牛込の加寿子荘

牛込の加寿子荘」 第二十三話

新しい隣人・長谷部を迎えた加寿子荘。平穏な日々が戻ってくるかと思いきや、少しずつ不穏な変化が現われて……? 築40年を超える「加寿子荘」での生活風景。能町みね子の自叙伝風小説!

 深夜に帰ってきたらなぜか加寿子さんの部屋のドアが全開だったことがあった。何事?とすこし不穏なきもちになり、廊下のかげから見守っていたら、加寿子さんがぶつぶつかわいくひとりごとをいいながらドアを閉めたので安心した。ただ忘れていただけかもね。

 隣人が入れ替わる一騒ぎが終わって、加寿子荘はまた静かになりました。

 そしてある日、傘がなくなった。

 わたしは、絶対と言っていいほど傘をなくします。いままで買った傘、ビニ傘以外は、電車に置き忘れるなどのパターンで文句の付けようのない成績の紛失率をたたき出してきました。一年間なくさずに使い続けたことは記憶にない。買ったその日になくしたこともある。

 でも、今回に関しては、盗まれた。しかもよりによって加寿子荘で。

 どこかに置き忘れることなく一つの傘を一年以上つかうという快挙を達成中であっただけに、盗難はきわめて心外です。加寿子荘は共同玄関のドアの内側に一時的に傘を置くので、盗んだのは外部の人間ではないはず。どうしても疑ってしまうのはタエコ事件から良い印象のない下の部屋の長谷部だが、直接訪ねる手間もいやだし勇気もないし。泣き寝入り。

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牛込の加寿子荘

能町みね子

築40年を超える「加寿子荘」での生活風景。能町みね子の自叙伝風小説!

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