数値化できない面白さを信じる—岩崎夏海×森高夕次対談 第3回

小説界と漫画界で、独特な視点からヒット作を飛ばした両氏の話はお互いの核心へと迫る。 いよいよ最終回となる対談第3回。両者の会話は、表現技法やお気に入りの漫画作品へと進み、おもしろさの本質の話へと向かう。

『グラゼニ』はアップをなるべく使わない。

岩崎 漫画家さんの視点からおうかがいしたいんですけど、梶原一騎さんとか、そういうキラ星みたいな作家さんがいらっしゃいますよね。で、『巨人の星』と『あしたのジョー』を同時連載していた。そういう作品の作り方に対してはどういう評価なんでしょう?

森高 僕は梶原一騎さん、大好きなんです。梶原さんはやっぱりものすごくおもしろいエンターテインメントを描ける天才だったんですよ。でも引き出しが少なかったんですよね。格闘技っていう引出しにかなり集中していたんです。『巨人の星』は野球漫画ではありますけど、ほとんど“格闘技”部分に集中しているわけで。

岩崎 はい。

森高 梶原さんは旬みたいなのが明確なんですよ。昭和40年代がピークなんですよね。50年代に入っちゃうともう格闘技のプロモーターみたいな感じになっちゃって。それこそ岩崎さんが警戒しているような“売れちゃった作家”のその後の人生を歩んだというか。たぶん梶原さんもある段階で出版界から、「もう古いよ」って言われたと思うんです。そこから実際の格闘技の世界に入っていって、プロモーターになって。でもそのプロモーターで腰掛け的に作品を描いていると、また荒れてくるので評価を落として。で、酒浸りになって50歳で亡くなるんですけど、その生き方は、本当に売れた作家のピークっていうものを体現しているんだと思うんです。これは、真にかっこいい作家の生き方なんです。「売れたから」「落ちぶれることもできる」みたいな……凡人には絶対マネできない!

岩崎 なるほど。

森高 手塚治虫さんはピークがずっと続いたんです。本当に分野が広いですからね。梶原さんは良い意味で底が浅いんです。手塚さんは結構深いんだけど、梶原作品のような突破力は発揮していなかったと思うんです。手塚さんも梶原さんと同じように事業家でもあったんです。アニメの会社を経営してみたり。でも最終的に「亡くなるまで作家だった」っていう生き方をしている。病室で描いていたわけですからね。僕はノムさん(野村克也)じゃないけど、生涯一捕手みたいな、生涯一漫画家でありたい。そう考えると、妙にピークがきちゃうとやばいんじゃないか、ってことを小市民だから考えちゃう(笑)。ピークが来ちゃうと、他の道に逸れちゃうかもしれない…とか(笑)。

岩崎 小市民かどうか分からないですけど……。そうなるとヒットする法則がないんだとしたら、運ですか? 

森高 僕は子供の頃から、人より漫画をよく読んでいたんですよ。それこそ研究していたところもあるんですよね。今の“萌え文化”だとか、アニメの要素とか、そういう最先端なことは研究できないんだけど、子供の頃に原体験で梶原一騎や手塚治虫を読んで「面白かったよな、アレを今、真似っこしてみよう」くらいの感じでやっているところがあるんです。案外そういうところが、逆に新鮮味を持って受け入れられているかもしれない。描き方としては『グラゼニ』はちょっと古いんです。お金と絡めているところが新しいというけれど、描き方は全然ベタっていうか、ちばてつやさんとか水島新司さんとか、先達の文法を使って描いているんです。だけど、それが面白いと言ってくれる人もいる。それで貫き通しちゃっている。でも今ほかの漫画にそのようなもの少ないと思うんです。

岩崎 確かに!

森高 それがある意味戦略になっちゃっているのかなって思います。

岩崎 ちばてつやさんとかって俯瞰の映像ですよね。

森高 そう、俯瞰が多いんですよ。『グラゼニ』もです。

岩崎 『グラゼニ』もそうですよね、確かに。今言われてそう思ったんですけど。

森高 『グラゼニ』は本当にアップが少ないんです。塁間やピッチャーとキャッチャーの距離感とか、どこに打たれた、どこにボールが転がった、っていうのは、絶対に俯瞰で抑えるんですよ。アップで描かない。「ライト前ヒット」をライトの目線で描くと漫画的に分かりづらくなるんですね。ライトに転がっていったら、もっと高いカメラで内野を越えていったっていう絵を描かないと分からないんです。それを今の若手の漫画家はアングルをちょっとカッコよく描いちゃうんですよ。でもそうすると「ライト前ヒット」が伝わらない。でも、ちばてつやさんの漫画を見ていると、そういった部分が本当によく分かるんですね。

岩崎 ああ、そうですよね。

森高 『あしたのジョー』ですらそうなんですよ。殴ったところを俯瞰で描くんですよね。そうするとジョーがどこにパンチをいれたのか、よく分かる。あんな俯瞰なのに。アップでドーンって描いた方が伝わるような気がするんですけども、それは人間の脳からするとちょっと理解が一瞬遅れるというか。それよりも俯瞰で全身を描いてもらっちゃった方がよっぽど分かりやすい。僕はどこかでそう結論立てているんです。それが『グラゼニ』にはメチャクチャ入っています。

