売れる」ことへの覚悟— 岩崎夏海×森高夕次対談 第2回

ステレオタイプな“野球コンテンツ”の枠組みを逸脱した作品で大ヒットを生み出した二人が「成功の極意」を語り合うスペシャル対談。『グラゼニ』誕生秘話から作家としての生き方までが赤裸々に語られた。

早く世に出したい! と思って原作者に

森高夕次(以下、森高) 僕には、いろいろと思いついたアイデアを1日も早く発表したいっていう欲求がものすごくあるんです。しかし、漫画の連載1本仕上げるのには、どうしても時間がかかります。画を描くよりもアイデアを早く世に出したいタイプですから、画は違う作家の方に描いてもらってもいいんです。だから『グラゼニ』では原作をやっているんです。僕が『グラゼニ』でやっているのはネームで、作画はしない。ネームは短時間でできるので。僕も本当に“天然”なんでしょうね。いつもは戦略的に考えているつもりでも「こんなのやりてぇ!」って思っちゃったら、「早く出したい!」と編集者にお願いしちゃうんです。

岩崎夏海(以下、岩崎) つまり『グラゼニ』を描く時間はなかった。

森高 そうですね。……僕が描かなくて本当に良かった(笑)。アダチケイジさんっていう漫画家に描いてもらって本当に良かったって思います。実は最初に編集部が設定してくれた作画の人は違う人だったんです。当時僕はちょっと忙しくて、作画の人を探すことを編集部に任せていたんですね。でもその人に決まったあと、ご本人が辞退されたんですよ。結果的に考えると辞退してくれたことが良かった(笑)。次に決まったのが現在『グラゼニ』を描いているアダチケイジさん。彼の過去の作品を見て、ものすごく良いと思いました。

岩崎 アダチケイジさんの画のどこに惹かれたのですか? 野球ってすごくデリケートだと思うんですよ。なんか野球漫画の独特のコードっていうか、描き方みたいのがありますよね。

森高 そういう意味で言うと、アダチケイジさんは野球は分からないですからね。でも、そこは二の次なんです。『グラゼニ』は正面切った野球漫画じゃないし、もうちょっと人の人生面に踏み込んだ漫画だから、とにかくアダチさんの描くキャラクターが良かった。惹かれたのはキャラクターデザインや表情、画を見たときのインスピレーション……。もちろん、読者にツッコまれたりしますけどね。この投げ方はないだろうとか、この塁間の感覚は違うだろうとか(笑)。僕もずっと野球漫画を描いてきたので、これはちょっと違うかな、というときはありますけど、それが問題にならないほどの魅力がアダチさんにはあるんです。口で説明するのが難しいんですけど……。

岩崎 なるほど。『グラゼニ』の中心は人生面とおっしゃいましたが、まぁゼニってことでおカネそのものなのか、それともお金を気にしている凡田夏之介って男なのか、どっちなんですかね?

森高 僕はニッポン放送の「ショウアップナイター」を聞きながら仕事をすることが多いんですが、放送中、江本孟紀さんが、『こいつはこんなに高い給料貰っとるクセに、なんつーバッティングしとるんや!』とか、給料とプレーを比べて解説されるんですよね。これがものすごく共感するというか、面白いって思っていたんです。だから単純に「おカネと野球を結びつけた作品」を描きたかったから描いたんです。戦略なんて何もなくて。

岩崎 そうなんですか。本なんてビジネス書しか売れないみたいな時代になっているので、漫画もたぶんにそういう傾向があると思うんですよ。自己啓発っていうわけじゃないけども、何かビジネスに絡んでいるみたいな。そういう流れの中で『グラゼニ』のアイデアを出されたように感じたんですけど、そういうお気持ちは?

森高 それは後で考えると、「マネー」がキーワードとして絡んでくると、漫画は売れるのかもしれないですね。『ナニワ金融道』しかり、『ミナミの帝王』しかり、『ウシジマくん』しかり……。世の中の人は野球に興味があるよりも「人の給料」に興味があって『グラゼニ』を読んでいるっていう印象がありますね。だから今になって考えると、読者ってそういうところに興味があるのかな、とは思います。でも、こういう結び付けを最初から狙ってやったわけじゃないんですよね。マネーが絡んでくるとウケるのかというのは、後付けで分かった感じですかね。“天然”ですよね。戦略なんて何もなくて、描きたいっていう気持ちだけがあったんです。

岩崎 それは知りませんでした。『グラゼニ』の最初の方に、凡田が「何年もやれる仕事じゃないから、貯金でもしてきたい」などというセリフがありますが、あれも無意識に……

森高 そうですね。自然な形で出てきました。もし自分が野球選手で年俸1800万円だったら「貯金したいよな」って思う。そんなことを日々考えながら作っているわけです。

漫画家の醍醐味

岩崎 漫画家さんは、野球選手ほどシビアな年齢設定とかあるんですか?プロ野球選手に自分を重ね合わせる部分はありました?

