ミックス。

第1回 こうして私は、ようやく普通の人生を手に入れた

「母は、鬼であった。」
幼い頃からのスパルタ教育で、将来を期待された天才卓球少女・多満子。母の死後、すぐさま卓球を捨て、平凡な生活を謳歌していたはずが…偶然の出会いから、男女混合ダブルス(ミックス)に挑戦することに!?
月9ドラマ「コンフィデンスマンJP」の脚本家、古沢良太の映画「ミックス。」オリジナルシナリオ。


1 多満子のアパート・部屋(夜)

はにかみながら話す富田多満子の顔。

多満子「……実は私、結婚するの。前から熱烈なプロポーズ受けてて、私の方が根負けって感じで。ごめんなさいね、あなたを捨てるみたいになっちゃって。年収4千万のお医者さんで、フランス人とのハーフで、明日からプロバンスに」

急にクッションを壁にぶつけ、羽毛が舞う。

多満子が相手にしていたのは、ぬいぐるみ。

室内は、引っ越しの荷造りの途中、大量のアルコールの空き瓶、空き缶が転がっている。

飲みながら泣く多満子。


2 ローカル線・列車内

座席(通常のロングシート)の多満子、二日酔いでぐったり、目が死んでいる。

近くの席に、陰鬱そうな男(萩原久)がいて、じっと一方を見つめている。

視線の先には、3人の女子中学生(吹奏楽部)が合宿の帰りだろうか、疲れてだらしなく寝ている。

萩原、周りを気にしながらもそっと席を移り、女子中学生たちのそばへ。様子をうかがっている。

多満子、立ち上がると、ふらふらと萩原と女子中学生の間へ座り、萩原の視界を遮断する。

多満子「(二日酔いの目で萩原を睨みつける)」

萩原「……(酒臭くて顔をしかめる)」

多満子「……(吐きそうなのを堪えている)……うっぷ」

萩原、席を立ち、移ろうとする。

そのとき列車が急ブレーキをかけた。

萩原、バランスを崩し、多満子の上に覆いかぶさるように押し倒した。

多満子「……ウッ」


3 同・情景

警笛を鳴らして、美しいのどかな景色の中を列車がゆく。

多満子モノローグ「その球技は、人生におけるいくつかの真理を私に教えてくれた」


4 富田家・多満子の部屋・押し入れの中

地味で素朴な少女が暗闇でおままごとをしている。多満子(6)。

多満子モノローグ「その1、輝かしい栄光は人を狂わせる。私の母は特に重症だった」

階段を上ってくる激しい足音に戦慄する多満子(6)。

多満子モノローグ「母は、鬼であった」

がらっと押し入れの戸を開けたのは、卓球のユニフォームを着た女性、富田華子。その顔は、まんま鬼。

多満子(6)「(恐怖で震える)」

多満子モノローグ「勿論、比喩的表現。本当はこんな顔」

素顔の華子、鬼の形相。

華子「隠れたって無駄なんだよ」

多満子モノローグ「あまり変わらない」


5 田舎の道

華子、多満子(6)を無理やり引きずっていく。

華子「お前のいるべき場所はどこだ!」

6 フラワー卓球クラブ

数台の台が並ぶ卓球道場。華子がトロフィーを持った大きな写真が掲げてあり、多満子(6)が獲得した賞状やトロフィーが並んでいる。

華子、猛スピードで球を強打しまくっている。

華子「前!前!前で打て!食らいつけよ!そんなんで世界獲れるかバカタレ!前へ出ろって言ってるだろ!あんたは天才なの!表彰台の一番上で輝くの!」

泣きながら打ち返している多満子(6)。

多満子モノローグ「その2、親という生き物は、我が子を天才と思いたいものであり」


7 全国大会・会場

多満子モノローグ「容易には現実を受け入れられない」

卓球シングルス女子・バンビの部の表彰台に立っている多満子(7)。

3位で、その表情は絶望的。

多満子モノローグ「天才とは例えばあの子のこと」

司会者「シングルス男子・ホープスの部、優勝、江島晃彦君」

