足腰の弱い、歩みの遅い人に読んでほしい
清田 すごく大きな話で言えば、「未来から現在を規定する」のって近代的な発想だから、大学生たちが不確定な未来から逆算して現在の行動を規定しようとするのはある意味しょうがないのかもしれない。今日は明日のためにあり、明日は明後日のためにあると教えられ、受験でそれを刷りこまれ、近代の呪縛に囚われていく。
かく言う自分もそれにバリバリ囚われ、大学時代は新書をたくさん読めば頭がよくなるとか、資格を取るぞとか、バカみたいに思っていたのですが、結局は何ひとつモノにならなかった。当時は「貴重な学生時代を無為に過ごしてしまった!」とか落ち込んだりもしたけど、いま思えば失敗を繰り返せてよかったなと。今日は明日のためにあるんじゃなくて、基本的に今日は今日を楽しむためにあるんだよね。
正直言えば、いまでも自分のなかに近代的な呪縛はある。何もしない時間を無駄だと思ってしまったり。でも、みんなそういう呪縛に囚われているってことが、大人になってだんだんとわかってきた。だって、社会がそれを強要するから。メディアには「時間を無駄にするな!」「人脈を広げろ!」「セルフブランディングせよ!」というメッセージが溢れかえり、その類のハウツー本もたくさん売られている。そういった社会のなかで生きる学生たちが近代的な呪縛に囚われてしまうのは当たり前の話だと思う。
トミヤマ 近代的な呪縛から逃れようとする清田くんみたいな生き方は、ある意味で「男らしさ」を捨てることともつながるから、男子学生にとってはなかなか高いハードルだよね……。
親が教育ママ・パパだという男子学生が、こんな話を教えてくれました。彼は就活をがんばって、希望の業種に就くことになったんですね。で、○○という会社に決まったよと母親に伝えたら、「何のためにお前を早稲田に入れたと思ってるんだ。そんな聞いたことのない名前の会社に入れるためじゃないぞ」「お母ちゃんガッカリ」みたいなことを言われてものすごく傷ついたと。
清田 それはマジでキツいね……。
トミヤマ いまは不景気だし、希望の業種に入れたらとりあえず「おめでとう」でいいのにね。しかし、親の世代はそれを許すことができなくて、男子に立身出世的なものを強要しようとする。
それって子どもからすると「お前は男らしくない」と言われたに等しいんですよ。夢を叶えるだけじゃダメで、あくまで男としての成功を望まれてしまう。端的に言って地獄ですが、そういう学生の声をなるべく拾い上げつつ、学問を通じてその手の暗示をぶっ壊すのが、わたしのような者の仕事なのかなと思っています。
清田 ほんと、ぜひ壊してあげて!いまの話を聞いて胸が痛くなったわ……。ぼくも就活はしなかったんだけど、 親からは「いい会社に入れ」とプレッシャーをかけられていて。当時それにムカついて、「町の電器屋の息子が一流企業に行けるわけないだろ」「そういう会社に入る学生は親もエリートなんだよ」など、本当に最悪なことを言ってしまったのよ。いまの話に出た彼は、親がいい大学を出てるっぽいから、ぼくが言ったような捨て台詞さえ言えないわけで、もっとキツいかもね……。
トミヤマ うん、相当キツいと思うよ。学生は視野狭窄に陥りがちなので、親の価値観が絶対だと思ってしまったり、親の言葉に傷つけられてしまうことがあると思うけど、そこをうまくかわす方法をわたしたちの本から学んでもらえたらうれしいよね。
でも、本書を全然必要としない人もいると思うんですよ。 いい大学にすんなり入って、テニサーにでも入って、陽の当たるまっすぐな道を歩いているような 。そういう人は、本書を読まなくていいと思ってます。これは、そういう人たちのためにつくった本じゃないので。
マニュアル通りに効率よくやって、大通りをずんずん歩いていける人はそのまま行けばいいんですよ——まあ、マニュアルが通用しない場所や時代に突入したときはどうするんだろうとは思うけど——本書では、現段階で既によろめいている、足腰の弱い、歩みの遅い人たちが、もし転んでも骨折まではしないような方法を提示しています。「俺らの古傷を見るかい?」みたいな(笑)。だから「本書をすべての大学一年生にお薦めします」と言えるかはわからない。中心よりも周縁の存在に向けて書いた本です。
漫画:死後くん(『大学1年生の歩き方』より)
人生をカラフルにするために、複数の自分を生きる
清田 本書では年収も具体的に書きました。フリーランスのモノ書きで、休みなく働いても大体こんなもんだよ、でも、 わりと楽しく暮らしていけるよと言いたかった。そのためには具体的な数字を書かなきゃって思ったんです。ようするに、自分が望む人生の規模感、サイズ感をまず自分で掴まないといけない。それがわからないと、闇雲にお金を稼がなければダメなんだと思ってしまうので。
トミヤマ そうそう。「二千万円プレイヤーになってどうしたいの?」って感じだよね。
清田 ぼくとしては、友達と話す時間、本を読む時間、 映画や芝居を観る時間が欲しくて、そういうモノにアクセスしやすい東京の真ん中らへんに住めて、あとはカワイイ服や雑貨が買えればいい。それに必要なお金と時間を働きながらどう確保するか。そうやって仕事と生活のバランスを考えた結果、いまの暮らしに行きついているんだと思う。やりようはいくらでもあると思うんです。
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