僕が勤めるNASAジェット推進研究所(JPL)は、年中快晴のロサンゼルス郊外の、アロヨ・セコという普段はほぼ枯れている川が山から平野に流れ出す場所にある。空の青さ相応に、所内の文化もカジュアルで自由だ。六千人の職員のうちネクタイを締める人はほぼおらず、 マネージャーでさえTシャツと短パンで出勤することも珍しくない。僕もたまに下駄で出勤する。
そんなJPLの186号棟のオフィスの壁に、一枚の「ぬり絵」が額に入れられて大切に飾られている。紙を赤や茶色やピンクのパステルで塗りつぶしただけの手描きの絵だ。近づいてみると、紙には無数の数字がタイプされている。まるでイタズラ好きの子供が、父親のカバンから盗み出したデータシートに落書きしたようだ。
なぜこんなぬり絵がNASAで大事に保存されているのか?
実はこれは、史上初の「デジタル画像」である。しかし、なぜ手書きのパステル画なのに「デジタル」なのだろうか?
そしてこの絵には、火星の素顔を初めて見た人類の様々な感情がこもっている。破裂せんばかりの期待。抑えられない興奮。そして、「あの子はやっぱり僕に気がないんだ」と思い込んだ若者のような落胆と孤独が。
左:NASA ジェット推進研究所の壁に飾られている「ぬり絵」 Credit: NASA-Caltech/JPL/Dan Goods
右:「塗り絵」の拡大画像(撮影:筆者)
火星探査の話を始める前に、いかにして惑星へ航海するかについて、少しお話ししよう。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。