ヒットは「天然」から生まれる— 岩崎夏海×森高夕次対談 第1回

「高校野球」「女子マネ」に「経営論」を組み合わせた小説『もしも高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』で270万部を超える社会現象を起こした岩崎夏海。 タブー視されていた「プロ野球」と「カネ」に焦点を当てた漫画『グラゼニ』で、150万部を超えるヒット、漫画ファンのみならず野球界からも絶大な支持を得ている森高夕次。 ステレオタイプな“野球コンテンツ”の枠組みを逸脱した作品で大ヒットを生み出した二人が、「成功の極意」と「漫画愛」について、語り合った。

己の“天然”を信頼せよ!

森高夕次(以下、森高) 『もしドラ』が話題になったとき、いろいろ分析してみたんですよ。もし、僕が「ビジネス書と女の子を結び付けなさい」というお題をもらったら、女の子の設定をOLにすると思う。これなら整合性があって素直に結びつくな、と考えちゃう。でも岩崎さんは、秋元康さんから「17歳の女の子を主人公にして書いてみろよ」って言われたところから、OLではなく女子マネージャーにしたわけじゃないですか。

岩崎夏海(以下、岩崎) そうですね。

森高 漫画家の発想で言うと、「17歳の女の子」と「ビジネス書」の二つはちょっと遠すぎる。でも、それを強引に結び付けたところにヒットの要因があるんだと思う。岩崎さんの成功の秘訣は作家の固定観念を取っ払ったことにある、というのが僕の分析結果です(笑)。

岩崎 その部分は、いつも意識しています。僕は物事を決定するときに、ギリギリまで緻密に考えるけど、最後は開き直るんです。ギリギリまで戦術を練るんだけれども、途中で「これでいいや」って、パッて離してしまう、執着みたいなものを。その作業を「リリース」って呼んでますけど、すごく大事にしているんです。

森高 僕は、ヒット作は作者の持っている“天然”の部分が反映されて生まれるのではないか、と思ってます。だって漫画って狙って売れるものじゃないですから。売れた漫画というのは、作者が“天然”で描いたものの結果であるんです。岩崎さんの場合はどうなんですか? “天然”で書かれたのか、それともものすごく戦略を持って書いたのか、『もしドラ』を読んでもその部分の見極めがつかなかったんです。

岩崎 僕は“天然”を戦略として採用しているんですよ。“天然”をもうひとつメタで見て、自分の中の“天然”を許しているんですよ。

森高 それは、かなり自分の“天然”の部分を信頼されているっていうことですね?

岩崎 そうです! めちゃめちゃ信用しているんです(笑)

尾根をゆく

森高 『もしドラ』には、“萌え”な部分だけでなく、少年漫画の“王道”の要素も入っていると思う。王道の少年漫画って、今はけっこう女の子が主人公になっている場合が多いんです。主人公が男の子たちのケツを叩く。男の子たちは頑張って上を目指す。そして物語が最終的に全てポジティブな方にいく—っていうストーリー。それが『もしドラ』にもビッチリ入っているわけですよ。岩崎さんは少年漫画のストーリーとか萌える要素とか、その図式を知っていて入れ込んだと僕はにらんでいるんです。さらにビジネス書、ラノベ、小説……。あらゆるツボを押さえているんだと思います。漫画や小説など各ジャンルをそれぞれひとつの山とすると、岩崎さんは各ジャンルの“尾根”を伝っているような気がするんです。

岩崎 僕は“クロスオーバー”っていう言い方をするんですけど、色々なものを横断していくことが好きなんですよね。涼宮ハルヒ(『涼宮ハルヒの憂鬱』)なんかにインスパイアされましたね。あれがなんで売れているのかってずっと考えている中で、涼宮ハルヒに単純に恋をする男の子もいるんだろうなっていうところから、「じゃあ僕が涼宮ハルヒを好きになってみたらどうなるだろう」と一人でシミュレーションしてみたことがあります。あるいは「アイドルを好きになる男の子の気持ちにもなってみよう」とか。僕は「面白い点はどこにあるのか」という一つの定規でヒット作を測ることにしているんですよ。そういう作業をやっていくと、涼宮ハルヒにも秋元康にも共通する「面白い要素」が見えてくる。それを全部作品に反映させているんです。森高さんの言う“尾根”といわれるものを、「おもしろい」というモノサシを持ちながら走っているのかもしれませんね。

森高 岩崎さんの場合、どこまでがプロデューサーで、どこまでが作家で、どこまでが本人の“天然”な部分なんですか?