『おれは鉄平』の表現技法

森高 「妙に今風のアップ」はできるだけ多用しません。そういう意味で過去の漫画作品から学ばせてもらってます。まさに岩崎さんの後ろの棚に並んでいる『おれは鉄平』(ちばてつや/1973年~1980年に週刊少年マガジンで連載)、僕のバイブルなんですよ。

岩崎 そうですか! 『おれは鉄平』の単行本でいうと16巻(KCスペシャル版)ぐらいまでで、剣道は描きつくした感じがあります。ここで終わるっていう選択があったと思うんです。でも「もうちょっとやってくださいよ」みたいなよくある連載延長のオファーがきて、「しょうがないから親父との話を描くか」みたいな話から自由に描き始めたときに、人気にだけ左右されない批判精神みたいなのが作品に溢れたように感じるんです。この瞬間がたぶん僕が考える“天然”っていうか、見切りの良い例なんですよね。

森高 あぁなるほど。目から鱗ですね。

岩崎 だからその17巻の吹っ切れ具合っていうか、宝探し編の吹っ切れ具合が好きなんですよ。

森高 なるほどね。それは当時の『週刊少年マガジン』の編集部的に言うと、「なんでちば先生宝探し始めるんだろう?」って思ってたと思うんですよ。「ずっと剣道ばかりやってくれた方が雑誌はありがたいのに」、みたいなね。

岩崎 そうですね、そう。

森高 この宝探し編は、出てくる洞窟まで俯瞰で描いているんですよ。洞窟なのに俯瞰! 変なんですけど分かるんです、洞窟のどこで穴を掘っるということが。これ、今の漫画だったら絶対に描かない方法でしょう。もっとカメラが寄ると思うんですよね。この描き方ってそれこそ学ばせてもらってるんです。

岩崎 わかります!

森高 これはすごく古臭い描き方なんだけど、よく伝わってくるんですよ。これは『グラゼニ』の中にいっぱい多用させてもらっている。そういう意味でも『おれは鉄平』は僕の人生の中で一番か、二番目くらいとかに好きな作品なんです。

『がんばれ元気』の完成度

岩崎 僕は一番好きな漫画ははっきりしていて、『がんばれ元気』(小山ゆう/1976年~1981年に週刊少年サンデーで連載)なんですよ。『がんばれ元気』は僕の調べた限りでは、最初の第一話は読みきりだったんですよね。

森高 そうです。

岩崎 最初が読みきりで、次が5話ぐらいまでの……。

森高 短期集中連載。

岩崎 結局28巻まで描いたんですけども、その第一話の前フリが28巻に効いているんです。読み切りの段階で描いたアッパーストレートっていう技が、28巻の最後の技として決まるんです。この奇跡がなぜ起きたのか、僕は考えちゃうんです。

森高 『がんばれ元気』は『あしたのジョー』のアンチテーゼでやったらしいんですね。『あしたのジョー』は、不良少年が恵まれていないところからのし上がっていく。でも、元気はものすごく恵まれているわけです。大豪邸のお坊ちゃんがハングリースポーツに入っていく物語。僕は『がんばれ元気』の最終回のことを岩崎さんに聞きたい。最終回、無茶苦茶感動しませんでした?

岩崎 感動しましたよ! 最後の文字が出てきた瞬間に震えましたね。絵を描かないんだ! って思って。「元気が帰ってくる」ってあるだけ。

森高 そうそうそう。「元気が帰ってくる」。あぁ、この話ができたのは何十年ぶりだぁ(笑)

岩崎 (笑)

森高 『がんばれ元気』の最後の話、できる人ははなかなかいないですよ!

岩崎 僕は最終回の前の話も好きなんです。前の回にセリフをいれないんですよね。全部絵で説明しているんですよ。なぜここでこんな実験をするのかって思いました。あと「ホッホッホッ」っていう独特の走り方の表現とかね。

森高 それで「元気が帰ってくる」と、おじいちゃんとおばあちゃんたちが涙流しているんですよ。

岩崎 泣きながらね。あれは本当にしびれました。完成度っていう意味で、『がんばれ元気』を超える漫画ってないと思うんですよ。つまり誰も『ドラゴンボール』の完成度を語らないじゃないですか。『北斗の拳』も。『ジョジョの奇妙な冒険』にしたって、完成度なんかないっていうのがネタになっている名作漫画じゃないですか。下手すれば『あしたのジョー』だって滅茶苦茶な話だし、『おれは鉄平』だって起承転結はないわけですよね。でも、『がんばれ元気』だけが28巻まとめて描きおろしで描きましたみたいな構成になっている。

森高 そこは作家の力量なんでしょうね。だってあれを描いたときの小山ゆうさんだって最初の頃は新人扱いというか、ゲスト的に読み切りを載せられたでしょうし。それが28巻でキレイにまとまっているっていうのは、まさに小山さんは天才としか言えない」

