1 多満子のアパート・部屋(夜)
はにかみながら話す富田多満子の顔。
多満子「……実は私、結婚するの。前から熱烈なプロポーズ受けてて、私の方が根負けって感じで。ごめんなさいね、あなたを捨てるみたいになっちゃって。年収4千万のお医者さんで、フランス人とのハーフで、明日からプロバンスに」
急にクッションを壁にぶつけ、羽毛が舞う。
多満子が相手にしていたのは、ぬいぐるみ。
室内は、引っ越しの荷造りの途中、大量のアルコールの空き瓶、空き缶が転がっている。
飲みながら泣く多満子。
2 ローカル線・列車内
座席(通常のロングシート)の多満子、二日酔いでぐったり、目が死んでいる。
近くの席に、陰鬱そうな男(萩原久)がいて、じっと一方を見つめている。
視線の先には、3人の女子中学生(吹奏楽部)が合宿の帰りだろうか、疲れてだらしなく寝ている。
萩原、周りを気にしながらもそっと席を移り、女子中学生たちのそばへ。様子をうかがっている。
多満子、立ち上がると、ふらふらと萩原と女子中学生の間へ座り、萩原の視界を遮断する。
多満子「(二日酔いの目で萩原を睨みつける)」
萩原「……(酒臭くて顔をしかめる)」
多満子「……(吐きそうなのを堪えている)……うっぷ」
萩原、席を立ち、移ろうとする。
そのとき列車が急ブレーキをかけた。
萩原、バランスを崩し、多満子の上に覆いかぶさるように押し倒した。
多満子「……ウッ」
3 同・情景
警笛を鳴らして、美しいのどかな景色の中を列車がゆく。
多満子モノローグ「その球技は、人生におけるいくつかの真理を私に教えてくれた」
4 富田家・多満子の部屋・押し入れの中
地味で素朴な少女が暗闇でおままごとをしている。多満子(6)。
多満子モノローグ「その1、輝かしい栄光は人を狂わせる。私の母は特に重症だった」
階段を上ってくる激しい足音に戦慄する多満子(6)。
多満子モノローグ「母は、鬼であった」
がらっと押し入れの戸を開けたのは、卓球のユニフォームを着た女性、富田華子。その顔は、まんま鬼。
多満子(6)「(恐怖で震える)」
多満子モノローグ「勿論、比喩的表現。本当はこんな顔」
素顔の華子、鬼の形相。
華子「隠れたって無駄なんだよ」
多満子モノローグ「あまり変わらない」
5 田舎の道
華子、多満子(6)を無理やり引きずっていく。
華子「お前のいるべき場所はどこだ!」
6 フラワー卓球クラブ
数台の台が並ぶ卓球道場。華子がトロフィーを持った大きな写真が掲げてあり、多満子(6)が獲得した賞状やトロフィーが並んでいる。
華子、猛スピードで球を強打しまくっている。
華子「前!前!前で打て!食らいつけよ!そんなんで世界獲れるかバカタレ!前へ出ろって言ってるだろ!あんたは天才なの!表彰台の一番上で輝くの!」
泣きながら打ち返している多満子(6)。
多満子モノローグ「その2、親という生き物は、我が子を天才と思いたいものであり」
7 全国大会・会場
多満子モノローグ「容易には現実を受け入れられない」
卓球シングルス女子・バンビの部の表彰台に立っている多満子(7)。
3位で、その表情は絶望的。
多満子モノローグ「天才とは例えばあの子のこと」
司会者「シングルス男子・ホープスの部、優勝、江島晃彦君」
6年生に挟まれ、表彰台の頂点に立ってフラッシュを浴びているのは小柄な美少年・江島晃彦(7)。
× × ×
片隅で、華子に叱責され泣いている多満子(7)。
華子「あんな格下に負けて恥ずかしくないのか負け犬!やる気ないならやめちまえ!」
多満子(7)「やべたいです~」
華子「甘ったれるな!あんたの気持ちなんか関係ないんだよ」
多満子モノローグ「その3、この地獄からいつか王子様が救い出してくれる」
江島少年がやってくる。が、通り過ぎて行った。
多満子モノローグ「ような奇蹟は、決して起きない」
多満子(7)「うわああ~」
8 病院・病室
病床の華子。
付き添っているセーラー服姿の多満子(15)。
多満子モノローグ「その4、人は得てして、大切なことに気付いたときには、遅すぎる」
華子「……多満子に私の夢、押し付けてた……あなたは控えめで、普通のお嫁さんになりたい子だったのよね……やめていいわよ、卓球」
多満子(15)「お母さん……」
華子「普通の暮らし……平凡な人生こそが……一番の幸せよ」
多満子(15)「分かってくれて嬉しい……」
華子「……できれば続けてほしいけどね」
多満子モノローグ「やはり母は重症だった」
9 葬儀
華子の棺を前に、悲しみに暮れて泣いている多満子(15)と、父親の富田達郎(46)。
葬儀屋「故人に持たせてあげたい物がありましたら、お棺にお入れください」
多満子(15)、うって変わってラケット、ユニフォーム、シューズなどを一心不乱にこれでもかと詰め込み始める。
達郎「……多満子……蓋閉まんなくなっちゃうから」
10 様々なモンタージュ
多満子モノローグ「こうして私は、ようやく普通の人生を手に入れた」
ギャル化して友達とプリクラを撮っている多満子(17)。遠慮がちにはじっこで。矢印で『これ』。
ガングロメイクでカラオケを歌っている多満子(17)。矢印で『これ』。
友達と当時のギャグ(そんなの関係ねぇとか)をやっている多満子(18)、あまりできていない。
多満子モノローグ「普通の青春を送り」
11 横浜の光景(朝)
きらびやかな横浜の街。
多満子モノローグ「普通の就職をした」
12 渚テクノロジー・庶務課
OL姿の多満子、自作した弁当を一人食べている。
多満子モノローグ「普通の恋をし、普通の家庭を築く。……準備はいつでもできている」
多満子、まずそうな表情。調味料を間違えたらしい。
同僚の水野沙希がやってくる。
沙希「今日の合コン、急に頼んで悪いんだけどさ」
多満子「あ、なんとかなりそう。人数合わせないとね」
沙希「美咲先輩やっぱり来られることになったんだって。悪い多満子!また今度!」
多満子「(素直に)そうなんだ、よかったね」
多満子モノローグ「28歳。相手の不在が深刻な問題になりつつあることは自覚している」