亀梨和也「かっこよさ」を自ら作りあげていった男

歌やダンスに俳優業、キャスターまで。プロフェッショナルな仕事にこだわり、成果を出し続けるKAT−TUNの亀梨和也さん。しかし、そのスタートは「周りに比べて劣っている」という自覚でした。
紅白から、ドラマ、バラエティ、ニュース番組まで幅広く活躍するジャニーズのタレントたちを支えるもの。〝誰でもいい〟から〝誰も代わりがきかない〟存在になっていった、ジャニーズタレントの努力に迫ります。

「辛いのは一瞬、作品は一生」
(亀梨和也,1986-)

背負う男

 ドラマはもちろん、映画俳優、バラエティに、スポーツキャスターとしても活躍。
「アイドルとは—何でも屋。別名、最強のカメレオンだと思う」と定義し、いい意味での〝何でもやるアイドル 〟そして〝何でもできるアイドル〟の姿を、全力で体現し続ける亀梨和也。

 しかし、亀梨自身は「根はアイドルじゃないんです」と語ります。

 まずは亀梨のデビューから現在までを簡単に振り返ってみましょう。
 中学1年生だった1998年にジャニーズ事務所に入り、2001年にKAT−TUNを結成。KinKi Kidsと同じように、CDデビューまでの準備期間が長かったグループでもあります。
 その中でも亀梨は、2005年に『ごくせん』『野ブタをプロデュース。』といったドラマで人気が爆発すると、『修二と彰』としてKAT−TUNに先んじてCDを発売。累計出荷枚数200万枚を突破し、2005年のオリコンCD売上ランキング1位、2006年もTOP3に入るという快挙を成し遂げます。

 そして2006年の3月にはKAT−TUNも、CDデビュー前から東京ドーム公演をおこなうといった勢いをもってデビュー。ちなみに当時、東京ドームでライブができたジャニーズのタレントは、SMAPとKinKi Kidsのみ、という中での偉業でした。それから12年、2018年4月現在、発売したシングル26作、アルバム9作は全てがオリコンチャート週間1位を獲得しています。

 一見アイドルの王道を歩んでいるように見える亀梨ですが、最初のスタートは、周りに比べて劣っているという自覚でした。30歳を過ぎて過去をこう振り返ります。
「僕は何の才能もないから目の前のことを精いっぱいやるしかなかった」

 さらに、かつてジャニー喜多川に、こう言われたといいます。
「YOUはいろいろ背負っていかなきゃいけないんだよ」

 彼が背負わなければいけないものとは何だったのでしょうか。才能のなさを自認する彼がトップアイドルの称号を獲得し、そして葛藤を経て現在に至るまでの過程を追います。

同い年・山下智久との距離
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霜田明寛

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コメント

nonanosan 前見かけたのを見つけた 3ヶ月前 replyretweetfavorite

akismd こちらまた例によって、そろそろ有料会員じゃないと全文読めなくなってしまうので、お早めに是非! 3ヶ月前 replyretweetfavorite

naturalcolor365 https://t.co/zOxZiSzoOO 亀ちゃん 3ヶ月前 replyretweetfavorite

rinrin_jesse_st 尊敬の一言です。 https://t.co/r6RXBKPYTE 3ヶ月前 replyretweetfavorite