono)と #伴走者 の 約1年前 replyretweetfavorite

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kitchenANEMONE うわ〜鴨さんすごい うっすらちらりと感じて すっかり忘れてたようなこと わかるように伝えてくれる https://t.co/Abm70aSzxN 約1年前 replyretweetfavorite

Miyki_Ono https://t.co/vvc3yeRxSL 「伴走者」作者の浅生鴨さんとの対談。 ・シェアハウスではコップの使い方一つとっても衛生観が全然違う ・震災で「被災しなかった人」の罪悪感はどこから来る? ・多様性って言葉は「多様であ… https://t.co/O291eLxuOp 約1年前 replyretweetfavorite