3 Qプランニング クイズ作家セクション 木山光
神田さん、返してきました、僕の名刺。「Qプランニング クイズ作家セクション 木山光」。やっと。やっぱり覚えてなかったんです、僕のことなんか。
僕は栃木県の那須ってところで、教師をやってました。一学年に一クラスで二十人ほどしかいない小学校の教師でね。僕の父親も母親も教師。物心ついた時には教師になるもんだと思って疑いなく生きてきたから、未来の選択肢にそれ以外なかったんですよね。僕はね、背はでかいけどスポーツが得意だったわけでもなく。あだ名? ご多分に漏れず巨神兵です。勉強はできました。とは言っても、よくいる田舎のそこそこ勉強できる奴。面白味もさほどない。
唯一、人と違った部分で言うと、クイズが大好きでした。雑学本が大好きでね。きっかけ? 小学校五年の時に、父親がくれた誕生日プレゼントが雑学本。さすが教師。スネましたよ。なんでゲームじゃないんだって。だけど、スネながらもなにげに開いたページに書いてあった雑学がね。
——アンデスメロンの由来はアンデス山脈と関係なく、安心ですメロンの略である。
次の日、学校に行って出題。一〇〇%の確率でみんな驚くんですよ。自分が発した言葉に友達が感心して、興味を持ってくれたことなんてなかったのに。なんで雑学好きになったかを考えると、人に驚いてほしかったからなんでしょうね。それしかなかったんですよね、人を振り向かせるのに。
大学に行くために東京には行きましたけど、卒業してすぐに那須に戻ってきました。父が教育委員会の人にコネもあって、倍率も高かったけど、小学校教師として働くことができましたよ。絵に描いたような人気教師になれました。授業中、巧みに雑学を織り交ぜると喜ぶんです。「クイズ!ミステリースパイ」の峰田さんを気取って出題したりもして。僕のクラスになったらね、最初のつかみは「安心ですメロン」。これで一発で惚れられます。
自分なりに他の先生がやってないアイデアを色々考えました。校長先生にも誉められたアイデアは、名刺ゲーム。転校生が来た時に、生徒全員に名刺を作らせて、転校生に渡すんですよ。転校生がその名刺を一人ずつに返していくっていうね。みんなドキドキして、名前もすぐに覚えあうし、何より笑いながらコミュニケーションできた。でも、まさか、僕の考えたあのゲームを、あの人が「それ、やろう」って言い出して、神田さんがこんなことになるなんて思わなかったですけど。
大学ではクイズ研究会に入ってたんです。そのサークルの同期に北島って奴がいた。アスパラのような体にメガネ。「虚弱」を絵に描いたらこんな風になったって感じの男が、僕と並ぶ、いや、それ以上の雑学好きだった。
サークルに入った初日に北島に出されたクイズ。
——鮭は白身魚か赤身魚か、どっちだ?
僕、知らなかったんです。
——こんなこと知らないの? 基本中の基本ですけどね。
とか言われてムカついたけど、こいつと一番の親友になってました。北島はテレビ局志望だったんです。僕と同じで父親は教師。親には内緒でテレビ局に入ってクイズ番組を作るって夢があった。北島はテレビ局を受けまくって、結果、受かった。僕もテレビでクイズとか作れたらいいなという夢の芽のようなものがあったけど、親を裏切る勇気がなかった。北島はアスパラ。線は細いが芯は堅い。僕はもやし。無駄に伸びるけど味がない。
教師になってからは人生初の人気者になれた気がして、自分の別のレールについて考えたことなんてなかった。だけど、そのレールは気づかない間にまっすぐに伸びていて、雑草の下に隠れていたんですね。
三年ぶりにクイズ研究会の仲間に会った時、北島は輝いて見えた。バラエティーのADをやっててかなりしんどい日々だとは言ってたが、いつかクイズ番組を作るという夢を堂々と熱く語った。大学を出たあとに夢を熱く語れる人は少ない。
——いつか絶対、クイズ番組を当ててやるんだ。
照れずに夢を語る北島は、僕の知っている北島からさらに人間としてレベルを上げている感じがした。なんか胸が、違うな、脳がざわざわした。
北島は酒が入ってくると僕に言ったんだ。
——お前もクイズ作りたかったんじゃないの? 本当に満足なの? 一生教師で。
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