森高 それはありますよね。プロ野球選手と漫画家とでは、厳しさは全然違いますけど。プロ野球選手は1球団70人っていう枠もあるし、毎年ドラフトをしてライバルが確実に入ってくるので、それはもうプロ野球選手とかプロスポーツの世界の方が、漫画家よりもはるかに厳しいのは間違いない。漫画家は言い張れますからね。どんなに売れなくなっちゃっても「俺は漫画家だ」って(笑)。

岩崎 僕は逆なんですよね。野球選手のように数字で出る方が楽。作家も数字で出ますけど、人気ってロジックじゃない。野球界ってほぼ純粋に実力が反映される世界だと思うんですけど、作家や漫画家は野球選手に比べたら実力が反映される純度っていうのは……。

森高 もっとファジーじゃないですか?

岩崎 そう、それが僕はすごく嫌なんです。小説も本当に実力で判断されるといいな、と思う。

森高 そうですか。僕はシビアに数字ばかり追い求められたら連載がもたなくなっちゃうって考えてます。「この漫画は数字を出しているわけではないけど、この価値観はアリだよね」というかたちで連載が続くというのもこの世界の魅力だと思います。連載は綱渡りですよね。打算的に先の方まで考えられなくて「とりあえず来週のネタは……」となるんです。

岩崎 ああ、なるほど。やっぱりそれは漫画の表現技法・表現の場というのが独特だからなんでしょうね。本は結末まで決めてから、書いて、そこからフィードバックしてやり直すっていう作業が当たり前のようになっているんですけれども、漫画の場合、打ち直しができないんですよね。

森高 連載ですからね、結末より「まず来週」(笑)。次に「コミックスをどうするか」。結末を決めて「単行本は全5巻だ」と決めてやってる漫画家は少ないと思う。読者のウケに毎週一喜一憂する、まさにダイレクトな人気商売です。それが醍醐味なんですが…。だから『グラゼニ』もツッコミどころがいっぱいあるんです(笑)。

岩崎 そうですね。凡田の神宮スパイダーズが優勝しましたけど、やっぱり僕の考えだと優勝するチームっていうのはハイになっているから、あんなに冷静じゃいられないと思うんですよね。まぁそれは漫画だから面白いと思うんだけど。

森高 まあ漫画の「多少ご都合主義的」なところも描いているし、その部分までも楽しんでもらえたらなって(笑)。僕はネットでの批判的な意見とか、結構好きなんですよ。「ここはなんか違うんじゃないの」って言われちゃうと、「へ~!」みたいな(笑)。ちょっとマゾ心じゃないんだけど、嬉しい(笑)。

岩崎 そうですか(笑)。

森高 僕は「ツッコミながら全然読んでくれていいよ」っていうタイプなので。

岩崎 なるほど。僕は逆にすごく感情的になりますけど(笑)。「分かっていない!」って。

森高 でも間違いなく、売れたものほど批判されるじゃないですか。ネットで賛同意見ばっかりって、結局読者がついてきていない証拠だと思うんですよね。

岩崎 僕の場合、常に感情的でいることがさっき言った自分の“天然”部分を担保してくれていると思っています。やっぱり感情的な部分を冷静に考えたら負けだっていうか、それぐらいの意識はありますね。つまんないことを気にしているぐらいがいいんですよね。ちまちま構えている方が新鮮な気持ちでいられるというのはあるかと思います。

一発屋というレッテルは勘弁

森高 僕は『もしドラ』は読む前に、ネットの情報を見たんです。そしたら批判がすごい(笑)。それは売れたものだからなんですよね。売れていないものは本当に賛辞の言葉しか出てこないですから。だから、興味を持って読んでみたんです。これはラノベと小説の中間みたいなテイストを狙いつつ、でもビジネス書の範疇に入るのかな?、ということを考えているうちにストーリーにどんどん入っていっちゃったんですよ。気になったのは、「作者は本当に野球のこと詳しいのかな」って思わせるような描写があるんです。でも岩崎さんは、ものすごく野球に詳しいそうじゃないですか。じゃあどこまで岩崎さんは「作意的に書いていたのか?」と思うんです。