岩崎 やっぱり作家の部分がかなり強いと思います。僕は小説を読んで、「この小説はなぜ面白いのか」っていうことを考えるのが昔から好きだったんです。マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』が好きなんですけど、この小説のどこがおもしろいのかを説明させたら、たぶん僕の右に出る者はいないんじゃないかって思っています。それくらい評論というか論評、「この作品がなぜ面白いのか」という部分を解きほぐすことが昔から好きだったんです。『もしドラ』を書く際に、これまで自分が構築してきた理論を実際に試してみたい、という欲求が出てきたんです。だからプロデュースという感覚で『もしドラ』を作ったのとは少し違うんです。売れるってことが目的じゃなくて、研究者的な眼差しで“面白さ”を研究して、その理論が世の中に通じるのか、という気持ちで作品を作り始めたんですよ。

森高 「自分の壮大な実験の結果を発表したろか!」っていうことで『もしドラ』を作ったんですね。

岩崎 そうなんです。40歳のときでした。それこそプロ野球の二軍選手が「今年引退だ」っていう年に、最後に一軍に上げてもらった心境ですよ。引退前の最後のバッターボックスに立ったという思い。単なるヒットじゃクビだなっていうのは分かっている。だからホームランを打つしかない。それも場外の特大弾じゃないとこの状態は挽回できない。「人生の分かれ道はここだ」と痛切に感じました。だから、僕は自分の覚悟を決めるために、『もしドラ』の打ち合わせをした帰りに母親に電話をして、「この本は200万部売ることにしたんだ」って言ったんです。

森高 そのときにですか? 最初から売るつもりだったという話は耳には入っていましたが、本当に最初から200万部って言葉を出していたとは驚きです。

岩崎 そのときなんです。

森高 自分が考えているものを世の中に投げてみたいっていう気持ちは僕にもものすごくありますね。それが実際に世に放たれたときは最高の快感ですよね。でも、僕はその時点で賞賛や酷評といった結果も何も考えないですね。世の中に発表できただけで、僕は嬉しい。「やっとここまでたどり着いたな」ぐらいの感覚。満足とはまでは言えないけれど、まずは発表することが第一だという気持ちでやっていますから。でも岩崎さんの場合、出版されただけで嬉しいというレベルではなかったんですね。驚きました。

売れるために意識したこと

森高 いわゆる“高尚”とか呼ばれるものの中には、売れるのもあるかもしれないですけど、数字はあるところで止まると思うんです。30万部とか40万部とか50万部とか。でもそこからさらに突き抜けるためには、普段、そのジャンルに触れていない人たちを引き込んでこないとダメですよね。『もしドラ』は、多くの人に読まれやすいように、細かな描写を思い切ってバッサリ切ったように思えたのですが、どこまで意識的にやったのでしょうか?

岩崎 半分無意識です。最初は映画でいったら6時間分くらいのシナリオを書くつもりでやる。次に例えば2時間とか枠に合わせて、ザックリとした目分量でバッサリ切る。『もしドラ』でも本3冊分くらいの設定を考えて、そこからバッサバッサ切っていきました。実際に書きながらやってるわけじゃないですよ。頭の中でやります。ある程度作劇の方法みたいな積み重ねがあるので、実際に書かなくてもできるんです。

森高 『もしドラ』以降、いろいろ“類似本”が出ましたよね。みんな岩崎さんを真似しようと思ったんでしょうけど、なかなか真似できない。

岩崎 それはすごく残念なんです。僕が作った“遊び場”をもっと利用してもらいたいんですよ。僕はこういうやり方もあるよ、こういう出版のトライアルもあるよっていうことを提案したかったんですよね。だけどみんな上っ面だけ真似る。

森高 はい。

岩崎 みんな主人公に可愛い女の子だけ出していれば売れるだろうって思ってやっているんですけど、そうじゃない。背景なども重要なんですよ。背景っていうのは、無意識なんですよね。『もしドラ』の表紙にパッと目が惹かれる。でも自分がどこに目を惹かれたのか分からない。人間はなんで好きなのか分からない、っていう状態に一番魅力を感じるんですよ。そういう自分の中の意識には上ってこない、サブリミナル的なところが作品の魅力になる場合が多いんです。

森高 これは戦略のような気もするし、岩崎さんの発明のような気もする。昔からあった手法にも思えるんですが、岩崎さんがやってみて当てて、でもそこを真似できないというのは才能なのかとも思います。

