横尾忠則「​​ピカソから自己の忠実さを学ぶ」

【第9回】横尾さんは60~70年代にかけて、宇宙や精神世界へと関心を広げますが、80年代にニューヨークで見たピカソ展に衝撃を受けて、そうしたニューエイジ的世界から足を洗ってしまいます。そして、ついに「絵を描く」という画家宣言をされます。(聞き手・平野啓一郎)

ピカソから自己の忠実さを学ぶ 

平野啓一郎(以下、平野) 60年代から70年代にかけて、そうした宇宙や精神世界といった、商業的なグラフィックデザイナーとは異なる世界への関心の広がりと深まりがあって、80年代にニューヨークでピカソ展を見て、ついに画家宣言をされます。

その頃には、やはりグラフィックデザイナーとしての仕事に物足りないというか、自分のなかで不満というか、「何か違うんじゃないか」という感じが高まってきていたんですか?

横尾忠則(以下、横尾) そんなことはない。グラフィックは僕の天職だと思っていた。ただ、三島さんが亡くなったことと、万博の仕事が終わったことが同じ年(1970年)にあって、それから同じ頃に交通事故に遭って、1年半ぐらい休業宣言的なことをして、とにかく外国をうろうろ旅行して暮らしている時期があったんです。

特に南方指向が子どもの頃からあったので、南太平洋を訪ねたり、タヒチとかイースター島とか、同時にアトランティスやレムリア、ムー大陸などの失われた古代文明的なものに興味を持ったりして。

楽園、桃源郷、そういった千年王国的なユートピア志向に憧れて、地上にないものを探そうという気持ちから、精神世界的なものに傾いていったような気がするんですよ。

でも、ピカソ展でピカソの絵に出会った瞬間に、そういう興味は一瞬にして消し去って、現実的になってしまって、カリフォルニア的なニューエイジ的世界から足を洗ってしまうんですよね。とにかく「絵を描く」と決めた途端に、それまでのものは全部封印してしまった。

平野 そのときの衝撃、そしてその後に絵を描き続けるなかでのピカソのすごさというのは、これは語るのは難しいと思うんですけど、どの辺にあるんでしょうか?

横尾 つまり、ピカソは何でもありだね。というのは、美術家というのは、何でもありの精神を捨ててしまっているんですよ、最初から「こうあるべきだ」とか、「固定した様式や主題を持たねばならない」とかいうことに、がんじがらめに縛られている。それが画家としてのアイデンティティだと思っているわけ。

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現代作家アーカイヴ~自身の創作活動を語る

飯田橋文学会

高橋源一郎さん、瀬戸内寂聴さん、谷川俊太郎さん、横尾忠則さん…小説家・詩人・美術家の人たちは何を生み出してきたか? 自身が代表作を3作選び、それらを軸として創作活動の歴史を振り返ります。創作の極意、転機となった出来事、これからの話ーー...もっと読む

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コメント

shindo_hi と思ったらピカソに出会って、60年代のニューエイジ的なものからいっさい足を洗ってしまい、「画家になる」という話がおもしろい。 https://t.co/C8gCHGEySB 12ヶ月前 replyretweetfavorite

suerene1 これはすごく興味深い。→  https://t.co/zpgZkFNaOd 2年以上前 replyretweetfavorite

bear_yoshi 「禅では、人間はすでに悟った存在であるということに気づかせてくれる」 2年以上前 replyretweetfavorite

hiroomisueyoshi この記事が無料で読めるしあわせよ。人によっては、人生の方向性が変わってしまう可能性を秘めたものではないかと。 https://t.co/n33IRuBTSQ 2年以上前 replyretweetfavorite