6年生に挟まれ、表彰台の頂点に立ってフラッシュを浴びているのは小柄な美少年・江島晃彦(7)。

×     ×     ×

片隅で、華子に叱責され泣いている多満子(7)。

華子「あんな格下に負けて恥ずかしくないのか負け犬!やる気ないならやめちまえ!」

多満子(7)「やべたいです~」

華子「甘ったれるな!あんたの気持ちなんか関係ないんだよ」

多満子モノローグ「その3、この地獄からいつか王子様が救い出してくれる」

江島少年がやってくる。が、通り過ぎて行った。

多満子モノローグ「ような奇蹟は、決して起きない」

多満子(7)「うわああ~」


8 病院・病室

病床の華子。

付き添っているセーラー服姿の多満子(15)。

多満子モノローグ「その4、人は得てして、大切なことに気付いたときには、遅すぎる」

華子「……多満子に私の夢、押し付けてた……あなたは控えめで、普通のお嫁さんになりたい子だったのよね……やめていいわよ、卓球」

多満子(15)「お母さん……」

華子「普通の暮らし……平凡な人生こそが……一番の幸せよ」

多満子(15)「分かってくれて嬉しい……」

華子「……できれば続けてほしいけどね」

多満子モノローグ「やはり母は重症だった」


9 葬儀

華子の棺を前に、悲しみに暮れて泣いている多満子(15)と、父親の富田達郎(46)。

葬儀屋「故人に持たせてあげたい物がありましたら、お棺にお入れください」

多満子(15)、うって変わってラケット、ユニフォーム、シューズなどを一心不乱にこれでもかと詰め込み始める。

達郎「……多満子……蓋閉まんなくなっちゃうから」


10 様々なモンタージュ

多満子モノローグ「こうして私は、ようやく普通の人生を手に入れた」

ギャル化して友達とプリクラを撮っている多満子(17)。遠慮がちにはじっこで。矢印で『これ』。

ガングロメイクでカラオケを歌っている多満子(17)。矢印で『これ』。

友達と当時のギャグ(そんなの関係ねぇとか)をやっている多満子(18)、あまりできていない。

多満子モノローグ「普通の青春を送り」


11 横浜の光景(朝)

きらびやかな横浜の街。

多満子モノローグ「普通の就職をした」


12 渚テクノロジー・庶務課

OL姿の多満子、自作した弁当を一人食べている。

多満子モノローグ「普通の恋をし、普通の家庭を築く。……準備はいつでもできている」

多満子、まずそうな表情。調味料を間違えたらしい。

同僚の水野沙希がやってくる。

沙希「今日の合コン、急に頼んで悪いんだけどさ」

多満子「あ、なんとかなりそう。人数合わせないとね」

沙希「美咲先輩やっぱり来られることになったんだって。悪い多満子!また今度!」

多満子「(素直に)そうなんだ、よかったね」

多満子モノローグ「28歳。相手の不在が深刻な問題になりつつあることは自覚している」

全脚本+映像では未収録となった幻のシーンが付録についた完全版。著者による描き下ろしの表紙、挿絵イラストも!

この連載について

ミックス。

古沢良太 /コルク

偶然の出会いが、わたしの人生を変えたーー。 脚本家・古沢良太の映画「ミックス。」オリジナルシナリオを特別公開! 男女混合ダブルスに挑む、元“天才卓球少女”を演じた新垣結衣が、日本アカデミー賞主演女優賞を受賞した話題作。

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コメント

i_i_i_i_i_coco 読めた!続き公開あるかな? https://t.co/9WZqPsdI7q 6ヶ月前 replyretweetfavorite

niconicobu2012 ❤映画ミックスが目に浮かぶ😉# 7ヶ月前 replyretweetfavorite