岩崎 僕は当初、技術はたいしたことなくてアイディア勝ちだと思ってました。でも思いついたアイディアを現実に書くということは結構大変なんだ、と今は感じてます。あと、アイディアといえばすごいと思ったことがひとつあります。『もしドラ』は、僕のような無名の新人作家が出すわけだから、出版社の営業さんや書店さんはそんなに頑張って売ってくれないだろうって予想していたんですよ。だから、この本自体が宣伝になってほかの本が売れるようになれば、みんな『もしドラ』を売るために頑張ってくれるんじゃないかと考えたんです。書店さんや出版社にとって「一粒で二度美味しい」みたいな提案ができないか、と思ったわけです。それで、『もしドラ』を読めばドラッカーの『マネジメント』も読みたくなるようっていう点だけは粉骨砕身してっていうか、細心の注意を払って取り組んだんです。

森高 その部分は、最初から考えていらっしゃったってことなんですね! 現在、出版界、漫画の世界もそうなんですけど、割と抱き合わせっていうか、出版社の壁を越えて同じ作者が書いていたらそれをセットで売り出そうとか、作品の世界観が近かったら、例えば野球漫画であれば、高校野球の季節が来たら「野球漫画フェアでっせ」……とか積極的にやるような時代です。漫画の世界の感覚だけでいうと、黙っていても漫画って売れるでしょ、みたいな時代ってあったと思うんですけど、今はそういう感覚じゃないと思うんです。販売部の戦略とか、どことどう抱き合せるとか、そういうことがかなり主流になってきているんですよね。

“ド天然”こそ勝利する

岩崎 漫画家さんって僕の勝手なイメージですけど、やっぱりそれこそ“ド天然”な人が多いんじゃないでしょうか?

森高 そうですね(笑)。“ド天然”が成功している世界なんですよ(笑)。

岩崎 なるほど。そういう中では異端って言ったらあれですけど、森高さんは珍しいタイプの方なんじゃないですか?

森高 どうなんでしょうかね。僕よりも「もっと何がウケるか」ということを考えながら描いている人はいると思います。「こうやれば売れるんだ」って考えて本当に売れた人はいるかもしれないけど、少ないでしょう。漫画の場合「ヒット作」を分析すると「“天然”でやったら売れちゃった」っていうところに結局落ち着いちゃうっていうか……。岩崎さんを前にしては言いづらいんですけど、漫画のヒットって誰も最初から戦略的に仕掛けられない、と思うんですよ。売れてみて結果的に「あのやり方だから売れたんだよね」っていうことしかできない。小説も同じような世界があるのかもしれないけど、僕は「ヒット」とか「売れるもの」って最初から計算してできるものではない、っていう結論に至っちゃっているんですね。

岩崎 なるほど。僕は近くで秋元康さんを見てきたので、ヒットを意識的に考えるようになったのかもしれません。秋元さんの場合は、取りあえず数撃ちゃ当たるっていう単純なやり方なんだけども、面倒臭がり屋なんですよね。だからなぜ前田敦子は人気があるのか、といった成功要因を分析したりしないんです。僕はそういうのを観察して、僕は秋元さんほど鉄砲の弾を撃てないから、一発一発の精度を上げていかないといけないと思ったんです。そこでじっくり分析して論理を組み立てるようになったんですね。“萌えポイント”みたいなものは、自分の中で意識的に組み上げることが多いですね。

森高 “天然”と“戦略家”の部分を併せ持つ岩崎さん。そこは真似できないですね。

モーニング

この連載について

激論240分!! 勝利のための方程式

森高夕次 /岩崎夏海

「高校野球」「女子マネ」に「経営論」を組み合わせた小説『もしも高校野球の女子マネージャーがドラッガーの『マネジメント』を読んだら』で270万部を超える社会現象を起こした岩崎夏海。タブー視されていた「プロ野球」と「カネ」に焦点を当てた漫...もっと読む

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コメント

mmmmmritsu https://t.co/Nvp4U3evVd 1年以上前 replyretweetfavorite

teshiteshi 「売れること」を意識することは大事ですね。勉強になりました。> 5年弱前 replyretweetfavorite

energy_2501 大変参考になる。クリエイター必須の戦略入門? 5年弱前 replyretweetfavorite

sam_mh  読んだ。おもろい。 5年弱前 replyretweetfavorite