数値化できないものにチャンスは眠る

岩崎 『おれは鉄平』もやっぱり世界が好きなんですよね。鉄平が住んでいる世界が。僕はずっと東台寺学園を、目をつぶって頭の中で歩いていましたもんね。寮がこういう感じになって、学食っていうか食堂でご飯食っているシーンとかが好きなんですよ。そういうのは1コマとか、2コマとかぐらいしか出てこないんだけど、こういうところで鉄平飯食っているんだって分かる。トイレが和式になっていてね。「食ったら出す」とかいいながらうんちしてね。

森高 それ! 今の漫画家は描いてくれないんですよ。東台寺学園がどういう校舎なのかとか、みんなが合宿していている俯瞰の画とか、、朝になると顔を洗っている風景とか……。。一人ひとりどういう風に顔を洗っているかポーズを描き分けたり、一人ひとりの寮の部屋がどうなっていて、そこに二段ベッドがどうなっているかとか、みんなで飯を食うとき、どういう奴が集まっているとか、大まかな俯瞰で描いているんですよね。それがあると読者の脳裏にボコンッて焼きつくわけじゃないですか。

岩崎 入れるんですよ、作品の中に。

森高 それは本当にちばてつやさんの労力っていうか、アシスタントの労力っていうか。そこを描きこめるかどうかっていうのが漫画の分かりやすさの一つだと思うんですよね。今の漫画家がやらなくなっちゃっているので、僕は意識的にそういうことをやろうと思っています。面倒くさいんですけど、やることによってほかのものと差別化ができるんじゃないのかな。岩崎さんがおっしゃったようなことって、一般読者は言わないんですよ。そんなことよりもストーリーに感動したとか、キャラがカッコイイとかで評価する。すると、漫画の編集者もそこに行っちゃうわけです。読者はそこを見たがっているんだから、みたいな感じで少年漫画は作られている。東台寺学園の学食がどうなっているのかとか、そんなことを大ゴマで描かなくていいですよっていうのが、たぶん今の編集者だと思うんですよ。

岩崎 僕は絶対に読者のこと信用しないんですよ。なぜなら読者の意識にのぼってくることは表層的なものだから。それよりも分かってないことの方に読者は大きな印象を受けていて、そこにひかれているはずなんです。だからアンケートに書かれていないことが重要なんです。アンケートは、これが読者の本当の気持ちじゃないんだろうなってことを知るためにやるんですよ。だからそれを絶対に参考にしちゃいけない。アンケートは逆リトマス試験紙なんです。

森高 それは漫画の編集者に向けて講演した方がいい(笑)

岩崎 僕は長い間それに気づかなかったんですけど、ようやく分かったんです。人の言うことを聞いていたら負けというか、読者の言うこと聞いていたら負けなんですよ。おもしろさの本質は、じつは読者の意識にはのぼっていないことなんです。

森高 そこは本当に本質ですよね。編集者に言わせてみたら「岩崎さん、そんなこと言うけど、アンケートのデータもその通りになっていくものなんだよ」と言うかもしれない。たしかにアンケートデータの分析が合っている部分もあるのかもしれない。だけど、岩崎さんがおっしゃったことも無茶苦茶本質なんですよ。そういう部分を忘れちゃいけないですよね。データは大事なんだけど、岩崎さんのような気持ちがないとエンターテイメントは作れない。こう、怨念とかマインドとか魂というか、そういう部分を持っていないと。数値化できないものが、僕も大事だと思うんですよね。それを僕は今の連載作品の中で出せないかなって、すごく思うんです。

岩崎 いや~、今回は貴重なお話、ありがとうございました!

森高 ありがとうございました。僕もおもしろかったです!


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この連載について

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激論240分!! 勝利のための方程式

森高夕次 /岩崎夏海

「高校野球」「女子マネ」に「経営論」を組み合わせた小説『もしも高校野球の女子マネージャーがドラッガーの『マネジメント』を読んだら』で270万部を超える社会現象を起こした岩崎夏海。タブー視されていた「プロ野球」と「カネ」に焦点を当てた漫...もっと読む

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コメント

exojacket いろいろと考えさせられる。。。 約3年前 replyretweetfavorite

toki_kanashii |激論240分!! 勝利のための方程式|岩崎夏海 /森高夕次|cakes(ケイクス) この対談面白い、漫画論コンテンツ論かな https://t.co/mKW0Aj8BVq 約4年前 replyretweetfavorite

motoji_etoile がんばれ元気は、何度泣いたことか。関拳士との打ち合いで父を失くす場面、三島さんが亡くなって鏡を打つ場面、芦川先生との飲んで告白する場面、最終回で関拳士に雪辱を果たす場面。どれも鮮明に覚えている。>岩崎夏海×森高夕次http://t.co/xb79gYwpdZ 5年弱前 replyretweetfavorite

motoji_etoile 「グラゼニ」の森高さんと一緒で、私も「がんばれ元気」が死ぬほど好きなんです。  5年弱前 replyretweetfavorite