 

岩崎 いやいや、そこまでの作意はなかったんですけど、僕の中にあえて説明をするのを良しとしないところはありました。結局、作品を作るときに森高さんもそうだと思うんですけど、すごく世界を掘り下げると言うか、設定を作るんですよね。それを全部使えるわけじゃないですから、裏設定みたいなものが積み重なっていって、やっぱりどうしても大胆に切らないといけないときに、切る。でも、切り方があるんですよね。泣く泣く切る感じだと上手くいかなくて、とぼけたように切る。結局、興味をもたれるために、あえてそういう切り方をしているところはあるんですよ。

森高 球場の情景描写とか、ムダな情景描写って言ったら変ですが、一切されないじゃないですか。それはあえてされなかったわけですか?

岩崎 そうですね。そこはもう大胆に切った。「人は文章を読まない」っていう強迫観念みたいなのがすごく強いんです。だから、核っていうか芯みたいなところだけを伝えよう、と思いました。だから僕にとってあの作品はすごくダイジェスト版みたいな感じがしているんですね。もっと本当は長い小説のダイジェスト版っていうかね。

森高 でもやっぱり、思うんですよ。最初から「200万部を売る」って言えたことは本当にスゴい。

岩崎 それには理由があるんですよ。37歳のときに僕は放送作家として使い物にならなくて、秋元(康)さんからクビみたいなことを言い渡されるんですね。そこで「俺は決定的に足りなかったな」って思ったんです。

森高 といいますと?

岩崎 「売れる」ってことの覚悟が足りなかった。売れるっていうことにフワフワした憧れのような気持ちでしかなかったので、それがダメだったんだなって思ったんです。秋元さんはそれこそ、石に噛りついてでもこれは売るっていう気持ちがあります。失敗することもあるんですよ。失敗することもあるんですけど、心構えや目標地点が違う。だからプロ野球選手でいうと、試合に出ることを目標にしているのか、それこそホームラン王になることを目標にしているのか、或いは伝説の選手になることを目標にしているのか、最初から心構えで決まっちゃっていることと同じ。そんな秋元さんを間近で見ていて、まずは僕から変わらないといけないなって思ったんですね。

森高 それはすごいな。でも、ちょっと下世話な話なんですけど、出版界の良い部分なのか嫌な部分なのか分からないですけど、「売れると周りの人が手のひらを返したようになる」っていう状況もあったわけですよね。そのときはどう思われました?

岩崎 これは絶対罠だって強く思っていたので、やっぱり話を聞いちゃいけないっていう思いは強かったですね。ヒット作を出した後は、結局一発屋というレッテルを貼られがちになるので、なるべく上手に真っ向勝負して、もう一発当ててやろうっていう気にもなるんです。だけど、それはダメで、頭を低くして横に横にズレていくみたいなやり方じゃないと上手くできないと思ったんですね。とにかく3年間くらいは頭を低くして、例えば小説の論評を書いたり、対談本を出したり、或いは講演をしたり、横に横にシフトしていって、自分は小説家じゃないんだぞっていうフリをすることがすごい大切だったので、ほとんど小説の依頼は99%ぐらい断っていました。

森高 それは今話しちゃっていいんですか?

岩崎 いいですよ。だってもうさすがに依頼もこないですから。

森高 非常に共感するところがありますね。ベストセラー作家に対して申し訳ないんだけど、確かに一発屋って思われたら困るというか、プレッシャーはすごいおありになるんじゃないのかなって。でもこれから岩崎さんは打倒・秋元康とか(笑)、そういう野望がおありなんでしょうか?

岩崎 いや、張りあっていこうって気持ちはないですね。秋元さんの心っていうのは本当にブレないっていうかね。堅牢な意思の力ですごく何でも取り組むっていう。あそこまではできない。だから僕はそれこそ秋元さんがいない場所に行きたんです。誰もいない遊び場みたいなものを自分で作って、そこにみんなが来て遊んでくれたらすごく楽しいと思ってるんです。

 

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この連載について

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naminori_taishi 岩崎夏海クリエイター塾はそういう場になりつつある>>> "遊び場みたいなものを自分で作って、そこにみんなが来て遊んでくれたらすごく楽しいと思ってるんです。" 3年弱前 replyretweetfavorite

asashima1 「もしドラ」×「グラゼ二」! 岩崎夏海氏と森高夕次氏の対談です。 4年以上前 replyretweetfavorite